第56話
寒さに震えながら、無事初詣を終えて、少し散策する。意外とお年寄りや子供が多くて驚く。山、とはいえさして高くない上に私たちも利用したケーブルカーもある。家族連れで来るには丁度いい観光場所なのかもしれない。
「あれ、おみくじあるよ。引いてみるか?」
「運試しっすね。やりましょうか」
じゃあ、と、三人でおみくじを引いてみると、三人とも大吉だった。
「凶じゃなくて良かったけど……、三人揃って、ってなると拍子抜けだな」
「大吉しか入ってないわけじゃないですよね?」
「そんなおみくじあるわけないでしょ……。まあ同じ会社の三人が三人とも大吉なら、わが社の今年も大吉、ってことで」
「うまくまとめたな、成瀬」
矢崎さんと来人は近くの木に結び付けているが、私はお守り代わりに財布に入れる。私にとって何が『大吉』なのかは分からないが、今年最初のおみくじが良い結果なのは普通に嬉しい。
「結構混んでるし、下山してから昼飯決めましょうか」
「そうだな、のんびりしてると下りのケーブルカーも混みそうだしな」
そういうと、二人は私を庇って人混みの中を進んでいく。背が高い二人に挟まれているせいか、ちょいちょいすれ違う人たちに振り向かれる。
「矢崎さんも来人も、背高いですよね。何センチあるんですか?」
「え、身長?俺は百七十五。大して高くないよ」
「俺は百八十だけど……、年食って縮んだかもな」
「え?身長って縮むんですか?」
「いや、親父がたまにそう言うからさ。って、成瀬も女性にしては高いだろ。何センチだ?」
「多分百六十七くらい……。健康診断のたびに数ミリ変わるんですよ。なんででしょうね。私も老化で縮んだかな」
「二人して年寄臭い話しないでくださいよ。加齢で背が縮む年齢じゃないでしょう」
来人が呆れ声で突っ込む。言われてみれば。なんでこんな話してるんだろうと思ったら、そうだ、私が聞いたんだった。
「ごめん、二人が大きいから皆振り向くのかな、って思って。そしたら急に気になって」
坂道で転ばないよう下を見ながら話すと、両脇から驚いたような呆れたような声が上がった。
「そんなの、決まってるだろ」
「俺も矢崎さんと同意見ですよ。これだから心配なんだよ……」
……え?な、何が?
二人の言葉の意味がさっぱり分からず、思わず立ち止まってしまうが、後ろからも人が来る。ほら行くよ、と二人に手を引っ張られ、私の疑問は有耶無耶にされたままケーブルカーの乗り場へ向かった。
◇◆◇
高尾山を下山し少し移動したところで目に付いたお蕎麦屋さんに入った。もう十三時を過ぎていたせいか、店内はいい感じに空いていた。
景色が良く見えるお座敷席に通される。古い型のストーブの匂いが落ち着く。
「冷えたなー。温かいもん食いたいな」
「おうどんもあるみたいですよ。甘酒もあるけど、矢崎さんは飲めないですよね」
「あ、俺、帰り道運転代わりましょうか?」
「いや、大丈夫だよ。サンキューな。俺はお茶でいいよ。二人とも飲みたかったら遠慮するな」
矢崎さんはそう言ってくれたけれど、上司に運転させた挙句部下二人が飲んだくれるわけにいかない。大人しくお店が出してくれたお茶を飲む。お寿司屋さんみたいな大ぶりの湯飲みが、目にも温かい。
それぞれが注文した料理が届く。やれ猫舌だの、エビの尻尾も食えだの、男二人はにぎやかだ。気が付けば私はほんのり微笑んでいた。
こんな気分になれたのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
一人きりならいくらでものんびりできる。家に閉じこもって好きなことをして好きなものに囲まれていればいいだけだ。
でも今は、他人と一緒にいるのに、心から安心できる。どうでもいいことで言い合う二人を眺めていると、ずっとこのままでもいいかもしれないと思えるくらいに。
そうか、これが……。
自分の中に、ポッと浮かんだ解に驚く。しかし否定する気にはなれなかった。
「……千早どうしたの?ぼーっとして」
「早く食わないと、麺のびるぞ」
「あ、す、すみません……。なんか、いいですね、こういうの」
私は慌てて鍋焼きうどんをつつき始めながら、思いついた言葉を口にしていた。
「こういうの、って?」
特大の南瓜のてんぷらを齧りながら、来人が聞いてくる。
「何も考えないで、どうでもいい話をして、ぼーっとするの」
お店の雰囲気もあるのかもしれないが、まるで自宅にいるようだ。うちのマンションに和室はないし、まして実家では、とてもじゃないがこんなに寛いだ気分にはなれないのだが。
「今日の成瀬は、やけに素直だな」
「ホントっすね。朝はあんなにプリプリ怒ってたのに」
ニコニコしながら言う二人だが、しかし言葉はかなりヒドイ。私は慌てて反論する。
「ぷ、プリプリ?!だっていきなり男性二人にアポなし突撃訪問されたら、驚くでしょ?!そして怒るでしょ!?」
「別に俺たちは偶然出くわしただけだから……、なあ?」
「ええ。俺もまさか矢崎さんと会うとは思いませんでしたよ」
思い出したようににらみ合う二人に、私は驚く。あれ、さっきまでのあの空気は何処に?
「急に固い空気漂わせないでくださいよ……。折角、兄弟みたいでいいなぁ、って思ってたのに」
ずるずるうどんを啜りながら愚痴ると、ぎょっとしたように振り返られた。
「兄弟?!誰が?」
「まさか……」
え?
だから、矢崎さんがお兄ちゃんで、来人が一番下の弟で……、みたいな?
思いついたままを口にすると、何故か二人とも頭を抱えた。
あれ……、だめ、だったかな。兄弟設定。
ごめんなさい。
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