第18話 敷地を広げました!
マニングはFランクであるがゆえに貧しい村だが、一軒だけ立派な家が建っている。
それは領主であるスケイプの屋敷であった。
現在は誰も使っていない――あまりにもったいないということで、仮村長を押し付けられたブリックは、その権限でペリアたちに屋敷を与えた。
いつまでも、宿に泊まってもらうのも申し訳ないという心遣い。
そして、フィーネから経緯を聞き、二度とスケイプが戻ってこないと確信しているからこその判断である。
瓦礫の撤去を手伝ったあと、町外れに出現した魔獣の討伐を済ませたフィーネは、報告に向かったギルドでその話を聞き、屋敷の前までやってきた。
入り口の前にはエリスが立ち、その外観を眺めている。
彼女はフィーネに気づくと、ふっと微笑んだ。
「おかえり、フィーネ」
「おーう、ただいまエリス。しっかし、本当にもらっていいのか、これ」
フィーネとて、スケイプがもう戻ってこないであろうことは知っている。
生きてはいるが、二度と立ち直れないだけのトラウマは植え付けたつもりだ。
それでも、タダで屋敷をもらうのはさすがに気が引けるらしい。
「ブリックがいいと言った。それに、彼らはそれだけペリアのことを評価している」
「まー……ペリアはなぁ。それならありがたくもらっとくか」
「天上の玉座のアジト並」
「あそこにも長いこと帰ってねえな。そろそろ団長にも連絡入れとかねえと」
「ニュースは届いてると思う」
「あっちから連絡してくれりゃ楽なんだがな……んで」
雑談もほどほどに、フィーネの視線は屋根の上に移った。
エリスも一緒になって同じ場所を見つめる。
そこには、何やら作業を行うペリアの姿があった。
「ペリアは屋根の上に登って何やってんだ?」
「広域探知機の設置」
「探知?」
「実は今の結界、かなり力を持て余している。強度を維持したまま拡大させることも可能」
「おお、すげーじゃんそれ。川までいけるのか?」
「川までは届かない。そのためにはもう1個作らないといけない」
「ほーん……えっと、結界って基本的に円形だよな。中にモンスターいたらまずいんじゃねえの?」
「そう、そのための装置」
元々、領主の屋敷の屋根には一本のミスリル棒が立てられていた。
こちらはモンスターの“凶暴化”を事前に察知し、知らせる装置である。
ペリアが研究所にいた頃、モンスター襲撃前にウルフ系の魔獣がそれを予知し、逃げ出すことをヒントに作ったものだ。
凶暴化するモンスターは、数時間前から特殊なフェロモンを発する。
魔獣はそのフェロモンを察知し逃走する。
その仕組みを利用して、半径2キロメートル範囲で凶暴化を察知し、警告を発するというのが、この装置の役目である。
一方で、現在ペリアが取り付けているのはまたの別のアプローチからモンスターの位置を探るものだ。
モンスターのコアが複数個手に入った今、そのコアが発する魔力の波長を調べられる。
その波長から、人や魔獣の魔力とは異なる、モンスターコア特定のパターンを検出し、それを検知する、いわゆる“レーダー”のようなものである。
その範囲は現状で1キロメートルと限られているが、結界を広げたい範囲をカバーするには十分である。
既存のセンサーの隣に、四本爪が上に向いた探知機を取り付けたペリアは、その下部から伸びる魔力導線を持って、近くの窓から屋敷内に戻った。
その先端にあるコネクタを、屋敷二階にある部屋まで持っていき、設置された装置に接続する。
折りたたみ型のハンディミラーを立たせたような形をしたそれは、導線が繋がると光を放ち、壁に貼り付けられた地図の上に、いくつかの点と、大きな円を映し出した。
その時、ちょうどフィーネとエリスが部屋に入ってくる。
「おー、これがモンスターの位置がわかる装置ってやつか」
「フィーネちゃん、エリスちゃん。おかえり!」
「ただいま」
「ああ、ただいま……って何か恥ずかしいな」
「今日からはここが私たちの家なんだから、慣れないとねっ」
そう言われると余計に照れて赤くなるフィーネ。
エリスは落ち着いているように見えるが、“私たちの家”というフレーズに口元の笑みが隠しきれていない。
「素晴らしい、私の頼みどおりにできている」
「この円は……結界の位置か? そんで点がモンスターってわけだな。なるほど、これで結界の内側のモンスターが入らないように広げてくわけか」
「コアが手に入ったおかげでサンプルも増えて、意外と簡単に作れたよ!」
「本当に簡単かぁ?」
