第36話 暴風

「ふーん。そういう事だったのね」

 この事の次第をユキさんにご説明し、ご納得頂いたところだ。説明はアイシャとセツナにお任せした。

 俺はというと、紅丸を使って、せっせとセツナのお父さん、ヒョウゾウさんを氷の中から助け出していた。ヒョウゾウさんの氷像なんて洒落にならないからな。


「アイシャさんのお話を要約しますと、そこの師匠さんの往生際の悪さが生んだ不幸な事故という事でしょうか?」

「意義あり!」

 断固抗議致します。


「師匠さんに発言権はございません。家の事は元来、奥様が決めることです」

 それはあなた達の文化ではないでしょうか。僕は皆で話し合って決めたい派です。


「奥様としては、セツナを妾として認めてくださっていると。では私の方も異論はございませんので、セツナを宜しくお願い致します」


 不味いぞ。アイシャとユキさんでどんどんと話が進んでしまっている。早くヒョウゾウさんを助け出さないと。

 何で誰も手伝ってくれないんだ。セツナ達はまだ分かるが、神鳥族の皆さんも族長のピンチですよね。

 呑気に座ってご飯食べてたら死んじゃいますよ。


「では、セツナ。母として、族長として命じます。しっかりと妻としての勤めを果たしなさい」

 ユキさんが族長だったのね。ヒョウゾウさんは婿養子ですか。

「はい。しっかりと孕みます」

 それは違うでしょ。

「最低でも3人は産みなさい」

 合ってたー。


 ユキさんはやっぱりセツナの母親で間違いない様だ。思考までそっくりだ。


 いかん。遂に外堀が埋まってしまった。紅丸の出力が足りない。セツナの張った氷が厚すぎる。全然溶けない。

 ヒョウゾウさん、貴方だけが頼りなんだ。起きてくれ。頼む。


「皆の者、喜びなさい。行方不明だったセツナが生きてました。そして、本日結婚することが決まりました」


 あかん。ユキさんが演説まで始めてしまった。セツナも嬉しそうに手を上げて皆の歓声を受けている。

 俺の関係しない所でどんどんと話が進んでいく。


「遂に次の族長が決まりました。セツナ、しっかりと皆を導く様にね」

「はい。お母様、アルバート様の妻として恥ずかしくない族長になります。皆もアルバート様と私を支えてください。宜しくお願い致します」

 セツナの演説にノッて一族の皆の歓声が上がる。


 神鳥族の人々は他の獣人達と違って、まともな方々だと思っていたのに、いろいろとおかしいぞ。今日帰ってきたばかりのセツナが族長ってなんで?

 俺も神鳥族の方々を導かないといけないの?

「残念な事に災害によって村が失われてしまいましたが、きっと私達が再建してみせます」

 それについては、お手伝いは致しますとも。あいつのせいだからな。


 誰かこの状況を何とかしてくれ。助けてくれ。神様。



 ドガーーーーン。


 俺の祈りが通じたのか、セツナ達がはしゃいでいた空間が吹っ飛んだ。上空から何かが落ちてきた様だ。隕石か?

 衝撃でセツナ達がゴミの様に飛んでいった。アイシャは無事なのか? おお。流石レッド。いつの間にか、アイシャとレイ君を保護している。ミリアは風圧で転がっていった。


 一体何が降ってきたんだ。


「師匠。貴方のライカが只今、戻りました」


 神の助けかと思えば悪魔の降臨だった様だ。


「あ、ああ、お帰り」

 それだけ言うのが精一杯だった。こいつどうやって上から降ってきたんだ?

 そのライカは帰って来るなり俺に抱きついて匂いを嗅いでいる。


「師匠だ。師匠の匂いだ。師匠成分を補給だ」


 自分の世界に突入していて話ができない。おーい。ライカ。戻って来い。


「ちょっと、ライカ! 危ないじゃないですか」

 セツナが戻ってきてライカに抗議を始めた。どうやら無事だった様だ。


「ライカ、師匠から離れなさい。そこは第2夫人である、私の場所よ」

 セツナの言葉を聞いたライカがピクリと反応し、パチパチと空気が炸裂する音が聞こえる。

「どういう事かしら? 師匠の側に控えるのは私の役目ですよ」

 ライカから雷撃が漏れ出している。雷神様はお怒りの様だ。


「待て、お前達、喧嘩は駄目だぞ」

「「師匠は黙っててください」」


 うむ。聞く耳を持ってくれない。師匠とは何だろうか? 俺の立場とは?


 ライカの懐から何かが転がり落ちてきた。ん、毛玉?

 凄い勢いでこちらへ駆けてきた。子犬だ。尻尾を丸めて怯えている様だ。あの空間に居たらさもありなん。

 俺の足元に逃げてきたので、抱き上げてあげる。

 お前はライカに引っ付いて来たのか? 立派な毛並みをしてるな。かわいい奴め。もう大丈夫だぞ。俺はあの人たちみたいに怖くないからな。


 いかん、いかん。現実逃避してしまっていた。俺が現実から目を背けている間に、二人の争いから、ミリアも参戦した三つ巴の争いになっていた。


「師匠の側が相応しいのは私です。私が第2夫人です」

「ライカはいつも師匠に迷惑ばかりかけているでしょう。私の故郷を吹っ飛ばしたらしいし。とても第2夫人なんて勤まらないわよ。ここは私こそが相応しいと思いますわ」

「違う。3人の中で私が一番最初に妻になった。私が第2夫人」


 まさに一触即発の雰囲気だ。止めるべきなのだろうが、正直止められる気がしない。それに、皆の現状の強さを知るにはいい機会でもある。

 うん。静観しよう。姉妹喧嘩も必要だろう。危なくなったら助ければいい。

 本音を言えば、関わりたくない。女の喧嘩に口出しすると碌な事にならないからな。


「では、勝った者が第2夫人ということでいいわね」

「「異議なし」」


 3人のバトルロワイアルが今始まる。

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