第73話 勝利しました!

「南方からだと!? どんなやつらだ!?」


 メッテは報告に来た天狗に訊ねた。


「背中にコブのある動物に乗った者たちです! そこの耳を生やした者に似ています!」


 天狗は耳を生やした子供を指さし言った。


「虎人……グランク傭兵団か! それなら大丈夫だ」


 ふうと息を吐くメッテ。


 グランク傭兵団とは面識がある。

 メッテは戦いにならなくて済むと考えたのだろう。


 しかし、天狗は焦るような顔で続ける。


「そ、それと、その後方からは緑の肌の者が五千ほど、猪に乗ってやってきています!」

「……なんだと!?」


 メッテは顔を青ざめさせる。


 緑肌の者……オークかゴブリンだろう。

 猪はきっとアーマーボアのことだ。


 それが五千……魔王軍の本隊に違いない。グランク傭兵団はその先鋒というだけだ。


「ヨシュア、どうする!?」

「撤退は間に合わない……背を晒せば、むしろ追撃される可能性もある。迎撃の準備をしよう」


 グランク傭兵団が、俺たちの存在を魔王軍に報告している可能性もある。

 魔王軍は人間ではなく、俺たちを襲おうとしているのかもしれないのだ。


 メッテは頷くと、「南に備えろ!」と声を張り上げた。


 亜人たちは街道の南を臨むように、陣形を組みなおす。


 俺は突然の来襲を不安に思ったが、モープたちはむしろ「やったっす!」と声をあげ、意気揚々と戦闘馬車を南に向けた。どうも戦いたかったらしい。


 同時に亜人たちも全く臆していない。

 メッテの声に、わあわあと勇ましく声をあげるだけだ。


「ただ……ベイロンとは話ができるはずだ。その子供のこともある。俺がまず交渉してこよう」

「わかりました。ですが、あの者は」


 イリアは、地面を這いつくばるロイグを見て言った。


 迫るグランク傭兵団に気づいたロイグは、今度は北へ向かおうとしている。


「……もう、あれでは悪さもできない。放っておこう」


 手を失ったのだから、彼が誇る【武神】の紋章はもう効果を発揮できない。


 それに人間の街に帰っても、ロイグとは名乗れない。名乗れば最後、散り散りとなった騎士団がロイグのことを広めているだろうから、犯罪者とのそしりを受けるだけだ。


 ロイグはひっそりと生きていくしかないのだ。俺を恨み続けるかもしれないが、自分の行いを反省せざるを得ないだろう。


 とても過酷な人生を歩むことになるのは明白だ……でも、こればかりは自分が招いた結果として受け入れるしかない。


 イリアはもうロイグには触れず、南へ顔を向けた。


「では、ベイロン様に会いに行きましょう」

「ああ、頼む。そこの君も、来てくれるか?」


 俺の言葉に、虎人の子供は無言で頷く。


 イリアは何も言わないが、その虎人にじっと視線を送る。何かあれば、すぐに斬るとでも言わんばかりに。


 とはいえ、虎人は強い。イリアの警戒は必要なことだ。

 

 俺たちは虎人を連れ、馬で南に向かった。


 すると俺たちに気が付いたのか、グランク傭兵団は速度を落とす。

 

