青なる黄赤の絵物語

第21話 プロローグアゲイン 白銀の壁 【3】

 二八二六年五月一日。

 俺はまだラストグリーン病院にいる。

 深夜の一時。病院の一室を借りてベットに仰向けで天上を見つめている。

 エーデルに第三回メンズ・オークションの話をして数日が経った。

 

 イメージシアターという俺のナノマシンに反応して流れる映像システムに、エーデルは刺激が強いと言ったので今後の使用は控えるようにした。内容について関心のある様子は伺えた。出会った時の拒否反応は見せなかったし、話をしたこと自体が無駄ではなかったと思っている。

 だがエーデルは未だに自分のことを詳しく話してくれない。気が向いたらとは言っていたが。これからどうしようと思っても、他にやることは思いつかない。エーデルをここから出すにしても、やはり会話を続けていくしかない。己のことを話せない人間に、心を開く人間はそういないと思うから。しかも相手は年上で元スパイ。俺がただの善意で会話をしているだなんて思っていないだろう。俺自身エーデルを救いたいというよりも、単純に味方がほしいから粘っている節がある。俺一人では今の状況を打開できない。メンズ・オークションという苦い経験をしている者同士なら、裏切らない強力な仲間になってくれると思ってはいるのだが。


 それもそうなんだが、フリージオの存在を忘れていた。今そのフリージオは俺の脇にくっついて寝息を立てている。普段から男装をしているが、同性が好きなのか異性が好きなのか未だにわかっていない。魅力的な人間を幸せにするのが自分の生き方だと言っていたが、本当の所はどうなんだろうか。


 そうだ、俺は今まで関わってきたほとんどの人達の過去を知らない。


 ヴィーナのこともそうだ。一か月間結婚生活を送ったのにも関わらず、幼少期のことを聞かなかったし知ろうともしなかった。ずっと結婚生活を続けたいという気持ちをぶつけるだけだった。何も見ていなかった。

 知っているのは彼女が児童施設で育ったということ。でもそれは彼女だけではなく、この時代では極一般的なこと。パステルも親の顔を知らないと言っていたし。

 メンズ・オークションで会場の女性達がほぼ全員バージンだという話にあの時は何の疑問も抱かなかった。詳しい話を聞いたのは今から約三か月前だったか。


 今の女性達は子供がほしい場合、病院で検査を受けた後に精子バンクの登録者一覧を見て種親を選ぶ。そして母親となる女性は卵子を提供して、妊活は終了する。提供された精子と卵子は病院に設置されている人工子宮の中で育てられる。人工子宮は母体と同じ環境で九か月間ほど胎児を育てる。出産の時期になったら母親が赤子を受け取りに行けばいいだけなのだ。

 そう、この時代の女性達は自分のお腹を痛めて子供を産まない。

 俺のいた時代の男達と同じように女性達も働くことが出来て児童施設も無料。二十歳まで預けられる。産休も育児休暇も必要がない。


 きっとまだ俺の知らない何かがある。

 ヴィーナとソフィアが、妹であるギフティを異様に恐れているのも気になる。

 ヴィーナと言い争いになった時、俺にはまだ話せないことがあると言った。それは何なのだろうか。それが第二回メンズ・オークション出たエーデルのことならば、少しは謎が解けるのだが。


「……会いたいなぁ」


 ヴィーナと別れる前にちゃんと話をしておけば良かった。

 あの時、どうすれば良かったのだろうか。

 きちんと振ってくれたら、俺も気持ちを断ち切れたのに。

 それにしても恋に狂った母親と同じ状況になるなんて馬鹿みたいだ。

 そんな母親とも、もう話すことはできないんだよな。

 

 でもエーデルとはちゃんと話せるんだ。

 今ある時間、瞬間を大切にしよう。

 俺がエーデルに会ったのには、きっと何か意味があるはずだ。

 時間はいくらでもある。

 エーデルと向き合って話をしよう。

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