第30話 上級魔術士がやってきました!

 



 あっという間にマニングに戻ってきた五人。


 しかしほんの一時間程度とはいえ、それは狭い操縦席内での一時間。


 帰ってきたペリアたちは、寒い時期だというのになぜか汗ばんだ状態で地上に降り立った。




「ここがマニング……いかにも鉱山町って感じだね」


「そうですね。空気の匂いもダジリールとは違います」


「二人とも、マニングに来るのは始めてなの?」


「はい、故郷から出ることなんてありませんでしたから」


「ああ、敬語はいいよテラコッタちゃん、マローネちゃん。同い年で、同じ人形遣いだもんねっ」


「わかったよ、ペリア……でよかったかな?」


「うんうんっ」




 順調に距離を縮めるペリアとテラコッタ。


 マローネはそんなペリアを警戒しているのか、テラコッタの服の裾を軽くきゅっと握った。


 だが当のテラコッタはなぜそうしたのか全くわかっていない様子で、笑顔で彼女を見ながら首を傾げていた。




「それで、二人の家はどうすんだ?」


「しばらくは私たちと同じ屋敷でいいかなって」


「どうせ部屋も空いてる、問題ない」


「この大きな屋敷のこと?」


「随分と素敵な家を持ってるんですね」


「元はこの村の貴族が使ってた建物なんだ。村の人たちの好意で使わせてもらってるの」


「貴族の持ち物なのに、村の人の好意で、ですか……?」


「細かいことはいいんだよ、マローネ」


「壁は厚いから、多少の声なら漏れない。安心して二人で使うといい」




 エリスはぼそりと、刺激強めの発言を繰り出す。


 途端にテラコッタとマローネの顔は赤くなる。


 恥ずかしがり屋だがむっつり気味のフィーネも、意味を理解して、「お、おいお前なっ!」とエリスを注意する。


 だが一人、ペリアだけはよくわからずに、こてんと首を傾げていた。




 ◇◇◇




 屋敷に案内したあと、村の人にテラコッタとマローネの紹介を終えると、二人はさっそく、ペリアとともに“マリオネット理論”の研究を開始した。


 と言っても、最初は焼失した資料の復元からだ。


 ペリアは理論をものにするため、その復元作業に付き合いながら、説明を受ける。


 現在の人形操法の常識を覆す、まったく新しい理論だ。


 未完成とは言え、受ける刺激は大きい。


 マローネも、ペリアやテラコッタには劣るとはいえ、人形遣いの一人――必死に頭を使って、話についていこうと努力していた。




 それを数時間続けると、今度は外に出て、テラコッタがゴーレムについてペリアに質問する番だった。


 やはりテラコッタも、人形遣いとしてこの巨大人形――ゴーレムのことは気になるらしい。


 こちらもこちらで、既存の人形の常識を覆す代物だ。


 何しろ、操縦が魔糸によるものではないのだから。


 つまり、この“ゴーレムを動かす”という行為に関して、人形遣いの魔術は一切使用しない。


 あるのは、“人形遣いで無ければ理解するのが難しい”だけの、複雑な操縦機構である。


 そんな操縦方法もさることながら、特にテラコッタが大きく反応を示したのは、装甲の内側に張り巡らされる人工筋肉に関してだった。




「これは……ミスリルを糸にしているのかな?」


「すごい加工技術です。細くするだけでも大変なのに、こんなにたくさん束ねて……王都の施設を使ってたんですか?」


「私の固有魔術なんだ。一度加工したものなら、素材さえあれば工程を飛ばすことができるの」


「固有魔術!? さすが宮廷魔術師だっただけはある……やっぱり格が違うんだね」


「でも私ができるのは、手順の簡略化だけ。“ファクトリー”そのもので、何か新しい現象を引き起せるわけじゃないから。まあそれはさておき、とにかくそれでミスリルワイヤーを大量生産できるから、束ねて、ゴーレムちゃんの筋肉がわりにしてるんだっ」


