宇宙色に染まる

春日井ちた

プロローグ

学生生活の中で長期休みというやつは春・夏・冬と三度ある。いっそのこと秋休みも作って四度にしてよと思わなくもないが、それはそれとして。


春休みは短い。

それなのに何故か課題がある。




「解せない」

「文句はいいから早く写しなよ」

「だって~~~!」

「じゃあ帰って」

「申し訳ございません。三倍速で写させて頂きます」




受験戦争を勝ち上がり、合格と共に渡されたのは『入学前課題』と呼ばれるものだった。

内容自体は受験範囲にまるっと収まる中学時代の総復習といったレベル。そう難しくはなさそうだった為、ひとまず受験勉強から解放された喜びに浮かれたあたしは課題の存在をそっと頭の隅に追いやった。


春休み始まったばっかりだし、大丈夫。

まだ休み半分残ってるし、大丈夫。

一週間あればいけるよね、大丈夫。


そんな根拠のない自信が重なってようやっと課題に手をつけ始めたのは三日前のこと。

あれだけ余裕をぶっこいていたけれど、遊び呆けている間に知識はどんどん抜けていき、課題に向き合う頃には全くと言っていいほど問題が解けなかった。やったことあるけど解き方が分からない。この範囲確かに覚えたはずなのに何だったか思い出せない。


そんなことばかりで課題が進まず、最終日になっても終わりそうにないのでこうして同じ高校に入学予定の幼なじみの家に転がり込んだというわけである。




「沙夜、ここの解答間違ってるけど」

「ん? あー、いいのいいの。多少間違ってるくらいがちょうどいいんだよ。後半から急に全問正解してたら写したのバレちゃうし」

「ふーん。伊達に何年も人の課題写してきてないね」

「うっ·····言い返せないのが辛い」

「受験終わって遊んでばかりいるからこういうことになるんだって。嫌なこと後回しにするの、沙夜の悪い癖だよ」

「あーあー。聞こえなーい」




片手で耳を塞ぎながら右手は動かし続ける。

図星なだけにその手の話題には乗りたくないのだ。スルーに限る。

はあ、と短い溜め息が聞こえたけれど、陸はそれ以上何も言うことはなくテーブルに置いてあった小難しそうな専門書に手を伸ばした。


二人きりの空間にはあたしのシャープペンシルが文字を刻む音と、陸が本を捲る音、掛け時計の秒針の音。それから遠くの方で近所の子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくるぐらい。そんな静かな時間が過ぎていき、課題も残り数ページに差し掛かった頃。

陸が不意に「話、あるんじゃないの」と切り出した。目線はまだ手元の本に向いている。




「·····あは。気付いてたかー」




部屋の開け放った窓から薄桃色の花弁がひらりと舞い込んでワークブックに着地した。




「とりあえず場所、移してもいい?」




 ◇ ◇ ◇




ででーん。

言葉で表すならそんな効果音がつきそうな大きなパフェが目の前に鎮座している。


すごくすごく美味しそうだけど、これを食べるのは残念ながらあたしではない。向かいの席に座る陸が珍しく目をきらきらと輝かせながら、スマホで何枚も写真を撮っている。




「これ本当に俺一人で食べていいの?」

「もちのろんよ。課題見せてくれたお礼なんだから遠慮せず食べて食べて~」

「じゃあ、お言葉に甘えて」




陸は見た目モヤシっ子の割によく食べる。特に甘いものには目がない。スプーン片手に実に遠慮なく食べていく様を見ながら、あたしは自分用に頼んだクリームソーダを少しだけ吸い上げた。


本当のことを言うと、あたしだって同じものを食べたかった。大好物の苺だし、課題を片付けて脳味噌が糖分を欲している。……でも、手持ちがない。陸の為にパフェを一つ頼むと、あら不思議、ほとんど選択肢がなかった。そうしてなけなしの小遣いはクリームソーダへと姿を変えた。




「それで?」

「ん?」

「話っていうのは何」

「ああ、それね」




バニラアイスの上にちょこんと乗ったさくらんぼを口に含む。あたしは序盤に食べてしまう派です。




「いやさあ、ふと思ったんだよね。あたしたちが一緒にいられるのも高校生までだよなあって」

「……まあ、そうだね」




あたしと陸。それからここにはいないが、あと二人の幼なじみがいる。

そんなあたしたち四人は幼稚園の頃からずっと一緒だ。隣にいるのが当たり前な存在。切っても切れない腐れ縁。


でも、これから先は違う。それぞれの進路に向かってバラバラの道を歩むことになる。

きっとこれから始まる高校生活は、あたしたち幼なじみにとって一緒にいられる最後の時間になるだろう。


そう思うと。

やらなければならないことが浮かび上がってきた。




「あたし決めたの。今年こそ、あいつに告白する」

「ねえそれ何回目?」

「うっ......絶対言われると思った」

「いや、ツッコミ待ちかと」

「違うもん! 今回は本気マジだから」

「ふうん」




何か言いたげな、含みのある相槌を打ちながら陸はまたパフェに視線を戻す。


陸の言いたいことは分かる。

何故ならあたしは過去にも何度かこういう宣言をしながら結局ひよって言えなかったり、タッチの差であいつに彼女ができたりして告白するタイミングを逃し続けているからだ。


確かに腰抜けマヌケのアホだと自覚している。

でも、それでも。




「後悔したくないから」

「…………」

「いつまでもタラレバ言いたくないし、もうそろそろ区切りつけなきゃなあ、ってね。これ以上うだうだしたところで振り向く相手でもないし。当たって砕けろー! って感じで。あはは」