「ゴーレムに比べたらそうかもしれない」
「……確かにそりゃそうだけどよお。こんなペースで便利なもん作りまくってたら、あっという間にマニングが最先端の街になっちまうぞ」
半ば冗談めかして言うフィーネだが、残り半分は本気であった。
ペリアがその気になれば、この街は他のどの場所よりも発展できる。
「えへへ……」
「何で笑ってんだよ」
「私が作ったものが役に立ってるから、そういうのって嬉しいなと思って」
「はぁ……まったく。ペリアなぁ、お前はもっとふんぞり返って偉そうにしていいんだぞ?」
「えへへー、そう言ってもらえると嬉しいなー」
「お、お前……ほんとっ、本当に何でこんなにいいやつに育っちまうかなー!」
フィーネは思わずペリアに抱きつきそうになったが、ぐっと我慢して隣のエリスに抱きついた。
「何で私?」
「お前なら恥ずかしくないかと思ったんだ」
「……顔、赤いけど」
「エリスでも恥ずかしいもんは恥ずかしいことがわかった」
「馬鹿?」
「せめてアホにしてくれ」
「エリスちゃんとフィーネちゃんは仲良しだね! 私も混ぜろーっ!」
フィーネをペリアが逃すはずもなく、今度は逆に抱きつかれ、さらに真っ赤に顔を染め上げた。
そして三人は、屋敷に誰もいないのをいいことに、きゃっきゃとじゃれあい、まるで幼い頃のように騒ぐのだった。
◇◇◇
翌朝、ゴーレムはペリア一人を乗せて結界の外へと出撃した。
オーガの死体の回収と、探知機の正確さを確かめるためだ。
結果、表示された通りの位置に10メートル級モンスターの存在を確認。
イノシシ型のため、デリシャスボアと命名。即座に撃破した。
マニングに戻りエリスにそれを伝えると、一瞬だけ結界が消え、再び展開される。
音もなく、あっさりと、結果内の敷地は半径300メートルほど広がった。
子供たちは、今まで踏み入れることのできなかった空き地に駆け込み、さっそく何もないそこで遊びはじめる。
だが、最もこれに歓喜していたのは、鉱夫たちである。
遊ぶ子供たちの姿を微笑ましく見ていたエリスとペリアの元に、二人よりも一回り大きな女性が近づいてきた。
短髪の彼女はペリアたちの前に立つと、軽く頭を下げる。
「……うっす」
「あ、どうも」
二人は何度か彼女の顔を見たことがあったが――確か、領主に連れて行かれたうちの一人だったはずだ。
「親方が、女のほうが話しやすいだろうからって、オレを送り込んだんで……うっす」
「親方って言うと……」
「鉱夫長っす」
「ああー、あのおじさん。今までも普通に話しかけてきてたよね?」
「込み入った話は女性のほうがしやすいという判断かもしれない」
「意外と恥ずかしがり屋さんなんだね。それで、あなたの名前は?」
「オレは……ウレアっす」
「私はペリアです、よろしくお願いしますっ!」
「……ども。でも、それは知ってるんで」
「あ、そっか……えへへっ」
ペリアがウレアの手を握ると、彼女は少し照れくさそうに目をそむけた。
ウレアの手はごつごつと硬く、鉱夫としてもう何年もツルハシを握っていることが伝わってきた。
「それで……結界が広がったんで、マジ、ありがとうって感じらしいんで。うっす。それが言いたくて」
「鉱山と結界ってどんな関係があるの?」
「結界、地下までは伸びてないっすけど……当然、外に出ちゃいけないって言われてるんで、そのせいでマニングの鉱山は枯れてたっていうか……」
「結界が広がったから、違う方向にも掘り進めるようになった」
「あー……そういうことかぁ。予想だにしないメリットが!」
「そういうことなんで、あのゴーレム……さん。必要な鉱石あるなら、精錬所に声をかけてくれたら、そのまま渡すんで。よろしくってことで」
「丁寧にありがとうございます! じゃあ、必要になったら言うね!」
「うっす。じゃあ、オレはこれで」
再び軽く頭を下げて、ウレアはいそいそと鉱山のほうへと戻っていった。
「鉱山って、女の人もいるんだね」
「マニングでは珍しいとは思う。力仕事だし、粉塵は体にもよくないから」
「寡黙でかっこいい人だった」
「……惚れた?」
「へ? それは違うよぉ。というか私、惚れるとかそういうのよくわかんないしっ」
「そう、ならいい」
エリスは妙に嬉しそうだ。
ペリアは『もしかして嫉妬してる……?』と何となく気づき、照れくさくて少し胸がきゅっとなった。
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