第10話

 千代ケ崎葵衣は、とても礼儀正しく、しおらしい、そして、小動物のようなかわいさのある少女である。


「千代ケ崎さん……」


「はい」


 でも、今俺に向かってにっこり笑顔で返事をした千代ケ崎さんは、そうは見えない。


「離れてくんね!?」


「嫌、です♡」


 いつもの笑顔の中に、全く知らない肉食獣がいた。



 ──────────



 遡ること十数分、あんま遡ってないなこれ。まぁ、家に帰った俺達は、夕飯や風呂を済ませ、二人で並んでソファーに座ってテレビを見ていた。


「詩乃さん」


「ん?なんだ」


「今日も一緒に寝てください」


「断る」


 千代ケ崎さんが光の速さでこっちを見てきた。お昼も見た頬を膨らませたお怒りモードだ。


「なんでですか!?」


「逆になんのためにもう一組布団買ったと思ってるんですか!?」


 一緒に寝ないためだよもう忘れちゃってるの!?


「一緒に寝ないためですよね」


 覚えてんのかーい!


「いやわかってるならなんでそんなこと言うんだよ」


「今日なら許してもらえるかなと」


「なんでだよ」


「今日はあんな事があったので」


 なるほどな、言いたいことはわかった。でもダメだ。


「千代ケ崎さんの将来を考えたら良くないしな」


「どういうことですか?質問に対して回答が違うんですけど」


「え?今俺何声に出してた?」


「私の将来がなんとか、と」


 うん。言い訳の方ばっか意識しててそっちが出たわ。


「昨日教えてくれなかった理由はそれですか?」


「う、……いや──」


「教えてください」


 言葉を濁すことは許されなかった。初めて見る、真剣な表情。逃げるなんて、できるわけがなかった。


「……そうだよ。今言ったのが理由だよ。俺は、千代ケ崎さんの将来を壊すのが怖い。千代ケ崎さんは魅力的すぎるからな。だから、必要以上に近づきたくない」


 取り敢えずテレビを見て現実逃避だ。千代ケ崎さんも黙ったままで返事がないし、あの目をずっと見てるとこっちが泣きそうでつらい。結構酷いことを言った気がするし。


「……詩乃さん、こっち向いてください」


「いってぇ……」


 優しい声で語りかけながら頭をねじ曲げないでくれ、首が折れる。割と変な音なったし超痛い。


「詩乃さんが言ってくれた心配事、よく分かりました。でも安心してください。私、多分詩乃さんのこと、家族みたいだと思ってますので」


 ……なんか、何も言ってないのに振られたんだが。いや、言ったけど、魅力的って言ったけどさ。


「出会ってまだ二日ですけど、私のために料理してくれたり、守ってくれたり、それこそ拾ってくれたこと、とっても感謝してるんです。胸がぽかぽかして、隣にいると心地いいんです」


 んーと、家族みたいって言ってたよね、千代ケ崎さん。でもこれ、どう考えても告白って言うか、気持ちぶつけられてるよね?


「この感情が、きっと!多分、私は詩乃さんのこと、兄だと思ってます。だからこんなに甘えたくて甘えたくて仕方ないんです!」



 ──────────



 そして現在に戻ると。


 謎理論により肉食獣になった千代ケ崎さんは、逃げる間もなく俺の膝の上へ。足まで使ってくっつく始末。いや、かわいいよ?めちゃくちゃ。でもさ、流石に妹とは見れねぇよ……。


「もう一回言うぞ?」


「嫌です」


「俺から離れてくれ」


「嫌です」


「じゃあもう一緒に寝てやらない」


「分かりました!」


 千代ケ崎さん満面の笑みであった。鼻歌まで歌ってらっしゃる。


 千代ケ崎さんは退いてくれたが代償は大きい。自分の撒いた種ではあるけど、どうにかして同衾は避けねば……!


「なぁ千代ケ崎さん」


「なんですか?」


「頭撫でる代わりに一緒に寝るのなしってのはどうだ?」


「頭撫でてくれるんですか?ありがとうございます!」


 千代ケ崎さんの耳はもう都合のいいことしか聞こえない耳になってしまったようです……。一番の喜びが一緒に寝る事になってる千代ケ崎さんにこれ以上は通じないか……ご飯抜きは俺が悲しいから却下だ。


 それにしても、こんなに誘惑されても「家族愛ですから!」と言われて全部受け流されるとか俺これからどうすればいいんだ?


「大丈夫ですか?詩乃さん。何を考えてるのかは分からないですけど、一応言っておきますね?私、詩乃さんからの告白は絶対受けませんから!」


「あぁ……うん」


 注意するように指を唇に当てられる。そのことについて考えてたんだけど、言葉に出されると割とショックでかいな。


 てかなんだよ、全力で想いを伝えられて、その気持ちを勘違いしてるせいで振られるって。生殺しにも程があるだろ。


「それじゃ、寝に行きましょうか」


 俺の思考なんてそっちのけで、千代ケ崎さんは俺の腕を引っ張る。


「拒否権は?」


「ないです」


 頭撫でながら、くっついて寝てくれるって言ってくれましたもんね、と千代ケ崎さん。いや増えてるんだよ。明らかにやること増えてるんだよ。


「わかったよ。……ただ毎日はダメだ。せめて二日に一回にしてくれ、隣に布団敷いて寝ててやるから」


 逃げれば逃げるほど窮地に立たされていくんだったら、逃げない方がマシだ。


「詩乃さんのベッドはいい匂い〜」


 ベッドにダイブした千代ケ崎さんがゴロゴロ転がる。やっぱり千代ケ崎さんのこういう姿を見ると、なんでも許してしまう自分がいる。


 今日は千代ケ崎さんと一緒にベッドに入り、要望通りのことをしてあげながら眠りについた。


 勘違いしてることに甘えて自分のやりたいことやってるだけだろって?……気のせいだろ。

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