Clover ~魔王少年~

赤葉響谷

序章

「もう!しつこい!」


 月明かりに照らされる薄暗い森の中、ボクは当てもなく只管に走り続けていた。

 チラリと背後を振り返れば、まだ3人ほどの追っ手がボクを追って来ていた。


「ねえシショー、本当にこっちで合ってるの!?」


 そうボクは問いを発するが、ボクの近くに人影は無い。

 それでも、その声は直接ボクの脳内に響くように聞こえて来る。


『ああ、間違い無くこの先に海の気配がある。このまま進み、海に飛び込めばそのまま施設の外に出られるはずだ!』


「でもそれって、海に飛び込んだボクがビショ濡れになるやつじゃん!」


『仕方ないだろ!この施設を脱走すると言い出したのはお前だろうが!』


「そうだけど!」


 そう答えながらボクが頬を膨らませていると、不意に左頬を弾丸が掠め、赤い線が刻まれたかと思った直後にはドロリと鮮血が溢れ出す。


「もう!最悪!」


 そう告げながらも、ボクは左手で血を拭うと、


「ねえ、やっぱりあいつらよ!」


 そう告げるボクに、声の主はあからさまにため息をつきながら、呆れたように語り掛けてくる。


『何度も説明しただろ?今のお前の力じゃ『悪魔』を同時に召喚し、制御出来るのは3体が限界だ。そして、もし今施設に召喚してる3体を消せば、その対応に当たっていた敵がお前のところに押し寄せて状況が不利になる。だから、せめてこちらに呼び寄せるにしてももう少し海に近付いて――』


「シショー、説明が長いよ!大体一時的なら4体だって行けるって!ボクを信じてよ!」


『あのな、碌に『色欲』の魔力も制御出来て無ければ、『聖杯カリス』にも魔力を使っているんだぞ?オレのサポートがあるから辛うじて暴走を起こしてないが、バカ弟子1人でやろうとすれば、既に捕まっててもおかしくないからな。』


 呆れたように言葉を投げかけるシショーに、ボクは更に不機嫌な表情を浮かべながらも反論の言葉を口にしようとする。

 しかし、突如雷鳴と共に目の前の大木が炎上し、その後ろから2人の男が現れたことでボクは口を噤むしか無かった。


「さて、鬼ごっこは終りだ。さっさと施設に戻ってもらうぞ、竜吉公主ロンジィグンジュ。」


 そう声を掛けて来たのは、2人の内1人、白い短髪に紅い瞳、背筋の凍るような冷たい視線が特徴的な壮年の男だった。

 年齢は確か40後半だったと思うが、170後半の長身に引き締まった体躯からもう少し若く見える印象だ。


「・・・・・・・・・ドクター、ボクの名前はシショーが付けてくれたアヤメだ、って言ったでしょ。」


「ハア。またお前の空想上の師の話しか?・・・・・・・・・リヴィア、と言ったか。その者を我々は認識出来ない以上、キサマの呼称は我々が付けたコードネームで呼んだところで差し支えあるまい。」


 ドクターがそう告げたところで、ボクを追っていた3人が追いついて来る気配を感じる。

 それと同時に、ドクターはもう1人の男に目線で合図を送り、ボクが逃げられないように追っ手と合わせてボクを囲むような位置をいつの間にか確保していた。


「それにしても、やはり今までの実験では故意に力を隠していたようだな。この分では、消えた残りの宝具パオペイもお前が所有しているのか?」


「残念だけどそれは違う。ボクが持っているのは1つだけ。」


「なるほど。それがあの『悪魔』を召喚した力か。」


「ううん、それも残念ながらハズレ。あれは神器とはまた別の力だから。」


 あっさりと答えるボクに、ドクターは眉間に皺を寄せながら深くため息をつくと、その深紅の双眸でギロリとボクを睨みながら低い声を上げる。


「どちらにせよ、お前の体を隅々まで調べれば解ることだ。キサマが生まれて約11年。その間に『魔力』に関する研究はだいぶ進んだのだからな。」


 その言葉にボクは深いため息をつきながら、今までの施設での日々について思いを巡らす。

 それこそ、まだボクが幼かった頃は貴重なサンプルであるボクが間違っても死なないよう、かなり温和しめな実験しかされなかったのだとシショーに聞いている。

 しかし、普通の人に比べてボクの体は有り得ないような再生能力を有している事が判ると、その実験は次第に過激なものへと変わっていった。

 まあ、その異常な再生能力の原因は、ボクの中に『聖杯カリス』と呼ばれる魔力の限り人体や物体、現象を自由に操ることが出来る神器が存在するためなのだが、あれだけ非人道的な実験を繰り返したくせにこいつらは正確な要因を掴めずにいる。