「砕けちゃダメでしょ」

「それくらいの気概ってこと!」




ふん、と鼻を鳴らし、溶けゆくアイスをスプーンで掬い上げる。

う~ん、あたしはなんだかんだこの状態のバニラアイスが一番好きだ。




「沙夜はかっこいいね」

「えー、そお? 散々後回しにしてきたんだけど」

「そうだけど、今回は本当に嘘偽りなく真剣に本気マジなんだなっていうのが伝わってきたから。それに、たとえ振られるって分かってても猪突猛進に頑張れるところは沙夜の美徳だよ」

「おーいおいおい、さらっと振られるとか言うな」

「ごめんつい本音が」

「か~! あたしだってね、わかってるよ。あいつが難攻不落なことくらい。そもそも女の子扱いされたことないし、スタート地点ゼロからっていうか マイナス疑惑あるけど」




あ、なんか自分で言ってて涙出てきた。つらい。


半ばヤケクソ気味に残っていたクリームソーダをぐびっと飲み切る。バカバカ。これしきのこと、覚悟の上でしょうが。




「まあ、とにかくあたしなりにこの一年頑張ってみるつもり」

「決意表明ってわけね」

「口に出した方が頑張ろう! って気になるからね。と、いうわけで、陸さんや」

「?」

「そろそろ決着つけませんか」




カラン、と飲み干したグラスの中で取り残された氷が音を鳴らした。




「…………」

「うだうだしてるのは陸も一緒。なんならそっちの方が年季入ってるじゃん」

「それは……元から伝える気、なかったから」

「知ってる。でも、それって結局逃げてるだけじゃない?」

「…………」

「あたしだって散々逃げてきたから、そこは同じ。関係が変わるのは怖いよ。怖いに決まってる。でもいつまでも今のままでいるわけじゃない。いずれ彼氏なり彼女なりできてこの人と付き合ってるの、なんて報告される未来がくる。



その時、陸は心の底から百パーセント祝福できる?」




じっと陸の目を見つめて答えを待つ。

いつの間にか陸も食べ終えていたようで、空になったパフェグラスの前にカチャン、と銀のスプーンが置かれる。




「正直、百パーセントは難しい……と思う」

「でしょ? それってつまり多かれ少なかれ燻ってる想いがあるからだと思うんだよね」

「……でもそれって、ただのエゴでしかないし」

「エゴ上等。そんなことよりあたしは百パーセントの気持ちでおめでとうって伝えられない方が嫌」

「……それは、俺もそうだけど」

「大体陸の好きな人はそういうの迷惑に思う人なの? ……違うよね?」




小さく頷く陸は、考え込むように視線を落とす。


告白することがエゴであるか否か。

あたしは正直そこまで考えたことはなかった。ただ、改めて考えた時、そんなに気にすることじゃなくない? と思ってしまう。


絶対ありえないけど、もしも不倫とかそういうややこしい間柄で想いを伝えるとかだったら流石に告白なんて自分勝手過ぎるな、とは思う。


でも違うじゃん。

あたしたちの関係はそんなんじゃない。ずっと隣で一緒に育ってきた幼なじみだ。

好意を伝えて、伝えられて、迷惑に思うわけなくない?

少なくともあたしが逆の立場ならそうは思わない。



その程度のエゴ、何が悪いんだ。




「陸は自分を犠牲にし過ぎ。もうちょい素直に生きなよ」

「……犠牲にしてるわけでもひねくれてるわけでもないよ。ただ自信がなくて、勇気が出ないから。それを告白=エゴって思うことで見ないフリしてただけ、なんだと思う」

「……やーい、ヘタレー」

「それ今のところブーメラン」

「てへ」




なんとなく落ち込んできた空気を茶化してごまかす。




「ごめんごめん。馬鹿にしてるわけでも責めてるわけでもなくて、ヘタレなのはそれこそあたしも一緒だし。だから提案。



ねえ陸、あたしと一緒にあがいてみない?」




これこそ本題。

春休みの課題を写す為だけに今日陸に会いに来たわけじゃない。




「それ、仲間が欲しいだけでしょ」

「あははー。それもある」

「エゴ上等、か」

「うん。恋せよ少年、エゴイストであれ」

「何それ……でもまあ、ヘタレはかっこ悪いしね。俺も、最後にあがこうかな」

「お! よしきた、言質取ったからね! やっぱ無しとかダメだかんね!」

「沙夜こそ、やっぱ告白やめるって言葉無しね。というか禁止。もう聞き飽きたよ」

「あたしだって言い飽きたっての!」




こうして生まれた脱・不毛同盟。

一人でももちろん頑張るけど、どうせなら仲間がいた方が心強い。励まし励まされ。持ちつ持たれつで頑張りたいな。




「はい先輩」




居住まいを正した陸がすっと手を挙げる。




「はい新入りくん。発言を許可します」

「乾杯しましょう。先輩の奢りで」

「残念。先輩の財布は空です」

「チッ」

「こら舌打ちしなーい」

「しょうがない。それくらいは俺が奢るよ」

「エッ嘘やった! 店員さんすいませーん! 季節限定の苺もりもりパフェひとつ下さーい!」

「いや急にがめつくない? ていうかそこは普通ドリンク頼むでしょ。……あ、俺はアイスのキャラメルマキアートお願いします」





決起集会


(まあそんなこんなで、お互い頑張ろうね!)

(めちゃくちゃ良い笑顔)

(人のお金で食べるパフェほど美味いものはない)

(……かんぱーい)

(かんぱーい!)

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