第4話 領主からの依頼

「お待たせいたしました」


アルジェが応接間の扉をノックし、丁寧に入室する。その後ろに続いて、俺も重い足取りで部屋に入った。

使者は席を立ち、こちらに対し礼儀正しく一礼した。

この使者の人、何回か会ってるけど、目つきも鋭く、怖いんだよな…。


「急なご訪問、申し訳ございません。カーク様がお呼びですので、グラディウス家までご同行願えますか?」


使者は用件を切り出す。カーク様――この街の領主で、グラディウス家の当主である。

俺の運の悪さからして、何かしら厄介なことに巻き込まれるに違いない。


「おことっ——痛ッ!」


反射的に言葉を返す前に、断ろうとした俺の口を突然の衝撃で止められた。横から鋭く肘で突かれた。

横を見ると、そこには冷静な表情を崩さないアルジェが立っていた。が、その目には「余計なことは言わないでください」という無言の圧力が込められている。いつもながら、彼女は的確に俺の出すべきではない言葉を封じるのが上手い。


「わかりました」


仕方がないので使者に向けて苦笑いを浮かべ、了承の意を示しておく。

使者は少し眉をひそめたものの、特に気にしていない様子で再び話を続けた。


「それでは、早速ご準備いただき、グラディウス家へお越しください。カーク様がお待ちしております。私は先に戻り、カーク様にお伝えしておきます」


「承知しました。準備ができ次第、ご訪問させて頂きます」


アルジェが丁寧に返答をしてくれる。

使者が一礼して退出すると、応接間に残された俺は、深く息を吐いた。そして、すぐ隣には、いつも通り冷静な表情を崩さないアルジェがいる。


「肘、結構痛かったんだけど……」


「マスターが余計なことを言おうとするからです。相手は領主様の使いですよッ! さぁ、さっさと準備を始めましょう」



「よくぞ急な呼び出しに応え来てくれた。其方にお願いしたいことが1つあるのだ」


威圧的な声が響いた瞬間、俺は心の中でため息をついた。

目の前に座っているのは、この街の領主、カーク・グラディウス伯爵である。

見た目からしてただ者ではない。頭は完全にスキンヘッドで、まるで鏡のように光っている。身体は鎧のような筋肉で包まれており、その風貌からはとても50代とは思えない。いや、むしろ40代?いや、30代って言われても信じるかも…。


そんな彼の視線が、ギラリと俺に向けられる。

お願いという言葉の時点で良い話ではない。内容次第では断りたい。ちゃんとこの世界でも『NO』と言える日本人を目指している。………ってか、もう帰りたい。


「……な、何でしょうか?」


「最近、この街で人攫いが増えている。それを解決してほしい」


人攫い———、街でそんな事件が頻発しているなんて、初耳だった。いつもボーッとしてるから、全然気づかなかったんだろうか。俺も気を付けなければ。

隣のアルジェが静かにうなずき、落ち着いた声で答える。


「詳しい状況をお聞かせください。ギルドとして全力で対応させていただきます」


彼女は領主相手に冷静に話を進めている。俺は黙って、ただアルジェに任せているだけだ。

この世界に来て2年ほど経つが、常識だってまだまだ理解しているわけではない。ここは、我らがギルドの実質的なリーダー、アルジェに任せるのがいいだろう。

自分が口を開けば何かしら余計なことを言う自信があるので、口を閉じ、頭を下げ、時々うなずくだけだ。

そうしているうちにドンドンと話が進んで行く。報酬の話まできちんとしてくれているようで、流石はアルジェだ。

俺はうんうん頷くだけで楽な仕事だ。眠くなっていたけど、居眠りしている議員の気持ちがわかった気がする。


話が終盤に差し掛かっていた。

領主の低く威厳のある声が、校長先生の話のように感じる。話が長い———、俺は既に半分意識が飛びかけている。眠気がじわじわと襲ってきて、まるで波のように何度も俺を飲み込もうとしてくる。

————寝るな、寝るな、ソウ。ここで寝たら終わりだぞッ!!

必死に自分を叱咤しながら、何とか意識を保っていた。横で聞こえるアルジェのいい声が、救いのように感じる。彼女がしっかり領主と話してくれているおかげで、俺はただそこに座っているだけでよかった。


人攫いとなると、多少なりとも武力が必要となるだろう。なら、俺は役立たずなので、冒険者ギルドに所属する冒険者に頼まなければいけない。


情報収集だって得意じゃないし、そんな伝手もない。結局はまたアルジェに相談するしかないだろう。こういう時、妹たちがいてくれれば、良かったんだけど、今はダンジョン攻略の遠征中でいないからな~。


そんなことを考えていると、ようやく話も終わりみたいだ。


「お任せください。我々ギルドで解決しましょう!」


その一言で、領主も満足げにうなずいている。


「よろしく頼む。必要な物があればこちらで準備しよう。遠慮なく言ってくれ」


このやり取りを見て、改めて彼女の頼もしさを感じる。俺には到底できない冷静さかつ丁寧な対応だ。俺だけの時はこうもいかない。


「期待しているぞ」


カーク・グラディウスが最後にそう言い、話はようやく終わりを告げた。

———何とか眠気に打ち勝った。これで帰れる……。


「ソウよ、其方はもう少しアルジェを見習ったらどうだ? 能力があるのは認めるが気概を感じられん」


話がようやく終わり、帰ろうとした瞬間、———領主から苦言が飛んできた。

ま、まさか眠そうにしていたことがバレている?


それに能力があるって何だ? なんでこの人は俺を高く評価しているんだろう?

せいぜい俺はギルドの受付くらいがちょうどいい。ギルドの運営だってアルジェがほとんどやってくれているし、まともに書類整理すらしていない。

………ギルドマスターから受付に異動願いを出せないかな?


「えっと、……善処します」


領主は何も言わず、ただ微かに頷くだけだった。その視線には、俺への期待が込められているようで、ちょっと居心地が悪い。期待されるって、こんなに重たいものなんだな、と改めて実感した。

———帰ったら受付に異動願い出せるか、アルジェに相談しよう。


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