第51話 それでも嘘は苦手です
ペリア、フィーネ、レスの三人は空き地の中に場所を移した。
転がっていた丸太に座り、レスは話を続ける。
「も、元々、私が死者にまつわる研究を始めたのは……死者の魂に、穏やかな眠りについてほしいと、思ったから……」
「誰か、身近な人が亡くなったんですか?」
「うん……もう10年以上前のこと、なんだけど……わ、私の家は、そ、それなりに兄妹が多くて。わ、私が一番上で、下には弟が4人、妹が3人……いた、の」
「8人姉弟か、なかなかだな」
「ただ……その中で、私と母親が同じ子供は、弟1人、だけだった。私たちの母親は、お、お父様のお嫁さん、ではなくて……お手伝いさん、だった、から」
「愛人の子、ということですか」
「そう……と言っても、一緒に暮らしてたから、わ、私と姉弟たちは、あまり気にしてなかったの。で、でも、親は……そういうわけには、いかなくて。わ、私が長女なのを、その、
なぜか照れたように笑うレス。
できる限り目立たないことを目指しすぎた結果、逆に目立つ存在になってしまった。
そんなところなのだろう。
「……はっ、ぜ、全然関係ない話、だったね。私の身の上話なんて興味、な、無いよね。ごめん」
「興味ありますよ。仲良くしてる先輩ですから」
「せ、先輩……え、えへ、そっか、そう思ってくれてるん、だ……えへへ……で、でも、早めに話は進める、ね。そ、それで、私の血の繋がった弟は、生まれつき体が弱かったの。た、たぶん……10歳までは、い、生きられないって……それで、実際、4歳から寝たきりで。6歳で、し、死んじゃった……の」
フィーネは不謹慎ながら『あっさり死ぬんだな』と思った。
どうやらレスが魂や死者の研究を始めたきっかけは、死そのものではないらしい。
「すごく、悲しくて。か、覚悟は、してたんだけど。せめて、あの世で、幸せになってくれたらいいね、って……家族みんなで、話してた。けど……奥様だけは、違ってて」
レスの視線は、もうペリアたちに向いていない。
その瞳は過去の情景を見つめているのだろう。
彼女はひどく落ち込んだような様子で、その日に起きた出来事を語る。
「き、きっと、誰にも聞こえてない、つもりだったのかな。でも、私だけは……『愛人の子供なんて地獄に堕ちて当然』って、そう言って、笑ってる奥様に気づいてしまったの」
レスから見た“家族”と、妻から見た“家族”は別物だった。
妻の認識するそのコミュニティに、レスと弟は加わっていないのだ。
「それで、怒ったんだな」
レスは黒い髪を振り乱し、フィーネの言葉を否定する。
「わ、私は、そんなこと、できないから。とても……そう、とても、悲しくなって。そして、こ、怖くなった、の……」
「怖い、ですか?」
「だって、本物の、ちゃんとした、き、貴族の奥様が言うことだから。間違っているのは、私で。ほ、本当に、あの子が地獄に堕ちているのかも、って思ったら……ただでさえ、小さい頃から、び、病気で苦しんでたのにっ、死んだあとも、も、もっと苦しんでると思ったら……怖くて、とても、怖くてっ!」
頭をかき乱すレス。
彼女の声のボリュームが徐々に大きくなると、フィーネとペリアはその身を案じて背中をさすった。
すると、少しずつ気持ちが落ち着いていく。
「はぁ……あぁ……あ、ありがとう……へへ、や、優しいねえ……二人は」
「心配して当然だろ」
「無理して話させてしまいましたね」
「い、いいの。それに、ま、まだ……本題に、入れてないから」
「そういやランスローの話だったな」
「そ、そう。ランスローは……し、死者を蘇らせたいって言った、けど。わ、私が魂の研究を始めたのは……弟が、安らかに天国へ召されたことを、た、確かめる、ため……だから」
そう言うと、レスは自嘲的に笑う。
「け、結局、わからなかったんだけど……」
天国と地獄の実在すら確認できていないのだ。
魂の所在が明らかになっても、死後、どこに行くのかなんて調べようがなかった。
「魂は、確かにあるの。そ、そして、死後、どこかに飛んでいくことも、わかってる。数値上、肉体から解放された魂は、精神的な、ストレスや、抑圧から解放された状態に、なるから……ぜ、善人も、悪人も、等しく……幸せに、なるのかも、とは思ってる」
