第24話 飛んで火に入るゴーレムちゃんです!

 



 上級魔術師との約束を取り付けた翌朝、ケイトがマニングに帰ってきた。


 彼女は「にゃははははっ!」と上機嫌に、やかましく笑いながらペリアたちの屋敷を訪れる。




「帰ってこなくてよかったのに」


「エリスさんはツンデレですにゃあ。お茶を出しながらそんなことを言って――」




 エリスが差し出したカップの中では、光魔術によって熱され、煮えたぎるお茶が入っていた。


 触れただけで火傷しそうな熱気に、ケイトは青ざめる。




「ケイトは猫舌ですにゃ……」


「……そう」



 冷たく去っていくエリス。


 だが彼女も、一応客人扱いはしているのか、すぐに普通のお菓子を持ってきてケイトの前に出していた。


 もっとも、そのお菓子の中にも毒でも入っているのではないかとケイトは怯えていたが。




「あっははは、まあ因果応報ってこった」




 ケイトの前には、フィーネとペリアが座っていた。


 フィーネは『いつものこと』とケラケラ笑う。




「ケイトさんとエリスちゃんの間に何があったの?」


「あれは――」


「話さなくていいですにゃあっ!」




 思い出そうとするフィーネを、ケイトが必死に止めた。


 よほど触れられたくない話らしい。




「おほんっ。では改めて、今日はとある情報を仕入れたので持ってきたんですにゃ」


「商売の話じゃなくてか? あの量を売ったわりには、戻ってくるのが妙に早いし」


「オーガの素材については、大枠での話が付いたので残りは部下に任せましたにゃ。頼まれてた食料の仕入れも、別働隊に任せてますにゃ」


「ケイトさんの商団、かなり大きいんですね」


「えっへんですにゃ! これでも国内有数の社長さんですにゃ!」


「一体どれだけの社員が犠牲になってきたのか……」


「エリスさん、人聞きが悪いですにゃ! ケイトは社員に違法なことはしないですにゃー!」




 社員以外にはしそうな言い方である。


 つーんと不機嫌そうなエリスは、ペリアの隣に座るとべったりとしなだれかかる。




「とにかくですにゃ、今日は商売とは関係な話ですにゃ。実は出先の街で人形遣いのおじさんと会ったんですにゃ」


「そりゃ珍しいな」


「一時期に比べると、かなり数は減っちゃったもんね」


「それで懐かしくなって話してみたんですにゃ。ケイトも小さい頃はよく、街に来た人形遣いの劇を見ていた人間ですにゃ。ペリアさんのように、ゴーレムにも憧れたものですにゃ」


「……」


「エリスさん、無言でにらみながら『それでいてよくそんな人間に育てたな』って言うのやめてほしいですにゃ」


「何も言ってないけど」


「目が言ってましたにゃ! そ、それですにゃ、ヘロドトスという人形遣いの話を聞いたんですにゃ」


「ヘロドトスおじいさんっ!」




 ペリアは思わず立ち上がった。


 それは幼い頃に何度もペリアが憧れ、人形遣いとなるきっかけとなった人物だったからだ。




「やっぱりペリアさんも知ってたですにゃ」


「そりゃなぁ、あたしらもよく知ってるぞ。な、エリス」


「よく三人で一緒に見てた」


「当時、一番精力的に活動してた人形遣いでしたにゃ。若い頃から王国中を回って、人形劇文化を広めた立役者とも言われてますにゃ」


「すごい人だよね。人形操作の繊細さっていうか、感情表現は私も全然マネできないぐらいすごくって。結局、私の魔術も人形劇とは違う方向に行っちゃったし……」




 ペリアにも人形劇はできないことはないが――演技力にいささか問題がある。


 セリフはもちろんのこと、人形を精密に操るだけでは“演技”にはならないのだ。




「今は何してんだ? あのじいさん」


「残念ながら、五年前に亡くなりましたにゃ」


「そうなんだ……」


「私たちが子供の頃、もうおじいさんだったから仕方ない」


「でも彼の人形魔術の理論を、お孫さんが引き継いでいるっていう話ですにゃ」


「へえ……お孫さんかぁ。おじいさんの年齢からして、私と同じぐらいかな? もっと年上?」


「ほとんど同じぐらいですにゃ。名前はテラコッタっていうらしいですにゃ」


「その人も人形劇をやってるの?」




 エリスの質問に、ケイトは首を振る。




「それが、全然してないらしいんだにゃ。ケイトが会った人形遣いが言うには、すでにトップクラスの腕を持ってるのに、とある研究に没頭しててぜーんぜん人形遣いとして活動しないらしいんだにゃ」


