第9話

「いやーでも、行方不明だった葵衣を拾ってくれて助かったよ。詩乃くん」


 コーヒーを飲みながらそう言って笑うのは、千代ケ崎さんと初等部からの親友らしい小鳥遊たかなし叶恵かなえさん。金髪のベリーショートで、めちゃくちゃスタイルがいい。女子にモテる女子という雰囲気の人で、実際モテる。


「たまたまその日の朝に友達からそれっぽい噂を聞いて、たまたまバイト帰りにその場所を通ったら呼び止められたんだよ」


「……なんという偶然……運命」


 本当にそう思ってるのか分からないほど感情が抜け落ちていて、眠たそうに話すのがたちばな緋彩ひいろさん。肩の少し下辺りまでの紫がかった黒髪セミロングで、右の髪一房が赤く染めた髪と三つ編みになって垂れている。緋彩さんも確か人気があったはずだ。


「そんな、運命だなんて大きなもんでもないだろ」


 隣に座る千代ケ崎さんを見ると、こくこく頷いて同意してくれた。


「だって私、あそこを詩乃さんが通るの知ってて待っていましたし」


「「「え」」」


 衝撃なんだが……。どうやら小鳥遊さんと橘さんも同じようで、三人で固まってしまった。


「何ヶ所か目星をつけて、毎日そこを回ってたんですけど、皆さん家族と暮らしていらっしゃるので中々声をかけづらくてですね……」


「そこで、一人暮らししてる俺に白羽の矢が立ったと」


 そう考えれば納得出来る。急にわかってて待ってましたとか言われたらびっくりするじゃん。期待しちゃうからやめてくれよ。


「……でも、何故男」


 確かに、万が一俺がケダモノだったらどうするつもりだったのか。


 しばらく考えて、千代ケ崎さんは意味を理解したのか弾かれたように顔を上げると、みるみるうちに真っ赤になっていく。


「……あ、いや、その……お風呂入りたくて考えてなかったです……」


 千代ケ崎さんは俯いてしまい、その後無言。そして二人は千代ケ崎さんと仲のいい二人は当然、千代ケ崎さんがお風呂に入るというのがどういうことか知っている。


「詩乃くん?」「……うたのん?」


「ヒィッ!?待ってくれ、俺は何もしてないし見てない!!」


 二人の視線が冷たい。いや、冷たいとか言うレベルじゃないわ。人殺せるレベルだわ。そりゃ疑うだろうけど、マジで怖いですほんとに俺はやってないんです信じてください!


「ち、千代ケ崎さん!なんか言ってくれ!」


 俺はもう無理だ、千代ケ崎さんが何も言ってくれなかったら死ぬしかない。


「だ、大丈夫です二人とも、詩乃さんの言う通り私は何もされてませんし見られてません!洗濯に出した下着以外!」


 おい、一瞬元に戻った表情また絶対零度まで戻ったじゃん。なんで余計なこと言っちゃったの。


「うわぁ……詩乃くん……」


「…………最低」


 本気で蔑む目じゃん……。特に橘さん、今日話したばかりの人に嫌われるって辛い。でも不可抗力じゃん、見なきゃ洗えないって……。

 でも二人からしたらよく分からない男に幼馴染みが助けてもらいました、って言われただけの奴だし、なにより、俺だったら嫌だ。


「こればかりは不可抗力だと思って許して欲しい。言い逃れはしないし非はどれだけでも受ける、頼む」


「「………………」」


「「はぁ……」」


 頭を下げているため、二人の顔は見えないが、ため息だけはしっかりと聞こえた。


「……うたのん、私達、怒ってない」


「ごめんねー?でもちょっと試したくてさー?」


 でも、それに続くと俺の想像していたのとは違う言葉が返ってきた。


「え、どういうこと?」


 普通に怒られると思ってたんだけど、てかなんなら怒ってたようにしか見えなかったけど?


「想像以上だったって話だよー。私達、あの蹴り受けた時から感激してたんだからねー」


「……避けてたらあおちんに当たってた。……それを考えて動かなかった。違う?」


 そんな人が葵衣に変な事するわけないでしょー?と元通りの顔で小鳥遊さんが笑う。


 ……全部わかった上で試されてたわけか……だとしたら俺めっちゃ恥ずくね?


「当の本人は気づいてなかったみたいだけどねー?」


「うぅ、そうとは気付かず申し訳ありません……」


 千代ケ崎さんがしょぼんとしながら頭を下げてくる。


「いや、それは違うだろ。するなら感謝してくれ」


 助けた相手に謝られるのは違う。そんな事のために助けた訳じゃないしな。


 目を合わせると、困ったような顔をしながら、千代ケ崎さんは笑顔を作ってくれた。


「分かりました、ありがとうございます!」


 うん、よしよし。


「ふぁ……!」


 ん?今何やった?


「……タラシ」


「うわー、軽率に女の子の頭撫でるとかー」


 二人のジト目が刺さる。


「いや、本当にごめんなさい」


 こんなことやるつもりなかったんです。


「でも気持ちは分かるなー、撫でたくなるよね、葵衣って」


「…………分かる」


「ちょっと!」


 千代ケ崎さんは頬を膨らませてお怒りモードだけど、二人が同調してくれるなら俺も乗っていいよな……?


「いや、マジでいちいちかわいいからすげぇ撫でたくなるぞ?」


「……いや、うたのんは自重しろ」


「もの考えて言おうねー?」


 さっきと同じ蔑んだ目。絶対さっき怒ってたじゃん!

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