月仰ぐひまわり

内宮いさと

第1話

 ある物好きの男が、築いた財産にあかせて大層広い土地を買いました。そうして土地いっぱいに種を撒きますと、たくさんの使用人に世話をさせはじめました。

 男は物好きで、何より派手好きで気まぐれでございましたから、使用人はいつもの病気が始まったものと初め嘆いておりましたが、育てている内愛着が湧いたのでしょう、数か月の内には立派な黄金色のひまわり畑となりました。

 愛情をこめ育てられたひまわりの茎は太く長く、葉は鮮やかな緑に育ち、黄金の花弁のひとひらひとひらは、しなやかに太陽を仰いでおります。

 青々とした木々と、そうして蝉の沢山鳴く中で黄金に輝くひまわり畑。その様子を一目見て男は満足いたしますと、使用人にはよくよく面倒を見るよう頼んだきり、このひまわり畑を訪れることはございませんでした。

 しかし使用人たちは毎年丹精込めてひまわりを育て続けましたので、黄金の絨毯とも間違うようなひまわり畑はたちまち評判となり、来る人も絶えず、今年も多くの家族や恋人達が訪れました。使用人達は、愛情を込め育てたひまわり達が多くの人を喜ばせていることが大層自慢でございました。

 

 そして、そのひまわり畑からは少し離れた場所のことでございます。森の近く、人目に付きにくい、それも木の陰にひっそりと、一輪のひまわりが育っておりました。

 元の種は黄金のひまわり畑から小鳥や野ねずみが盗んできたのか、あるいは人間がいたずらに植えたのか――、ともかく由来は今や分かりませんが、はぐれたひまわりも自然の恵みを受けながら、すくすくと育ってまいりました。周りにひまわりはおりませんので、同じひまわりの友達はありませんでしたが、森に住まう野生の鳥などが彼の立派な友達でございました。

 今日もひまわりは目を覚まし、空を見上げました。

「ああ、今日もいい天気だなあ」

「やあ、ひまわり。起きたのかい」

 ふくろうは目を細めます。

「おはよう、ふくろう。今日も太陽がきれいだなあ」

 お気づきの通り、時刻は陽の疾うに暮れた夜のことでございました。


 辺りは闇夜でございますのに、ひまわりはおかしなことを言います。黄金色のひまわりとは離れて育ったせいでしょうか、このひまわりには少し変わったところがございました。

 ふくろうは少し呆れて忠告いたしました。

「おいおい。何度も言うが、あれは月だ。お前が全く変わったひまわりなのだ」

「そんなわけあるまい。おれはひまわり、太陽を仰ぎ、太陽に伸び、太陽と共に生きる花さ」

 そう言ってひまわりは、笑うように花弁を揺らします。しかしその花弁は、黄金色とは違い、しろがね色に輝いておりました。

 それだけではございません。常のひまわりなら黒や茶の色をした芯は濃い群青色。茎は細く短く、葉もやや細っておりますが、月の光を受けてこちらもしろがねに輝いております。

 果たして、何の因果でございましょう。ひまわりであるはずの彼は黄金ではなく、しらじらとしたしろがね色に育っていたのです。何より、彼の言う通り、月を太陽と思って育ち、月を仰いでその光で生きてきた、夜のひまわりだったのです。

 ひまわりの朗らかさに毒気を抜かれたのか、ふくろうはほう、とだけ鳴いてもう一度目を細めます。

 そこにばたばたと音がして、小さな黒い影が飛んでまいりました。

「ひまわり、起きたか。おれは今日、湖の傍まで飛んで行ったぞ!」

 キィキィ騒ぐのはこうもりであります。ねずみのような毛むくじゃらの体に、悪魔のような羽を生やした彼。常のひまわりなら生きる時間の違う彼も、間違いなくひまわりの友でありました。

 ひまわりはいつも、こうもりの冒険譚を聞くのが楽しみでありました。そうして彼らがキィキィ、さわさわ騒ぐのをふくろうがほうほう見守るのが、この夏、ひまわりの植えられてより始まった彼らの日常でありました。


 月仰ぐひまわりは、闇夜のもとで友に囲まれながらたくさんの話をし、そうして今日もたくさん笑いました。

 やがて空が白み始めるころ、眠気を催したひまわりはゆっくりと、そのしろがねの頭を垂れてまいります。

「おやすみ、皆」

 ひまわりはたっぷりと月の光を浴びた後、太陽の出ている間は眠るのです。木の陰に生えておりますから元より太陽の光はあまり届かないのですが、却ってそれが月仰ぐひまわりには都合が良いのでした。

 ひまわりの寝てしまったのを見ると、こうもりもあわてたように飛び立とうといたしました。

「では俺も洞窟に帰ろう。陽の光を浴びては死んでしまう」


 ふくろうは彼を止めるように、いつになく真剣な声でほほうと鳴きました。

「こうもり、悪いが少し話がある」

 こうもりは驚きながら木蔭に入り、ふくろうの方へ顔を向けます。

「何だ、何だ。爺さんの真剣な話は怖いぜ」

「茶化すな」

 ふくろうはたしなめますと、少しの間黙ってしまい、しばらくしてから再び話し始めました。

「……おれは。この、月仰ぐひまわりが不憫でならんのだ」

 こうもりとふくろうとは、木蔭で頭を垂れながらしろがねに輝く、夜のひまわりを見つめました。

「ううむ……」

「月を太陽と慕い、夜を昼とし、ああも細く細くしらじらと育ってしまった」

「……」

 こうもりはふくろうの突然の言葉に狼狽しながらも、努めて冷静に、ひまわりのことを考え始めました。

 友人である月仰ぐひまわり。その常のひまわりとは異なる姿を、こうもりも常々案じていたのであります。

 やがて月としろがねのひまわりを見比べて、この近くにある黄金のひまわり畑のことを思い返しました。

「おれは、このひまわりが大好きだ。黄金のひまわり畑は俺が飛び回れば寝るのを邪魔するなとうるさがる。しかしこのひまわりはおれの話を聞いてくれる。しかし、しかし……」

 こうもりは、自らの体を罵らぬ唯一のひまわりである、月のひまわりが大好きでした。だからこそ、ひまわりと生きる時間が食い違ってしまうふくろうの提案をすぐには受け入れられませんでした。

 ふくろうは続けます。

「おれは今日、もう一度夜が来たらしっかりと話をしようと思うのだ。ひまわりが分かってくれれば、早起きの雀に頼んでひまわりを朝に起こしてもらうのだ。そうすればきっと、ひまわりもあの黄金の畑にある常のひまわりのように、輝けることだろう」

 こうもりはふくろうの話をじっと聞いておりました。

 少し考えたのち、ふいと横を向いて、ため息を一つ吐きました。

「寂しいが、それがいい。ひまわりは本来、夜に生きてはならないのだ」

 こうもりにとってひまわりは友でありましたが、ふくろうの言うことが分らないわけではなかったのです。

 ふくろうはこうもりの納得した姿を見ると、ほうと息をつきました。

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