第27話 後始末には愚か者を。

 地下への階段を降り切った先にあったのは、木製の大きな扉。ゆっくり押し開くと、その先に遭ったのは上の研究室とそこまで変わらない大きさの部屋であった。


 扉を開けて真っ先に気付いたのは鼻が曲がりそうな死臭。エルドリッチの家族やミリナの婚約者を惨殺した地下室よりは幾分かマシであるが、それでもあまり長居はしたくないと思える匂いである。


 シュナックが言うには数年前に事件があって閉鎖、隠匿された一室と言うが、おそらく換気設備がない影響だろう。隠されている上に、この匂いなら誰も探そうとはしない。隠し物をするには持って来いの場所である。


 ——果たして、この一室で何が起こったのか。


「まぁ、十中八九アリアの拷問事件だろうな」


 アリア曰く、研究棟で見つけた地下室で拷問をしていたことは覚えていたが、細かな場所は忘れていたらしい。そして今回の窃盗事件……物を隠すならその地下室を使っている可能性があることは十分に考慮していた。

 それ故に千司は、容疑者がテレジア、シュナック、リーゼンの三人に絞られた段階でシュナックに真っ先に目を付けた。


 リーゼンの研究室は三階にあるので後回し。

 テレジアはシュナック同様一階に研究室を構えているが……ある理由・・・・から、最初から除外していた。


「さてと、資料ちゃんはどこかな~」


 雑然とした室内を捜索。

 おそらくはシュナックの物だろう。様々な資料に加えて、魔法陣を描く際に使われる特殊なチョークの予備も大量に保管されていた。この中から見つけるとなれば骨が折れるだろうが、それでも千司には資料を持ち帰りたい理由があった。


 鼻をつまんでがさごそ捜索していると、幸いにしてそれらしき資料を早々に発見。

 内容を軽く確認し……間違いない。


「よし」


 手に入れた勇者に関する資料を鞄に入れ、ついでに魔法陣専用のチョークや闘技場の魔法修復に関する資料も見つけたので気になった者をいくつか回収した後、マッチで室内を放火。


 スパイである彼がどんな資料を集めていたのかは分からないが、千司の計画の邪魔になる物があっても困るからだ。備えあれば患いなし。


 燃え盛る炎を前に千司は呟く。


「あちゃ~、シュナック教諭め~! 証拠隠滅にも抜かりないとは、こりゃあ一本取られたなぁ~」


 そんな暢気なことを呟いてから、その場を後にするのだった。



  §



 研究室に登って来ると、外から複数の足音が近づいているのに気が付いた。物陰から確認するとテレジアに連れられてリニュやセレン、警備主任の男とその部下数人が研究棟に近付いてきているのを確認。


(この時間はテレジアも研究棟にいたからな。……戦闘音を聞きつけ、リニュたちを呼びに行ったってとことか。……なら)


 状況を判断すると、千司は燃えた研究室の煤を頬や服にこすりつけてから、息を切らした演技をすると、シュナックの身体と生首を鷲掴みにして部屋から出た。


「せん——っ」


 丁度到着した彼女らと鉢合わせとなり、戦闘に居たリニュが部屋から出て来る千司を見て喜色の笑みを浮かべて——その手に握られる遺体と生首を目にして表情が凍る。


「……ん? あぁ、リニュか」

「それ、は……?」

「シュナックだ。カマを掛けたら自供して、逃げようとしたから戦闘になった。中々に手ごわくて、こうするしかなかった。以上だ」

「いや、いやいや、そんなことは見ればわかるというか……そういう話じゃなくて——」


 困惑と焦りが入り混じったように言葉を紡ぐリニュに、千司は苛立たしそうに大きくため息。左手に握っていたシュナックの身体を地面に放り投げると、がしがしと頭を掻き毟った。


