妹のヒモとなって異世界で生きていく~最弱の俺が英雄に至る~

雪下 ゆかり

第1話 プロローグ(1)

別れは突然だった。

俺が20歳になってすぐのことだ。

早くに両親が亡くなってからずっと俺の面倒を見てくれていた姉が死んだのだ。


俺は大学受験に2回失敗して全てが嫌になり、勉強もせず、働きもせず、自由気ままに生きていた。


姉は、大学には行かずに働くと言った俺に対して、あなたはしっかり勉強して将来いい会社に入りなさい、そして私に楽をさせなさいと笑って答えてくれる優しい人だった。

俺はそんな姉の優しさに甘えてしまい、勉強しているフリをして自由に生きていた。

今となっては後悔しかない。


唯一の救いは、姉の死が過労死ではなかったことだろうか。

仕事の帰り道に飲酒運転をしていた自動車に引かれたのだ。

自分のせいではなく、他人のせいにできた。

すぐに病院に運ばれたが即死だったそうだ。



無事に葬式を行うことができた。

どこかの宗教に入っているということではないが、姉が無事に天国に逝けるようにと戒名も付けた。違いはわからないが、少しでも迷わず天国に逝けるようにと一番高い戒名を付けてもらった。

仏教の場合、天国ではなく極楽浄土だったか…?

いや、違いなんてどうでもいい。あの世で平穏に幸せに暮らしてくれれば。


これからどうすべきか。

葬式と戒名のために消費者金融からも100万以上のお金を借りた。

とてもじゃないが返す目途なんてない。


生きるためにもお金を稼がなければいけないことはわかっている。

しかし、どうやって?


来月には家賃も支払わなければいけない。

最悪2,3ヶ月は待ってくれるだろうか?

こういう時は行政の支援もあるのだろうか?


履歴書を書いて持っていき、面接を受けるのだ。

職種は何ができるだろうか?

学生なら居酒屋とか飲食店で働くイメージが強いが、こんな無職の借金持ちを雇ってくれるだろうか…。


「…………はぁ」


行動を起こさないといけないことはわかっている。

でも、何もやる気が起きない。全てがどうでもいいように思えてくる。

姉を失って初めて自分の全てだったことが思い知らされる。

慰めてくれる彼女でもいれば、また違ったのだろうか。


ちゃんと勉強をしていれば…。

バイトだけでもしていれば…。

働いてもいないのだから、せめて姉の送り迎えをしていれば…。

後悔の念だけが溢れてくる。


「………人生、やりなおせればな~」


あれから食欲も沸かず、水しか口にしていない。

そろそろ体力的にも精神的にも限界が近いと感じている。

流石に、そろそろ何か口にしなくては。


冷蔵庫を開けると中には、調味料しか入っていなかった。

あの日、「今日は食材買って帰るから少し遅くなるからね~」と言う姉の言葉が思い出された。


「はぁ……………、よし!死のう!」





「————あれ?」


俺の意識が覚醒し目を開けると淡青髪の若い女の子が俺をのぞき込んでいた。

綺麗な淡黄色の瞳をしており、かなりの美少女だ。


「おじさーん、目ぇ覚ましましたよー!」


美少女が呼んだおじさんがやってくる。おじさん呼ばわりをされているが30半ばくらいのイケメンだ。長身の体型に、肩にかかるほどの無造作にセットされた黒髪が似合っている。


「おう、目が覚めたか?」


「……ここは?」


周りを見渡した感じだと病院ではない。

部屋の感じから木造のログハウスの一室のような印象を受ける。


「ここは、ナイルの森にある村だ。村といっても廃村だけどな」


ナイルの森なんて聞いたことがないな。まぁ森の名前なんてほとんど知らないんだけど。

それにしても廃村に住んでるって変わっているな。


「ナイルの森って何県なんですか? なんで俺はここにいるんですか?」


徐々に頭も覚醒してくる。

しかし俺は死んだはずじゃ…。

誰かが通報し救助が間に合ったのなら病院にいるはずだし、状況が全く理解できない。


俺の問いかけにおじさんと美少女が不思議そうな顔をして見合わせている。


「なにけんっていうのは、ちょっと意味がわからないな。お前さんがここにいるのは森の中で倒れていたから保護したんだ。森の中で倒れていた理由はお前さん自身が知ってるだろ?」


「おじさんに感謝してくださいね。そのまま放置されていたら魔物の餌になっていたかもしれませんから」


この子はやっぱり可愛いな。もしかして日本人じゃないのかな?