 街道上で停止した傭兵団からは、ラクダに乗った数名がこちらにやってきた。


 先頭は団長のベイロンと、娘のネイア……ベイロンは表情を崩さないが、ネイアはある一点を見て、驚くような顔をしていた。


 ネイアの視線の先には、ロイグが人質にした虎人の子供がいた。


「リーセ!! 無事だったのか!?」


 にゃあという声と共に、虎人の子供はネイアに駆け寄った。


 イリアは即座に鞘に手をかけるが、俺はそれを止める。


「イリア、よせ……ベイロン。やはり、お前たちの仲間だったか」

「ああ……俺の娘だ。もう、死んだと思っていたが、まさか生きていたとはな」


 ベイロンは真面目な表情のまま言った。


 リーセと呼ばれた虎人の子供はまだ喋れないようだが、ネイアに抱き着き、何かを必死に訴えているようだ。

 ネイアは、そんな妹を嬉しそうに撫でている。


 しかし、ベイロンは全く表情を崩さない。自分の娘が見つかったとなれば、もっと喜んでいいものだろう。


 となると、やはりベイロンは俺たちを……


「ベイロン、どこへ行く?」

「察しはつくだろう? この地が不安定だから、占領しろって命令を受けた。つまり、お前たちを従わせに来たんだ」

「なるほど。だが、俺たちは魔王軍に協力する気はない。戦うつもりもないが」

「なら、力ずくで従わせるしかないな」

「どうにかできないか、ベイロン?」


 そう答えると、ベイロンは呆れたような顔をした。


「はあ……だったら、俺の娘を人質にしとくべきだったんじゃないか? そうすれば、少なくとも俺たちグランク傭兵団は、この場を去ったかもしれないぞ」

「人質を取って脅すようなことを、俺たちはしない」

「また綺麗ごとを言いやがる……悪いがリーセを返した時点で、お前たちに交渉材料はなくなった」


 ベイロンが冷たく言い放つと、イリアが刀を抜いた。


「なら、あなたを人質にしましょうか?」

「貴様、父上には指一本触れさせないぞ!」


 ネイアはすぐに刀を抜こうとした。


 するとリーセがそれを止める。


「り、リーセ、離せ!」

「ネイア、よせ……そろそろ、豚の大将さんがやってくる」


 ベイロンが言うと、ネイアは渋々刀を納めた。


「ヨシュア。こっちの大将が来る。話があるなら、そいつに聞かせてやってくれ」


 ベイロンの後方からは、オークの大群が迫ってきていた。


 オークたちはグランク傭兵団を脇に追いやると、アーマーボアを止め、俺たちフェンデル同盟の軍と対峙する。


 そして大将と思しき巨体のオークが、象のような大きさのアーマーボアに乗ってこちらにやってくる。

 両手には禍々しい髑髏を飾った長斧があり、護衛のオークたちも立派な体格をしていた。


「おうおう、ベイロン! こいつらが亜人の親玉か!?」

「そうだ、ビッシュの大将」


 ビッシュと呼ばれたオークは、じろじろと俺を見た。


「なんつうか、人間っぽい亜人だなあ? まあ、区別なんかつかねえけどよ!! がはは!!」


 ビッシュは護衛のオークとげらげら笑う。


 ここで口論をしても仕方がない。

 俺たちは伝えたいことを伝えるだけだ。


「俺はヨシュアだ。亜人が集うフェンデル同盟の盟主……俺たちは、お前たちと争うつもりはない。このまま北に行くなら、勝手にするんだ」

「いやそれは困るな! 俺たちは、お前たちをこき使うために来たんだ! この汚れた半魔たちのようにな!」


 ビッシュは軽蔑するような視線をベイロンに送ると、その背中をばんばんと叩いた。そして大声で亜人たちに叫ぶ。


「この場にいる半魔ども、よく聞け! 汚れた血を持つお前たちだが、命だけは助けてやる! だから俺様に従え! 俺様のために働くなら……っ!?」


 気が付けば、ビッシュの首は飛んでいた。ベイロンはいつの間にか、曲刀を抜いていたのだ。


 その場にいる誰もが、ベイロンの行動に目を疑った。


 ネイアはベイロンに声を上げる。


「ち、父上!」

「おっと、手が滑っちまった……あ。大将、殺しちまったよ」


 ベイロンはアーマーボアから落ちるビッシュの体を見て、平然と言った。


 護衛のオークたちは一瞬何が起きたか分からないという顔をしたが、すぐにベイロンに斧を向ける。


「貴様っ!? よくも大将を!」