「死んじまえば同じってことか……」
フィーネにはよくわかる。
だが彼女の理解は“肉体側”での話だ。
死体はただの肉の塊。
善悪関係なく、ただの“物”だから。
「し、死霊術の研究、自体は、昔からあって。わ、私もそういうものを、調べたんだけど。わ、わかったことは……無理やり、死んだ魂を、この世に留めたら。普通に生きているときより、ずっと、大きな負荷が魂にかかる、っていうことだった」
「それでレス様は、小型コアを見たときに怒っていたんですね」
「あれは……許してはいけない、ものだから。頑丈すぎて、まだ解放してあげられないのが、本当にかわいそうで……」
「少しずつ話が見えてきたな。要するに、ランスローの頼みはその魂をこっちに呼び戻すことだった。それは魂に苦痛を与える結果になる、って言いたいんだな」
「そう、説明したんだけど……そ、それに、死んだばかりの人なら、と、ともかく、どこかに消えた魂を、呼び戻せない、から。なのに……ランスローは、ぜ、全然引き下がらなくて。『君しかいないんだ』、ぼ、『僕には君が必要なんだ』って……す、すごく、強引に言われて……」
「口説いているみたいなセリフだな」
「それで喧嘩になったんですか」
「わ、我ながら……冷静じゃないな、って、お、思うんだけど……」
「いや仕方ねえよ。断られた時点で引き下がるべきだったんだ」
「ランスロー様の意外な一面ですねぇ」
冷静なリーダーというのは、あくまで外から見た姿に過ぎないのかもしれない。
もっとも、失った妻と子供の命を取り戻したいと考えているのだから、彼の必死さもわからないではないが。
「だからね、わ、私は、チャンスだと思ったんだ……」
「ああ、また会えたことがですか」
「そ、そう……そう思って、あ、会いに行ったら……」
レスはその時のことを思い出し、がっくりと肩を落とす。
「失敗したのか」
フィーネが言うと、彼女は深く頷いた。
「ランスローは……か、変わって、なくて。『この村なら、王国のモラルに縛られる必要はない』と言って……ど、どうしても、私に死者を蘇らせる研究をさせようとするから……」
「根深い問題ですね……」
「あいつの拘束が解けても、レスには近づかないように監視しといたほうがよさそうだな」
「そ、そんなっ、迷惑にっ……」
「レス様は、今やマニングに必要不可欠な存在です。子供たちだってあんなに懐いてるんですから、レス様のためならこれぐらい当然ですよ」
「そ、そうかなぁ。私は、妹や弟に接するように、や、やってるだけだけど……」
「それがいいんだろ。今はあんたが会いに行かなけりゃいいだけだが、それでも困ったことがあったらあたしらに言ってくれ」
「あ、ありがとう。あの、でもね、私だけじゃなくて……ペルレスも、近づけないほうが、いいかもしれない」
そう、この話の発端は、ハイメン帝国――ひいてはペルレスだったはずだ。
レスはまだ、最も伝えたいことを話せていない。
「だ、だって、時間を戻せるから。死者は蘇らない。で、でも……時間が戻れば、過去を変えられる……ランスローは、そ、そんな風に、考えるかもしれない」
確定はしていない。
勝手にレスがそう思っているだけだ。
だから最初、彼女は話すか話さないか迷っていたのである。
「ランスローには、上級魔術師として、お、お世話になったし……あんまり、こういうことは、言わないほうがいいとは……お、思う。そ、そう、私の考えすぎで、ほんとうに性格が悪いだけって思われちゃうかもしれないけどっ……」
「自分で自分を追い詰めんなよ」
「ペルレス様のことが心配なんですよね」
「ああ……ふ、二人に……話して、よかった」
前髪で目が隠れているので見えないが、彼女は涙ぐんでいたようだ。
頬も赤らめ、はにかむ彼女は到底、貴族出の上級魔術師には見えない純朴さだった。
◇◇◇
翌日の朝、屋敷で人形の設計を行っていたペリアの元を、ラティナが訪ねる。
その表情から重要な話題だと察知したペリアは、その手を止めて椅子に座り、文字通り腰を据えて話を聞く体制をとった。
「邪魔しちゃって悪いわね。私がこんなことを言うぐらい、あなたの仕事は重要なのに」
「それ以上に大事だと思ったから来られたんですよね」