「なら、どういう話なんだ? 無能でごめんなさいってか?」

「……っ」


 瞬間、表情を悲痛に歪めて唇を噛み締めるリニュ。

 普段勝気な彼女のそんな姿は非常に新鮮であり、もっと虐めたい衝動に駆られて興奮する千司。


 しかし状況的にこれ以上虐めても意味は無く、むしろこれまで少しづつ築いてきた彼女との関係性が崩壊する可能性もあるので、渋々手を引くことにした。


「……はぁ、悪い。さすがに少し疲れた。後のことは頼んでいいか?」

「あ、あぁ、事後処理は任せてくれ」

「それと、大抵のものは燃やされたが盗まれた資料に関しては何とか無事だったから回収しておいた。明日の朝、学園長に届けるって言っておいてくれ」

「それなら我々が……いや、何でもない。頼んでいいか?」

「あぁ」


 千司とリニュの立場や役職を考慮すると、資料は彼女に預けるのが自然な流れである。しかしそれでも押し通してしまえる程に、異世界の人間は千司に対して無能を晒している。


「な、奈倉千司」

「……なんですか、セレン団長」

「いや、その……」


 去り際、唐突に声を掛けて来たセレン団長は何か言いたげに千司を見つめ、それから悩むように眉間に皺を寄せると、徐に血塗れの千司の手を取ってハンカチで拭い始める。


「いつも貴公に……嫌な役回りばかり押し付けて申し訳ない」

「何も期待していませんので別に構いませんよ」

「そ、そうか! ……そうか? それはよかったのか?」

「リニュと一緒に考えてください。では」


 馬鹿正直な人間の相手は疲れると辟易しながら、千司は一人海上コテージへと戻ると、別途に腰掛けながら入手した資料に目を通す。


 勇者に関する資料は予想以上に参考になった。


 定期的にロリ巨乳のセフレ教師、海端新色に適当な理由を告げてステータスを調べさせているので大まかには把握しているが、それでも回数が多すぎると不審がられるし、何より興味の低い生徒は後回しになる。


 また、新色からは手に入らない、本人たちしか把握していない能力の詳細についても記されていた。と言っても大図書館で職業とスキルに関してはある程度調べてあるし、千司の把握している内容と殆ど相違なかったが。

 それでも裏が取れたのは収穫である。


 そして何より千司の興味を強く引いたのは、もう一つの資料。


『闘技場』の魔法の修復に関する資料である。


「……へぇ、なるほどね」


 目を通して、想定通り・・・・だったことに口端を持ち上げる千司。


(予想はしていたが、やはりか。そりゃああのぶっ壊れ魔法を勇者に配れない訳だ)


 資料を読み込んでいると、次第に眠気が襲ってくる。

 明日は早朝から学園長を尋ねる都合、千司は睡魔に抗うことなく意識を手放した。




  §



 翌朝、いつも通りリニュとの早朝訓練へと向かう時間に起床した千司。

 しかし本日袖を通すのは運動用の服ではなく制服。

 鞄の中に教科書類と共に資料を詰めてから海上コテージを後にした。


 そうして向かうのは学園長室。

 昨日の出来事から、彼がこの時間すでに出勤していることは分かっている。


 千司は教職棟へ入ると、先日も訪れた学園長室へ。泥棒があった事件現場だというのに規制線が貼られていることも無ければ、警備の者が経っている様子もない。いたって平常を装って、その一室は本日も使われていた。