おじさんは日本人と欧米系のハーフっぽい彫りの深い顔をしているが、美少女は髪の色からして日本人ではない。淡青色の髪もカラーで染めているような感じではなく、とても綺麗な色をしている。一見、クールっぽい見た目をしているが、全然冷たい印象は受けない。年は15歳前後か?

さぞかしモテるだろう。


…………ん、いやいや、まてまて?

今は見惚れている場合じゃない。

魔物って言ったか?魔物って動物のこと?

え?まさかファンタジー世界の魔物じゃないよな? 熊とかを魔物って呼んでるんだよね?

きっとそうだよね? 信じるよ、自分の考えを!


「魔物って……まさかモンスターとかじゃないよね? 熊とかのことだよね?」


「いえ、魔物はモンスターのことですよ。えっと…まさか魔物が出ることも知らずに森にいたんですか?」


「おいおい、マジか? そいつは危ないぞ! 見た感じ武器も持っていなかったようだし」


うんうん、そっかぁ……。

流石の俺も現状がわかってきた。どうやら俺は異世界転生をしたらしい。いや、生まれ変わったわけじゃないから異世界転移か。いや、どっちでもいいわッ!


俺はたった一人の家族である最愛の姉の死に絶望し死んだんだ。

でも、どういうわけかこの世界に転移したらしい。


俺は上半身を起こし、ふと自分の身体を見回した。

まず、右手と左手を交互に持ち上げてみる。特に何か特別なことがあるわけじゃない。いつもと変わらない見慣れた普通の手だ。

そのまま胸を見下ろし、下半身の方へと視線を移す。右足の親指にホクロを見つけた。小さい頃から見慣れたホクロだ。

鏡を見たわけじゃないが、どうやら死んだ時と同じ年齢や身体のようだ。


「………まぁ、なんだ、お前さんも疲れているだろうし、今日はゆっくり休みな。また、明日にでも話を聞かせてくれや」


返事をしない俺におじさんが気を使ってくれたようだ。

今の状況に理解が追い付かず、自分のことでいっぱいになってしまっていた。助けてくれたというのに無視して申し訳ない。


「あの、ありがとうございました」


きちんとお礼は言っておこう。


「おう、良いってことよ! それじゃもう遅いし、ゆっくり休みな」


部屋にある小さな窓から外を眺めると真っ暗だった。いつもなら明るく光る街灯が通りを照らし、周囲の建物も照らしていたのに…。

魔物がいる森で、今が夜だとわかると急に不安になってきた。


俺が視線を部屋に戻すと綺麗な淡黄色の瞳と目が合った。

おじさんは部屋から出て行ったが、どうやら彼女はこの部屋に残ったようだ。


「ねえ、名前はなんて言うんですか?」


「双葉 想だよ。君は?」


「ソウさんですね。私はセーラ。セーラ・グレンジャーです」


「えっと、セーラさん? グレンジャーさん? どっちで呼べばいいかな?」


「セーラって呼んでください」


「わかった。セーラさんだね。よろしく」


「セーラでいいですよ。こちらこそよろしくお願いします。それと安心してくださいね。魔物がいると言いましたが、この廃村には近寄って来ませんから。近寄って来ても、私たちが倒しますので」


ポンと手を合わせながら、魔物なんて問題ないと言った感じだ。

セーラは明らか俺より年下のようだが………魔物って弱いのかな?


「ねえ、魔物って弱いの?」


「そうですね~、この辺りにいる魔物ってそんなに強くないですね。ソウさんだと普通に倒せるんじゃないですかね?」


そうか、それなら安心だ。魔物って言葉にびびったが、よく考えてみたら強いとは限らないじゃないか。うんうん、びびって損した気分だ。

俺でも倒せるってことは犬くらいの強さかな? できれば小型犬くらいならいいけど。


「それを聞いて安心したよ。安心したら急に眠たくなってきたから、そろそろ休ませてもらおうかな」


「はい、ゆっくり休んでください」


「本当にありがとう。それじゃ、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


気が抜けたせいか疲れを一気に感じる。疲労感が半端ない。

それもそうか。今の状況に頭が追いついていなかったが、俺は一度死んだんだ。


もしかしたら姉が簡単に死ぬなと言っているのかもしれない。

誰よりも俺に優しい姉だったからな。

この世界で今度はもう少し頑張って生きてみようかな。


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