「ええそうよ。ついさっきランスローからの申し出があってね、彼、ゴーレムの改良に参加したいって言ってるのよ」
「……期限付きの軟禁には承諾してもらったはずですが」
「それを破ってでも手伝いたいって」
「理由は?」
「少しでも早く、私たちや村の人々の信用を得るため」
ペリアは少し迷ったが、感じたことを率直に言葉にして発した。
「胡散臭いですね」
怒られるかとも思ったが、ラティナは逆に微笑みを浮かべた。
「正直ね、でも私もそう思うわ。まあ、私の場合はランスローらしくないって感じたんだけど」
「どういう意味でしょうか」
ペリアが胡散臭いと感じたのは、昨日レスから話を聞いていたからだ。
だがラティナはそのことを知らない。
つまり、異なる理由で胡散臭いと感じたのである。
「普段の彼なら、ここで大人しくしておいたほうが私たちからの信用を得られるって考えるはずよ。ここであえて出しゃばるのは冷静さに欠けてるわ」
「確かに不自然です。しかし、そんな不自然さをむき出しにしてランスロー様が動くでしょうか」
「そこなのよねぇ……仮にこれが何らかの罠だったとしても、それもそれで彼らしくないのよ」
どちらにせよ、ランスローらしくない。
それが何を意味するのか――
「焦ってる……のかしら」
「だとしたら、自由に動かせた方がボロを出すかもしれませんね」
「何も無ければ、それはそれでいいんだもの。あなたのゴーレムに不本意な術式が刻まれる可能性はあるけど、それは構わないかしら?」
「嫌か嫌じゃないかで言えば、嫌です」
「でしょうね」
「ですが、これもまた戦いだと思います。モンスターを――ハイメン帝国を倒すために、必要なことなんですよね」
「頼もしいわね。それじゃあ細かい部分を詰めましょう。焦りがあろうと、油断できない相手に変わりはないわ」
「ええ……相手が内部の罠を前提に動くのなら、それを前もって掌握できれば圧倒的に有利に立てます。鼻を明かしてやりましょう」
ペリアとハイメン帝国の関係、その疑いが晴れた今、彼女の頭はいつになくクリアだ。
全ての脳のリソースを一つのことに注げる今、その処理速度は上級魔術師を置き去りにするほどであった。
◇◇◇
早速、その日のうちにランスローはゴーレムに触れることとなった。
もちろん、外に出ている間は監視が付いているし、ゴーレムの近くにいる間はペリアが常に一緒にいる。
ランスローは屋敷近くの空き地に置かれた機体を見上げ、満足げに笑顔を浮かべた。
「ありがとうペリア君」
「お礼を言うのはこちらのほうです。ランスロー様の力を借りて、ゴーレムちゃんをもっと強くできるんですからっ」
「こんなことを言うと怒られるかもしれないけど――さっきは村のためだとか、信頼を得るためって言ったけどさ。実を言うとね、知的好奇心もゼロじゃないんだよ」
ペルレスの話を聞いたときの様子から、それはわかる。
目の輝き方から言って、決して嘘や誤魔化しなどではないのだろう。
ランスローはゴーレムの脚部に触れ、うなずく。
「これはミスリルかな?」
「今のところはそうです。腕部以外はアダマンタイトで出来ています」
「今のところ、ということは……」
「改良を加える予定です。ですので、ランスロー様に風の術式を刻んでいただくのは、今の装甲ではなくなる……かもしれません。考えてる途中ですけど」
「なるほどね。アダマンタイトよりも強固な金属となると、加工が大変そうだけど」
「ラティナ様に助言を受けた火属性魔術を使ってどうにか、というところですね」
「話には聞いていたけど、助言だけでその域に達するのは本当に素晴らしいね。将来が楽しみだよ」
「今の私には過ぎたお言葉です。ですので今回も、ランスロー様の技術を盗ませていただこうと思います」
「ははは、簡単に越えられそうで怖いな。じゃあ僕も容赦せずに厳しく行こうかな」
一見して穏やかな会話。
しかし、腹のさぐりあいはすでに始まっている。
例のごとく、ペリアはこういうやり取りが苦手なのだが――魔術同様、必要とあればやりこなす。
虚構と事実を混ぜ絡め、ゴーレムの改良が始まった。
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