 だがそれでも、ボクが有する『世界を書き換える力』、『魔力』の存在は突き止め、それを使って新たな技術である『魔術』や『魔科学』、それに異形の生物『魔物』を作り出す事には成功しているようだが。


「だから、これからもボクに実験体で居続けろって?冗談じゃ無い!誰があんな場所に戻るか!ボクはシショーと旅に出て、ママを救う力を集めてみせると誓ったんだ!」


 そう力強く告げたものの、ボクは正直ママを救う事にそこまでこだわってはいなかった。

 現状、そう言う名目で無ければシショーがボクに力を貸してくれないのでそう宣言したものの、正直ボクの力だけで自由に生きるだけの力を付け、ボクの中からシショーを追い出したら好きに生きるのだと決めている。

 まあ、それでも見つけられるのならばママを悪の『アーマゲドン』から救うため、ボクとシショー以外の5つの『原罪』を探しても良いとは思っているが。


「ママ?・・・ああ、あの剣の姿に変わった西王母シィアンムゥの事か。アレも我らの研究を進める上で大いに役立ってくれた。それに・・・・・・・・・まあ、余計な事は言うまい。」


 いったい何を語ろうとしたのか、ボクは若干の興味を引かれたが、その思考も次のシショーの言葉で現実に引き戻される。


『マズいな。更に増援がこっちに向かっているぞ!』


「え?嘘!?」


 咄嗟にボクは、施設に残してきた3体の悪魔へ意識を向けるが、流石はボクの力を長年研究していた施設の者と褒めるべきか、既に3体とも気配を感じることが出来なかった。


「ほう。どうやら状況が判ったようだな。」


「やけに色々教えてくれると思ったら、時間稼ぎをしてたんだ。」


「その通り。我々だけでもキサマの捕縛は可能だろうが、不測の事態には備えておいた方が良いからな。」


 ニヤリと笑みを浮かべながらそう告げるドクターに、ボクは不機嫌な表情を隠さないままにシショーに告げる。


「ねえシショー。やっぱりボク、試しに『色欲』を完全解放してみるよ。」


『なっ!?冗談じゃ無いぞ!そんな事をすれば、お前がどうなるかも解らないし、そもそも暴走を起こせば被害はこの施設だけで留まるとは――』


「あーあーあー!きーこーえーなーい!!どうせここで捕まればもっと酷い目に遭うだけだよ!だったらここで全てを出し切るのみ、だよ!!」


『おい、バカ弟子が!調子に――』


 なおも説教を続けようとするシショーの声を無視しながら、ボクは真っ直ぐにドクターへ金色の瞳を向けながら告げる。


「さあ、それじゃあそろそろボクの本気を見せてあげる!」


 ボクの宣言に、ドクターを始め周りの5人が一斉に計画の色を強くする。

 そして、更にシショーが何事か怒鳴り声を上げているが、ボクはそれを無視すると体の中に眠る力へと意識を向ける。


「術式展開。我が名において『色欲』の力をここに解き放つ。我が『色欲』に溺れる72の眷属よ、来たれ《アスモデウス》!」


 瞬間、辺りを覆い尽くす深い霧が生じたと思えば、いつの間にかその空には72の黒い影が浮かび、ボクの背には1対の漆黒の羽が生えていた。


「なっ!?これ、は!?」


 驚愕の表情を浮かべるドクター達に、ボクは余裕のある笑みを浮かべながら、背中の黒翼をゆったりと羽ばたかせ、しもべ達が待つ月夜の夜へと浮かび上がる。


「さあ、ボクの本気、存分に楽しませてあげるよ!!」


 そう告げた後、ボクの72体のしもべ達は眼下の敵を討つべく、一斉に宙を駆けていったのだった。

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