「研究?」


「内容はわかんないですにゃ。でもヘロドトスさんが生前に残したものらしいですにゃ」


「それが、さっき言ってた人形魔術の理論……」


「どうですにゃ? この話、ゴーレム作りに役立たないですかにゃ?」




 ケイトの言葉に、ペリアは再びガッ! と椅子を倒す勢いで立ち上がる。


 そして目をキラキラと輝かせ、両手をぎゅっと握りながら言った。




「すーっっっごい興味あるっ!!」




 憧れの人形遣いが残した遺産――ペリアが興味を示さないはずがないのだ。




「あー……こりゃ行くの決定だな」


「うん、もう止められない」


「にゃははっ、喜んでいただけて何よりですにゃあ」


「そのテラコッタさんがいるのはどこなの!? どこの街!?」


「今から説明しますにゃ」




 そこですっとエリスが割り込んで、待ったをかける。




「お金は発生する?」




 それを聞かずに首を縦に振っては、ケイトからいくらぼったくられるかわからない。


 エリスにとっては正当なインターセプトであった。


 ケイトは胡散臭く細目で笑いながら答える。




「にゃはっ、今回はタダでいいですにゃ」


「怪しい」


「どっちにしたって怪しまれますにゃ……ケイトはペリアさんと良好な関係を結びたいと思ってますにゃ。モンスターの素材の取引はケイトにとって、あまりに大きなビジネスチャンスですにゃ」


「独占したいってわけか」


「後から入ってきても追いつけないぐらい、完璧に販路を確立したいですにゃあ。そうなれば、ペリアさんとケイトはウィンウィンの関係を結べますにゃあ。そのためには、ゴーレムにはもっと活躍してもらわないと困りますにゃあ」




 ケイトは欲を隠しもしない。


 そうしなければ、エリスから信用を得るのは無理だと判断したのだろう。


 彼女は黙り込むと、背もたれに体を預けてため息をついた。


 ケイトの言葉は納得できる。


 仮に金のことだけを考えたとしても、ここでペリアと親しくなっておくのは間違いなくプラスだ。




「……わかった。教えて、テラコッタという人について」


「にゃはぁ……わかってもらえてよかったですにゃ」




 交渉を終えると、ケイトはテラコッタの住むダジリールという街について語った。




 ◇◇◇




 ペリアたちは早速マニングを出て、ダジリールへと向かう。


 馬車で一日以上かかる道程も、ゴーレムで移動すれば一時間もかからない。


 混乱を避けるため、ゴーレムは街の外にある丘の影に隠しておいた。


 無いとは思うが、盗難を防ぐために結界も張ってある。


 ペリアたち以外が触れることはできない。


 三人はケイトから聞いた話を頼りに、街に入ると、テラコッタの家を目指した。




「……ここだよね」




 ペリアはそこで立ち尽くす。


 その表情には困惑が浮かんでいた。


 フィーネとエリスも同様である。




「焼けてるな」


「うん、こんがり」




 家は健在であったが――明らかに、敷地内にある離れが焼けている。


 鎮火から数時間が経過したのか、それほど野次馬は多くないが、周囲にいる人たちの表情には疲れが浮かんでいる。


 すると、現場付近にいたイカつい男性がペリアたちに近づいてきた。


 どうやら冒険者らしい。




「お嬢さんたち、ちょっといいかな?」


「は、はいっ。何かあったんですか?」


「今日の早朝、ここで火事があったんだ」


「ええっ、今日ですか!?」


「ここらじゃ見ない顔だけど、何か知ってることが――って、うぇえっ!?」




 男は、フィーネとエリスを見てのけぞる。


 その反応を見て、周囲にいた他の冒険者や衛兵、街の住民たちも、連鎖的に驚く。




「剣王と聖王……生で始めてみた……」




 二人の知名度はなおも健在であった。


 ペリアに反応する者はいないが、彼女も誇らしげである。




「どうして天上の玉座がこんなところに? いや、確かあなたたちはマニングにいたはずでは……」


「この街にいるテラコッタって娘に用事があって来たんだ。そしたらこの騒ぎだよ、こっちが驚きたい気分だ」


「彼女に?」


「知ってんのか」


「酒場のウェイトレスをしているので、何度か話したことは。でも彼女は……」




 男はうつむく。


 他の住民たちも似たような反応だった。


 この焼け跡、そしてこの暗い雰囲気――




「……火事に巻き込まれた?」




 エリスがそう言うと、男はうなずく。




「この離れは、彼女が人形遣いの研究で使ってたらしくて。それが急に燃えたんです」


「原因はわかってるのか?」


「おそらく――魔術による、放火だろうと」


「放火なの!? どうしてそんなことっ!」


「俺らにもわかりません」


「それでテラコッタさんは? どこにいる?」


「彼女なら――診療所で治療を受けてます。煙を吸ってるみたいで、まだ意識不明ですけど」




 ペリアはフィーネとエリスにアイコンタクトを取った。


 どう見ても厄介事の匂いだが、来たからには関わらずにはいられない。


 二人が頷くと、ペリアは男に頼み込む。




「彼女に会いたいんです、案内してくれませんか」




 三人の目的がわからない冒険者は困惑しながらも、首を縦に振った。



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