真ん丸な体の人と三色猫が、眠そうな鳩と戦って食べられるだけのお話。

むらさき毒きのこ

僕らはみんな、生きている。細胞は自殺してるけどな。

 細胞の自殺、アポトーシス。動物の発生過程で、重要な役割を果たしている。例えば人間の胎児の手は始め、指と指の間が埋まった状態で形成し、育つ過程で余分な細胞(指と指の間の皮膚)が「プログラム細胞死」……つまり「僕は余計者だよ」と自覚した細胞が「自殺」し、結果、五本指になるのだ……って、言ってるアタシもわけが分からない。


***


真円まどか、起きなさい、朝よ!」


 丸い形のこたつ布団を私から引きはがして部屋のサッシをピシャっと全開にし、ママはベランダで布団を干そうとして、悲鳴を上げた。


「カメムシ!」


 ママは布団叩きで、網戸に大量発生してへばりついているカメムシを、叩き落としている。そして今度はその布団叩きで、私の布団の表面ををポフポフ撫でた。


(布団オワタ……)


 絶望してゴロゴロしていると、ママは私が乗った布団の端を持ち上げて、私を床に転がした。


「真円、もう十七歳でしょう。王様がお呼びなのよ、さっさと支度しなさい」

「ママ、何言っちゃってんの。アタシ勇者じゃねえし」

「死んだパパも、真円の旅立ちの日を喜んでいるわ!」

「パパが死んだのは事実だけど、それ以外はママの妄想でしょ」

「いいえ、今から大事な、冒険者としての職業を決める儀式があるのよ。真円は体が真ん丸だから、戦車とかいいんじゃない?」

「戦車は職業じゃねえし。だいいちアタシ勇者じゃねえの? もう、いいかげんにしてよママ。妄想とはいえ、設定くらいちゃんと考えてから喋って」

「いいえ、ママは正気だから」

「誰も正気を疑っちゃいねえだろうがよ、被害妄想も大概たいがいにしとけよなボケババア!」

「ボケとは何よ、まだまだ現役だし! あんたなんか知らないでしょうけど、あたし、俺んとこ来ないか、って言われてんのよ、隣町のゲンさん(93)に!」

「誰だよゲンさんって! 九十代なんかやめろよ、親戚筋の連中から遺産目当てだって言われっちまうだろうがよ、世間体悪りいな!」

「あんた、どこでそんな口のきき方覚えたのよ! もう! 普通の女子高生らしくしなさいよ!」

「普通じゃねえんだからこうなんだよ! 体が! 真ん丸だから! デブなんてレベルじゃ無くて! ま・ん・ま・る!」

「うっ……ううっ……ぐすっ……まどか……自分を卑下ひげするのは、やめて……」

「泣いてんじゃねえよババア、こっちが泣きてえわ。だいたい、どうやって生んだんだよ、こんなボールみてえな体の赤ん坊。股が裂けちまうだろうが」

「嫌だわ、股が裂けるとか、どうやって生んだんだい、お嬢ちゃん、とか……お隣の旦那さんみたいな事言わないでよ、嫌らしいわねえ」

「もういい。もういい! 聞きたくないよ、ご近所さんによる未亡人へのセクハラエピソードなんか、もう二度と!」


 あたしは、こんな家出て行ってやる! と思いながら、玄関から出ようとして「ハマって」しまい、結局ママに助けを求める羽目になったのだった。


 

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