「魔石は魔力を通すことで硬度を増すから、それを利用して収縮させて、人間の筋肉と似た動きにさせているんだね」


「確かに、ゴーレムの歩き方、すごく自然ですもんね。まるで人間のようで驚きましたが、仕組みまで同じだったなんて」




 さすが人形遣いだけあって、テラコッタもマローネも、目の付け所がフィーネやエリスとは違う。


 その後も、間接の機構や、フレーム、装甲、チャージストーンなどについて、絶え間なく質問を投げつけるテコラッタ。


 それに嬉しそうに答えるペリア。


 同じ人形遣い同士の会話というのは、人形遣いそのものが減ってきた現代では貴重な経験である。


 ついついテンションが上がり、加熱してしまうのも仕方のないことだった。




「この疑似筋肉なら、ドッペルゲンガーを使った人体との同期も取りやすい。むしろ普通の人形よりも相性がいいぐらいかもしれない」


「やったー! よーし、それじゃあ早速またあの部屋に戻って、資料復元の続きをやろう! わくわくするなぁ、明日も明後日も寝ずにやっちゃいたいぐらい!」




 しかし、そんなことをするとフィーネとエリスに怒られるのである。


 するとマローネが、おずおずとペリアに告げた。




「明後日は、上級魔術師の方が来ると聞きましたが。大丈夫なんですか?」


「……はっ。そうだった」


「僕も上級魔術師さんには興味があるな」


「じゃあその日はお休みかな。でもラティナさんたちも、理論に興味を持つかもよ?」




 話しながら、三人は再び屋敷に戻る。


 そんな彼女たちの様子を、フィーネとエリスは羨ましそうに見ていたとかなんとか。


 いくら幼馴染でも、人形遣いトークに割り込むのは難しいのである。




 ◇◇◇




 翌々日――ついに上級魔術師たちがマニングにやってくる。


 寂れた鉱山村の入り口に停まる、三台の豪華な馬車。




 先頭の白をベースに、金色の装飾が施された、オーソドックスな貴族らしい馬車から降りてきたのは、赤く長い髪の女。


 こんな季節だというのに、上着は胸元を開けたワイシャツ、下はタイトなズボンと、見るからに寒そうな格好なのだが、本人は魔術で温度でも操っているのか平然としている。


 彼女――ラティナ・グウァンが馬車から大地に降り立つと、遅れてメイド服を着た女性も姿を現す。


 ラティナは薄い桃色の髪を、自身とほぼ同じ長さにまで伸ばした彼女に、優しく手を差し伸べた。


 メイドはその手を取ると、そこから飛び降り――着地と同時によろめく。


 するとラティナは、彼女を胸に抱きとめた。




「相変わらずどんくさいわね、私のお姫様は」


「高いのが悪いのよ。車内からの景色はいいけど、どうにかして」


「嫌よ。私からあなたの体を支える楽しみを奪わないでよ」


「まったく……口ばっかり達者なんだから」




 次に、漆黒の――まるで葬式に使うような辛気臭い馬車から、白装束を着た、薄暗いオーラをまとった女が降りてくる。


 女はとにかく黒い髪を長く伸ばしており、後ろは地面に付くスレスレ、前は顔を完全に隠してしまっている。


 はっきり言って、かなり不気味だ。


 今にも折れそうな、細く白い手足で馬車から降りた彼女は、さっそくくらりとよろめく。


 そして前髪の隙間からぎょろりと眼球を覗かせながら、空を見上げ、ゾンビのように枯れた声を絞り出す。




「あ゛ぁ゛ぁ゛……日光なんて……朝なんて、滅びてしまえばいいのに……」




 最後に、他よりも一回り大きな馬車が止まった。


 飾りっ気は最も少なく、むしろ金属の色がむき出しである。


 扉を開いて顔を出したのは、鈍色の鎧。


 まるで人形のように、ガチャガチャと音を立てながら、マニングの大地に立つ。


 そして鉱夫たちが忙しく動き回る鉱山のほうを見て呟いた。




「……鉱山の空気。我は嫌いではない」




 ついに現れた三人の上級魔術師。


 それを迎えるのは、ペリアたち三人に、テラコッタとマローネ、そして村長代理のブルックだ。




