野営地④
時間は少しばかり遡って、俺――エベルト・フェルナンディがジャンニーノと別れた直後の話。
四日前に三十人が惨殺され、警戒態勢が敷かれていた野営地にやってきた隊商を調査する事にした。
結果、隊商自体に危険性はないと判断し、念のため乗り合わせていた人間の調査をジャンニーノ一人に任せる事にした。
ジャンニーノが扱う智神アルテネルヴァの加護は、あらゆる物を見通す。それは何も物理的な意味だけではない。
人物の経歴、なんてのもそうだ。親の名前、生まれた場所、祝福を授かった神……智神アルテネルヴァの前ではどんな偽りも通じない。
ジャンニーノはこの加護で前科者が紛れていないかを確かめようとしていた。
隊商の長であるナルバを筆頭に、隊商の人間は全員問題なし。護衛の冒険者チームはB
そこまでは何の問題もなかった。彼の番が来るまでは。
事前にナルバに全員を集めて貰い説明をしていたので、調査自体は快く応じて貰えた。
まず口頭で名前、年齢、出身地、職業を確認。それを加護で間違いがないか照会するという手順だった。
「名前はチャールズ、十六歳。アドルナート領出身で、職業は薬師。この子は土の精霊カンタリス」
「ニャーン」
「よろしくー。てか若っ! 薬師ってもっとオジサンオバサンがなるものじゃないの?」
「まだまだ駆け出しだからね」
世間話を挟みつつ、和やかな雰囲気で調査を始めようとした。
「あ、荷物もついでに見せてくれる? 一緒に確認しちゃうから」
「大丈夫? これマジックバッグだから、結構色々と入ってるんだけど」
「そうなの? 初めて見た! 高いんでしょコレ」
チャールズが見せたのは、一見すると何の変哲もない革製の小さな背負い鞄だった。
マジックバッグ。生物以外であれば、どんな大きさ・重さであろうと収納できる、文字通りの魔法の鞄だ。
百年以上前に発掘された
ただし、マジックバッグの作成には非常に高度な魔術付与技術が求められ、製作にも非常に時間がかかる。
しかも密輸などの犯罪に利用されないよう、身元を証明する文書の提出や悪用防止の神前契約書の作成が法律で義務付けられており、手に入れるまで手間も時間もかかるので、実物を持つ人間にはそうお目にかかれないのだ。
だが、今回の仕事には関係ない。確かに珍しい品ではあるが、調査の目的はあくまで、野営地襲撃事件の関係者が居るかどうかの確認だ。
ここまで隊商の人間全員が無関係だっただけに、目の前の青年も特に問題はないだろうと高を括っていた。
「それじゃあ確認しちゃうねー。【
だが智神の加護による鑑定結果は、想定すらしていないものだった。
――持っていたマジックバッグは複製の魔道具ではない本物の
――契約していたのは人の神グラーテが人だった頃から存在する古代精霊。
――そして本人は伯爵家の令息でしかも長男。
「……は???」
予想外にも程がある情報の羅列に、ジャンニーノの口からは間抜けな音しかでなかった。
まずマジックバッグが本物の
間違っても、駆け出しの薬師が普段使いに持ってる代物じゃない。
更に契約しているのが、数千年の時を生きる古代精霊。
精霊は長く生きれば生きるほど強力な能力を宿すと言われている。
取り分け、百年以上生きている精霊は高位精霊と呼ばれ、彼らとの契約は魔術師の
そして古代精霊とは、人の神グラーテが人だった頃、神話の時代から実に数千年を生きる精霊だ。
その存在は天災に等しく、過去に火の古代精霊が暴走した際は地図から街が三つ消え、数万人の死者を出した記録がある。
彼らは人前に姿を現す事はなく、人の足を踏み入れられない秘境や、ダンジョンの主として最深部に君臨していると言われている。
間違っても、こんな所で薬師の肩に乗って欠伸なんてしていない。
そして極め付けが、当の薬師を名乗る青年の身元である。
チャールズ・アニエッロ・エル=グラーテ・ヴィオレッタ・アドルナート。
父親はポンツィオ・アドルナート伯爵。母親はシャルロッテ・ヴィオレッタ子爵令嬢。人の神グラーテの祝福を受けた、アドルナート伯爵家第一子。