「……」


 千司は呆れを『偽装』で隠し、一度深呼吸してから扉をノック。

 数秒の後に室内から「どうぞ」と声が返ってきた。

 重厚な扉を押し開くと、そこには椅子に腰かけるフランツの姿。


「キミは確か……」

「どうも、勇者の奈倉千司です。お話はすでにリニュや警備主任の彼から窺っているかもしれませんが、こちらが盗まれていた資料になります」

「おぉ! おぉ! もちろん聞いているとも。ご苦労、まさかあのシュナック先生が犯人だったとは……いやはやよくやって——」


 胡散臭い笑みを浮かべながら近付き、書類を受け取ろうとする学園長に対し、千司は徐にそれを地面に放り投げた・・・・・・・・


「……どうしたのかな?」

「手が滑った」

「……」

「拾わないのか?」

「……そうだね」


 煽るような千司の口調に、フランツは目に見えて機嫌を悪くしながらも屈みこんで資料を拾おうとして——その前に千司は彼の肩を蹴った。


 力こそ込めていない物のバランスのとりにくい姿勢だった彼は、そのまま後ろに倒れて尻餅を着く。


「な、何を——ッ!」


 怒りの籠った視線を向けて来るフランツに対し、千司は大きくため息をつくと左手で頭を抱えて見せた。


「はぁ……。ほんと、お前の無能さ加減には嫌気が差すなぁ」

「な、何だと!?」


 突如として態度を一変させた千司に困惑しつつも、しかし語気を荒げて唾を飛ばすフランツ。しかし千司はそんな彼をも無視して、一層煽るような口調で言葉を続けた。


「理解してないのか? 重要な書類を盗まれた挙句間抜け面を晒して喚き、不特定多数の人間に不安を波及、その尻拭いを勇者にさせて、自分は部屋に引きこもり。挙句の果てには謝罪の言葉も感謝の言葉も何もない。仮に言われたとしてもお前が無能なことに変わりはないが……何より腹立たしいのはお前自身が自分の無能さを理解していない点だな」

「……っ」

「まったく、いったい何があって、そして誰がお前のような人間をこの学園の長に任命したのかは知らないが……断言するよ。お前は今まで出会ったこの世界の人間の誰よりも馬鹿で無能で、そして愚かだ」

「……んのっ、クソガキがッ! いくら勇者だとは言え、大人に対して何て口の利き方だ! リニュ殿が許したからと言って調子に乗るなよ!」

「じゃあそのクソガキが命がけで資料を取り返している間、お前は何をしていたんだ? 言って見ろよ。二度目は許さないと盗まれないよう対抗策を考えていたか? それとも別口から犯人を捜していたのか? ないだろう。お前のことだ。上に——つまりはライザ王女あたりに胡麻をする方法を考えていたに違いない・・・・


 物理的に上から目線に立ち、精神を抑圧するように罵倒する千司。

 彼は苛立ち混じりに抗議を試みるが——立ち上がるその肩を千司は上から足で押さえつけた。


「これならまだシュナック教諭の方が幾分かマシだったな」

「自らが手に掛けたものを引き合いに出すか、異常者め」

「そうさせたのはお前の無能が原因だろうが、間抜け。それに俺は異常者じゃなくて勇者だよ。情けないお前らに代わってこの世界を救ってやる救世主様だよ」


 肩を押さえつけていた足で、今度はフランツの顎を蹴り上げる。すると彼は情けない声を上げて口元を押さえ、口内を切ったのか手に付着した血を見て「ち、血だ」と子供の様なことを口にした。


「愚かな」

「……な、何が勇者だ、この人殺し!」

「はんっ、お前がそれを言うのかぁ?」

「何だと?」


 怪訝な顔で眉を顰めるフランツに、千司は口端を持ち上げて語る。


「シュナック教諭は逃げるつもりだったからなぁ、いろいろと教えてくれたよ。例えば、数年前、魔法学園であった事件のこととか」

「……っ」

「何でも、ある生徒が別の生徒に対して拷問を行っていたのだとか」

「な、何故それを! 奴にはそこまで教えては……まさか、テレジア・・・・が」

「なるほど。お前みたいな無能が一人で隠蔽できるわけもないと考えていたが、彼女が共犯者だったとは」

「カマを掛けたのか!?」

「いや、そんな。全てシュナック教諭から聞いたこと。まぁ、スパイとして使われるほど優秀な人間ならば、部屋の惨状とそこが隠蔽されている事実を知れば、おおよその見当はつくのだろう。つまり、どこぞの共犯者の名前を売った間抜けとは違うという訳だ」