「わしとで会話が成り立つか不安になってきたぞ」




 早速腰が引けるブルックの肩に、ぽんと手を置くフィーネ。




「心配すんな、あたしも不安だ」




 何のフォローにもなっていない。


 だがそれが、ペリアを除く面々の総意であった。


 なのでファーストコンタクトは、自ら前に出たペリアに任せられる。




「ようこそマニングへ! 遠路はるばる足を運んでいただきありがとうございますっ!」




 丁寧に頭を下げるペリア。


 すると、黒髪の幽霊のような女が、ふらふらと彼女に近づき――その手を握った。




「レス様?」




 レス・ヴォマン。


 闇属性を操る上級魔術師――それが彼女の肩書である。


 見た目通り、人間の魂や霊、死者に関する研究を専門としており、研究所では『レスと目が合うと魂を奪われる』なんて噂があるぐらいだった。


 そんな彼女は前髪の間からわずかに見える瞳を大きく開き、ペリアを見つめ――




「……ごめんねぇ」




 弱々しく、震えた声でそう言った。




「何でレス様が謝るんです?」


「聞いたわ、ラティナから。あなた……ヴェインにひどい目に合わされてたって。だから、ごめんねぇ。気づけなくて、助けてあげられなくてぇ……よよよ……」




 そう言って、大げさに泣き崩れるレス。


 戸惑うペリアは、助けを求めるように思わずフィーネやエリスのほうを見た。


 するとフィーネはポケットに手を突っ込むと、ラティナの目の前に移動する。




「よお、てっきりあたしはあんたが謝ってくれると思ったんだが?」


「十分じゃない。上級魔術師からの謝罪があったんだから。まだ不満? 私が地面に額を擦り付けるまで納得できない?」




 あからさまにフィーネを挑発するラティナ。




「……チッ、あたしも事を荒立てるつもりはねえよ。だがな、謝罪要員としてあの女を連れてきたってんなら、てめえ最悪だぞ」


「私もそれは思ったんだけどね。でも、どう考えても別の研究室のやらかしを、私が謝るっていうのは納得いかなかったのよ。それで首を縦に振ってくれたのはレスだけだった」


「はぁ……わかったよ」


「あら、わかってくれた?」


「お前がどういうタイプの人間なのか、十分わかった」




 ラティナに背を向け、フィーネはエリスの隣に戻った。


 不機嫌そうな顔をしたまま。




「え、えっと……とりあえず……レス様、もう大丈夫ですから。色々ありましたけど、私は元気ですっ」


「そ、そう? よかったわ……これで心の傷が深すぎて立ち直れなかったら、どう責任取ろうって……そう思って……切腹用のナイフも用意してきたんだけど……あと血が映えるかと思って、白装束を着て……」


「いやいや使わないでいいですからっ! 色合いとか気にしないでいいですからっ! 回収! 回収ですーっ!」




 レスの手からナイフを奪い取ったペリアは、遠くにぽいと放り投げた。


 そしてここまでの騒がしいやり取りを、無言で見つめる鎧が一体。


 エリスが鎧を見つめると、鎧もエリスを見つめ返す。


 じーっと二人が見つめ合っていると、ふいに鎧の目の部分が光り、そこに文字が表示される。




『我はペルレス・ヴァルモンターグナ。短い間だが世話になるぞ』


「……そこで意思疎通するの?」


「すごい技術の無駄遣いだ……!」




 エリスのみならず、テラコッタも思わず声をあげた。




「もしかして、上級魔術師ってまともな人間がいない……?」




 早くも核心を突くエリス。


 するとラティナの後ろに立つメイドが、凛とした声でこう答えた。




「まともな人間が上級魔術師を目指すわけないじゃない」




 あまりに鋭い二の太刀に、上級魔術師三名に加え、ペリアまでもが何も言えずに固まる。


 ちなみに彼女、名をラグネル・グウァン。


 メイド服を着ているものの、従者ではなく――ラティナの妻とのことである。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る