第54話
≪Rite side≫
昨日の夜から、千早と連絡が取れない。
メッセージも既読にならないし、朝から電話してるのに出ない。前みたいに電源を落としてるわけじゃなさそうだからただ出ないだけなのだろうけど、じゃ、なんで出ない?
先週一週間の千早とのやり取りを反芻する。いきなり連絡を遮断されるほどの何かがあったとは思えない。
昨日は確か野村と二人で食事に行ったはずだ。しかし部下と二人で飲みに行ってそれほど遅くなるタイプとは思えない。どこかでスマホくらい見るだろう。返事はしないまでも読むくらいは。
考えれば考えるほどイライラして落ち着かなくなった俺は、車のキーを掴むを家を飛び出した。
≪Yazaki side≫
結局、うつらうつらするばかりで熟睡しないまま、外は明るみ始めた。冬の、遅い朝の陽が差すということはそこそこの時間になっているということか。
しかし疲れはない。むしろ身も心も軽い。昨夜の成瀬とのやり取りのせいだろう。
社長から見合いを無茶ぶりされていることは本当だ。しかし断り切れない話ではない。実際、持ちかけられたのは半年も前だ。顔を合わせると三回に一回くらいは『例の件は……』と突かれるがそれ以上には押してこない。
だから、昨夜成瀬に持ち掛けたのは、ほんの思い付きだった。いつもの彼女なら『仕事と関係ないですよね』などと言って突っぱねられたかもしれない。しかし、最近おごりが続いたせいか、困ったような顔をしつつも意外とすんなり受け入れてくれた。
社長の名前を出したせいか。でなければ……。
もう一つの可能性が頭を過る。奴が、成瀬に何某かの変化を齎した可能性は十分にあった。
気が気じゃなくなり勢いで電話をする。呼び出し音が続くが、繋がることなく留守番電話に切り替わった。
俺はしばらく考えこんだが、『昨日の件で』という口実を手に、家を出た。とにかく成瀬との接触を持ちたかった。電話が繋がればここまで焦ることも無かったのかもしれないが、何かに追い立てられるように、彼女のマンションへ向かった。
◇◆◇
久しぶりに飲んだお酒のせいか、しっかり熟睡出来たらしい。私はぼーっとしながら時計を見る。寝坊したかと思ったらそうでもなかったのでほっとしつつ、ベッドを出た。
頭から熱いシャワーを浴びてスッキリする。でも食欲無いなぁ、いいや、コーヒーと野菜ジュースだけ……。
ピンポーン!
そう思って冷蔵庫に手を伸ばしたところで、インターフォンが鳴った。
え、まさか、また……?
恐る恐る画面を覗き込むと、想定内+想定外の二人が立っていた。
◇◆◇
「だから連絡なしに突然来ないで、ってこの前も言ったよね?!」
散々俺たち二人を寒空の下に待たせた挙句、やっと家に入れてくれたと思ったら、千早はプンプン怒っていた。
「だって電話出ねーんだもん。メッセも既読にならないし」
「あ、俺も一度掛けたんだよね、でも繋がらなくて、心配になってさ」
横から矢崎さんも付け加える。こいつも掛けたのか……。つーか、まさか千早のマンションでバッティングするとは思わなかった。それはお互い様なのだろうが。
俺たち二人の言い分にギクリとしたらしい千早は寝室にスマホを取りに行く。戻ってきた時には深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、気づきませんでした……」
俺は安堵の溜息をつく。やっぱり考えすぎだったかと、気が緩む。
しかし千早に答えた矢崎さんの言葉に、再び俺の中で緊張が走った。
「仕方ないよ、昨日遅くまで連れまわしちゃったしね。疲れてたんだろ?」
千早が淹れてくれたコーヒーを優雅に飲む横顔を、不信感と不快感の両方で見つめる。ていうか、昨日?遅くまで?
俺のこめかみに怒りマークが浮かんだ音でも聞こえたのか、目線だけ寄越して笑う矢崎さんが、本気で憎たらしくなった。
「すいません、多分帰ってからバッグに入れっぱなしで出してなくて……。家では携帯電話を不携帯なので……」
千早はブツブツ言い訳しながら、また寝室へ戻る。一晩放置したせいで充電が切れかかってるんだろう。またすぐに戻ってきた。
「……でもそれは謝るけど、どうして二人がここに来るんですか?今日は休日ですよ?お家でゆっくり休んでください。私も休みますから!」
またプンプンモードに戻って、ソファに座る俺達を立ったまま見下ろす。構図としては母親と叱られている子どもみたいだが、ぷりぷり怒ってる千早なんて珍しい。そして可愛い。
「何笑ってるのよ?!」
しまった、ニヤニヤしてるのがバレた。口をへの字にして腕組んで睨んでるけど、全然怖くないんだよなぁ。
「ごめんね、最近休日のたびに押しかけてるよね。でも前に電話繋がらなかった時、千早具合悪くなってたじゃん。だからどうしても心配になるんだよ」
前科を出されて気まずくなったのか、千早がうっと押し黙る。そこに矢崎さんが畳みかけてきた。
「折角だから三人で出掛けようよ。ほら、立花の歓迎会もまだだったしね」
俺の歓迎会?何を考えているんだろう、この人は。そんなもの、する気もないのに。
いや、どうせ俺と千早を二人にしたくなくて、自分が彼女と二人きりになれる可能性が低いと見越したうえで次善策を取ったのだろう。
作り笑いで頷く俺の横で、千早はがっくりと脱力しながら頷く。
「じゃ、すみませんが出掛ける準備しますので、下で待っててもらえますか?」
「「ここに居るよ」」
偶然、俺と矢崎さんの声が重なった。更にゲンナリしたような千早は、再度頷いて寝室へ戻って行った。
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