正真正銘の貴族であり、伯爵家の令息だ。
間違っても、護衛もなしに一人で隊商の荷馬車に乗っていて良い人間じゃない。
「……いや無理!!!」
どれか一つでもジャンニーノの手に余る情報だと言うのに、それが三つ。
この状況下でジャンニーノが取った判断はある意味正しかった。
つまり、自分の手に負えない事態が発生した時、
ただし情報過多と想定外の事態による
「助けてエベルト! こっちヤバイ! 古代精霊と契約してる
こうして、お忍びで乗り込んでいた訳アリ貴族の身元を衆目の前でぶちまけると言う、今日一番のやらかしへと繋がったのだった。
◆
「ピアーニ騎士が働いた無礼、謹んでお詫びいたします。大変申し訳ありませんでした」
「……申し訳ありませんでした」
俺は謝罪をすると同時に、片手で鷲掴みにしたジャンニーノの頭も下げさせる。
「顔を上げて下さい。調査自体は同意の上ですし、職務の一環であった事は理解していますので」
「ニャーン」
神誓騎士用の天幕内で、椅子に腰かけた薬師を名乗る青年――チャールズ・アドルナート伯爵令息は語気を荒げる事もなく淡々とそう言った。
彼の肩に乗る灰色の猫――古代精霊のカンタリスは、まるで見定めるように蒼い目でジッとこちらを見ている。
「智神の目を誤魔化せるとは考えていませんから、知られた事については何も言いません。ただ……もう少しばかりご配慮いただきたかったという思いがあるのは否定できませんね」
――あ、お怒りだわコレ。
チャールズは穏やかな笑みを浮かべては居るものの、言葉の節々からは苛立ちがヒシヒシと伝わってくる。
幸いにも、身分を盾に無礼だと騒ぎ立てる事もなく、聞く耳を持ってくれている。今ならまだ、誠意のある対応で矛を収めてもらう事も可能だろう。
「ピアーニ騎士の軽率な言動については、アウレア神誓騎士団としても看過できるものではありません。任務終了後に、騎士団として然るべき処分を致します」
「ッ……エベ」
顔を上げようとしたジャンニーノの頭を押さえつけ強引に下を向かせる。ジャンニーノが余計な事を言う前に、俺は続きを口にする。
「しかしながら、今回の任務にはピアーニ騎士の能力が必要不可欠なのです。アドルナート様含め、皆様をお守りする為に、この場における処分の保留はご理解を賜りたく存じます」
今度はジャンニーノも何も言わなかった。ほんの少しの間、気まずい沈黙が流れる。
チャールズは考えるように目を閉じ、そして一度大きく息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「顔をお上げください。私はあなた方に指図できる立場も権限も持ち合わせていません。たまたま居合わせてしまっただけです」
しかしながら、とチャールズは続ける。
「私の身元を衆目の前で明らかにせねばならない程の警戒ぶりは、尋常ではないと感じます。可能な範囲で構いませんので、詳しいお話を伺えませんか? 何かしらの事情があるのであれば、こちらとしても無用な口出しをするつもりはありません」
――不問にする代わりに、話を聞かせろって事か。
こちらとしては非常に助かる落とし所だった。下手をすれば貴族に対する不敬罪で訴えられてもおかしくはない状況なのだから、話し合いで済むなら御の字だ。
それにチャールズには、色々と聞かなければならない事がある。
単独行動の理由はともかく、貴重な
「かしこまりました。私の責任で話せる範囲の事は、全てお話いたします。それに伴って一つご提案があるのですが」
「何でしょう?」
「説明に時間がかかりますので、よろしければ食事はこちらで取っていかれませんか? お食事はまだでいらっしゃるようなので」
「……わかりました。お言葉に甘えさせていただきますね」
チャールズはここへ来てようやく、年相応の顔で笑ったように見えた。一先ず穏便に話を進められそうな事に、俺は内心で胸をなでおろすのだった。
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