「……ぐっ」


 得意げに語る千司に、唇をかむフランツ。


 しかし、実際のところシュナックが数年前の事件のことを知っていたのかは分からなかった。千司が語っているのはあくまでも可能性とハッタリ。


 その目的は——ただひたすらにフランツの前で調子に乗り、彼のヘイトを稼ぐこと。


 千司は大きくため息をついて続ける。


「はぁ……何が安全だ。くそが。お前みたいな人間が存在していることに俺は腹が立って仕方がない。大切な他の勇者たちに危害が加えられるんじゃないかと考えれば、今すぐお前もシュナック教諭の下に送ってやりたいぐらいだよ」

「……っ、が、学園には他国の生徒も多く在籍している。王国の重要施設だ。それを守るために不祥事をもみ消すのは当然の判断だ!」

「王都で血染めのアリアが徘徊しようとも?」

「……っなぁ!?」


 今度こそ驚愕に目を見開き、唖然とするフランツ。


「まったく、シュナック教諭に感謝だな。お前の様なクズに対するカードをたくさん準備していたのだから。……アリア・スタンフィールド。学園の為なら元騎士の殺人狂が王都で無垢の民を惨殺しようと看過する、というのがお前の見解で間違いないんだな?」

「なぜ、何故なぜなぜッ!」

「シュナックは余程優秀なスパイだったらしい」


 フランツを睨み付ける千司はふと思う。


(シュナックくん、マジで便利だな~)


 と。

 実際のところそのような資料はどこにもない。全ては犯人アリアから直接聞いた内容である。彼女から聞いたのは魔法学園で拷問を行い、退学になったこと。


 発見したのはテレジアという魔法基礎学の教師。

 そして彼女に隠ぺいを命じたのが、目の前にいるフランツである。


 千司が何故テレジアを最初から捜査線上から外していたのかは、それが由来である。彼女とはすでにイル・キャンドルの姿で接触、および脅迫済み。下手な行動は起こさないと判断していた。


 彼女が千司に捜査状況を聞いてきたのは、盗みを働いたのが『イル・キャンドル』である可能性を危惧してのことだろう。


 閑話休題。


 そんな訳で全ては千司の口から出ただけの言葉であるが、フランツには分かりようがない。彼にとってはただ事実を言い当てられているだけなのだから。


 そもそも勇者が殺人鬼と繋がっているなどと思う人間は居ない。


「……それで、私をどうするつもりだ。このことを国に暴露するのか?」

「そうなりゃ学園は荒れて調査の為に人の流入も増えるだろうな。それすなわち勇者を狙うカス共が入り込む可能性も上がるという訳だ」

「そんなこと——」

「すでにスパイが入り込んでた過去があるのに信用できると思っているのか? よってこの案は論外。学園から避難させられる可能性もあるがこちらも論外。闘技場での訓練はそれほどまでに有用だ。そして最も可能性が高いのは——お前の首を挿げ替えること」

「……っ」

「後釜に優秀な人間が来る可能性もあるが、俺はもう異世界人を信用しない。信用のおけない優秀な人間が上に立つぐらいなら、仮に敵対しようと問題のない無能なお前を置いておく方がましだ」


 千司は一つ息を吐くと、指を立てて総括を告げる。


「よって、お前のことは暴露しない。……精々勇者の為に奴隷の如く身を粉にして働けよ、無能」

「……っくそ」

「返事は?」


 俯くフランツの頭に足を乗せて告げると、彼は怒りに身を震わせながらも首を垂れて告げた。


「は、はい。……わかり、ました」

勇者・・に逆らうんじゃねえぞ~」


 最後にそれだけ吐き捨てると、千司はそのまま学園長室を後にした。

 廊下に出て扉を閉めてすぐ、室内から「くそっ、勇者だからと言ってガキが調子に乗るなッ!」と怒声が聴こえてくる。


(せめてもう少し時間が経ってから叫べばいいのに、やっぱ馬鹿だなぁ~)


 そう思うと同時に、学園長という魔法学園のトップに勇者に対するヘイトを抱かせることに成功したことを確認した千司は、鼻歌交じりに教職棟を後にするのだった。


(離間工作た~のし~! さーてと、お次は……)


 今後の予定を確認しながら、千司は学校へと向かうのであった。

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