再会と居場所
道場さんのお母さんに勧められた適応指導教室、そこは市の管理する建物の1フロアに設けられていた。
学校へ行く時程ではなかったが、緊張と体調不良を感じながら向かったその場所では、子供が和室で一人テレビゲームをしている奇妙な光景が広がっていた。
(え…ここ…だよね…?)
立ち尽くす自分に、ゲーム音がやたら大きく響いて聞こえた。
「こんにちは」
振り返ると、そこには30代前半と思われる女性が笑顔で立っていた。
「電話で連絡してあります、岡田です」
「ああ! はい! どうぞどうぞ」
「まあそう固くならずにゆっくりしていって下さい」というその女性は、この適応指導教室の指導員の澤田さんといった。
「ウフフ、おかしな場所で驚いたでしょう?」
「……はい」
「ここはfree2と言ってね、何をやっても自由っていう…そういう場所にしたいと思ってつくられたんです」
学校の教室のような場所を想像していた自分にとっては、拍子抜けする程の規律や圧迫感とは無縁の場所だった。親戚や友だちの家に遊びに来た時のような感覚に近い。
ここに来て時間を過ごせば、基本的に何をしていても構わないというスタンスの為ゲームをしている子がいたようだ。
小学一年から中学三年の義務教育者を対象に支援する場所で、指導員は澤田さんと二十代後半の男性指導員田口さん、主任の桑原先生の三人が常駐していた。
まだ立ち上げて間もないこの場所には、片手で数えられる程度の子しか通っていないという。
澤田さんと少し話をしながら過ごしていると、後方の入口からガタンと音がする。
澤田さんが「おぉ! 道場さん! こんにちは!」と声をかける。
(!!!)
私は全身がビリビリとするような感覚になり、後ろを振り向くのに躊躇していた。
そうこうしているうちに、すーっと部屋に入ってきた道場さんはゲームをしている男の子に気安く話しかけると、一緒にそのゲームで遊び始めた。
これが日常なのだろう、私はそれをボーッと眺めていた。
「ちょっとお母さんとお話してくるから、ゆっくり過ごしててね」
澤田さんにそう言われると、付添いの母を引き連れ部屋から出ていってしまった。
途中道場さんのお母さんとも会ったようで、大人たちの話し声が遠ざかって行く。
再び部屋にやたら大きく響くゲーム音を聞きながら、道場さんと男の子の様子を遠巻きに見る。
道場さんは最後に会った時よりは状態が良さそうに感じた。
時折男の子と話している様子は、自然で拒絶的な雰囲気はないように思えた。
「あれ? …新しい人か」
ふと入口から声がして振り向くと、また違う少年がやって来た。
彼の姿を確認したゲームをしている二人は、「お! 来た!」と話しながら、何やら場所を移動して遊ぶ準備をするらしい。
その様子を眺めていると、バチっと道場さんと目が合った。
私は声を掛けるタイミングを完全に失っていたし、しばらくぶりに会う自分の様子の変貌ぶりに道場さんが戸惑うのではないかと思っていた。
すると道場さんがおもむろに口を開いた。
「アニメとかって好き?」
一瞬何を聞かれたのか瞬時に理解出来ずに立ち尽くしていると、何やら鞄の中から取り出す道場さん。
「私最近これにハマってるんだけど、一緒に見る?」
ようやく理解した頭で、道場さんの様子に逆に戸惑いながら「うん! ありがとう」と答えると、道場さんがにっこりと微笑んだ。
普通の人からすればぎこちない笑顔かもしれない。けれど、笑えなくなってしまった自分、同じく様子が激変してしまった道場さんを知る身としたらその声掛けと笑顔にどれだけ救われたか語るまでもない。
私たちが入口付近で話している間に男の子たちは移動していて、その場には私と道場さん二人だけだった。
「道場さん!」
私は今言わければ絶対後悔すると思い、道場さんを呼んだ。
「…ん?」
「前に…学校においでなんて無責任な言葉をかけて…ごめんね!」
二人の間に少しの間が出来た。
「うん」
道場さんはそう言うと、「サルちゃん遊ぼう!」と言ってくれた。
それから、このfree2という場所で時間を過ごすことになり、道場さんを初めここに通う子たちと仲良くなっていった。
いつ来てもいい。
いつ帰ってもいい。
何をして過ごしてもいい。
こういう場所の必要性を大きく感じるのは、当時の学校は勇気を振り絞って行ったその日に、次の目標を提示される。
保健室まで来れたんだから、次は放課後までここにいれるようになろう。
放課後までいれるようになったら、次は教室に行ってみよう。
そう次から次へと課題を出され、今現在!今日頑張った自分というものをあっさりスルーされたような気持ちになる。
今の自分ではダメだと遠回しに言われたような気がする。
その点、適応指導教室の緩さがとてもありがたかった。
年齢に差がある子もいたが、どこか運命共同体というような仲間意識があって上の子が下の子の面倒を自然と見たりして上手くやっていた。
何より元から仲が良かった道場さんと私は相乗効果のようなもので、一緒にいることで状態が落ち着き、今まで以上によき理解者となった。
学校に行けなくなって、社会不適合者の烙印を押され、違う世界に来てしまったような孤独感の中ただ死んだように生きていた自分。
それらの気持ちを、自分以外も分かっているということがとても救いになったし、心強い味方になったのだ。
私たちは二人だったら昼間外に出ることも気にならなくなっていき、人目を避けてしばらく生活してきたことが嘘のように、時間をかけて本来の自分たちの姿へと戻っていった。
不登校になって、一年以上経っていた。
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