「やっちまったもんは仕方ねえ……今から俺たちは、魔王軍と戦う」


 そう言ってベイロンは、その場のオークたちを次々と斬り捨てていった。


 ネイアも仕方ないという顔をしながら、グランク傭兵団に手をあげる。


 すると虎人たちは、側面からオークたちに襲い掛かった。


 ベイロンは俺に声を掛ける。


「ヨシュア……やつらを倒すのは、今しかないんじゃないか?」


 俺は頷き、皆に叫んだ。


「攻撃開始だ!」


 戦闘はこうして、突如として始まった。


 オークたちは大将を失い、側面から味方と思っていた者たちに急襲され、大混乱に陥った。


 その上空に、アスハをはじめとする天狗たちがやってくる。


 天狗たちが黒い粉を投下すると、アスハは魔石の杖でそれに火を放った。

 爆音と同時に、多くのオーク兵が吹き飛ぶ。


 突然の爆撃に、オークたちは阿鼻叫喚となった。


「よし、セレス! 今だ!」

「了解っす!! オークたちを蹴散らすっす!!」


 それを見たモープたちは、一挙に戦闘馬車で走り出した。


 メッテもそれを援護するように、亜人たちに弓やクロスボウで射撃させる。


 矢を受け、次々と倒れるオークたち。

 なんとか迫る戦闘馬車に対して弓を放つも、紫鉄の装甲の前にすべて防がれてしまう。


 モープが駆る戦闘馬車と攻城櫓は、全く勢いを損なうことなく、オークたちの戦列に突っ込んだ。


 戦闘馬車の衝突は凄まじく、オークとアーマーボアが宙に吹き飛ばされていく。車内からの射撃も、オークたちに効いているようだ。


「メッテ! ゴーレムを先頭に、オークの部隊へ突撃だ!」

「おう! 皆、突撃だ!!」


 メッテはゴーレムと亜人の部隊に馬を走らせると、彼らを率い、オークたちへ突撃する。


「突撃!! 侵略者を追い払え!」


 オークはもう、完全に戦意を喪失していた。迫るメッテたちを前に、南へと逃げていく。


 戦闘はあっけなく終わった。


 こちらは死者の一人も出さず、五千のオークを撃退したのだ。


 亜人たちは皆、歓声を上げて勝利を祝った。


 俺はそんな中、ベイロンに頭を下げる。


「ベイロン……協力してくれてありがとう」

「いや、勘違いするな。本当に手が滑っただけだ。それに単純に困るんだ。魔王軍に勝ちすぎてもらうとよ……寝返るのは、もう決めていたことだ」


 魔王軍は南の都市を落とし、こうして北上してきた。

 勢力均衡が崩れれば、自分たちの仕事にも影響が出るということか。


 だがそれにしたって、裏切りが唐突だ。

 ここまでのことをすれば、次は魔王軍も彼らを雇わないだろう。


 人間だって、優勢になれば彼らを捨てる。


 ならば、彼らの行先は一つしかないはずだ。


「なあ、ベイロン……フェンデル同盟は亜人の同盟だ。お前たちも一緒に暮らさないか?」

「悪いが……俺らはちょっと気難しくてね。一つの場所で、誰かと仲良くはできない。次は、人間に味方するだけだ。ここまで北に圧されていたら、金払いもいいだろうしな」

「そうか……だが、俺たちはいつでも歓迎する。何かあれば、頼ってくれ」

「……まあきつくなったら、そうさせてもらうか。言っとくが、俺たちは滅茶苦茶わがままだからな。覚悟しておけよ」


 ベイロンはそう言って笑うと、虎人たちにオークの武具や物資を回収させ、再び南へと向かった。


 彼らは俺たちを信用してくれているのだろうか……いや、信用しきれないから、俺の誘いを断ったのかもしれない。


 長年、二つの勢力を渡り歩いてきた彼らだ。何かを強く信頼するということに抵抗があるのだろう。


 去っていくグランク傭兵団を見て、イリアが口を開く。


「私たち……勝ったのですね。今まで、手も足も出なかった、人間と魔王軍に」


 メッテもうんと頷く。


「本当に信じられん……加勢があったとはいえ、こうも一方的に勝てるとは」

「ヨシュアのおかげ。ヨシュアはやっぱり頭がいい」


 メルクはそう言って、頭を俺の足に擦り付けてきた。

 何だか知らないが、アスハとウィズも俺を撫でる。


 イリアは嬉しそうに頷く。


「ええ、ヨシュア様のおかげです。ヨシュア様がいたから、私たちは勝てたんです」


 皆、うんうんと頷いた。


「いや、皆が頑張ったおかげだ……だから勝てたんだよ。ありがとう」


 皆、微笑んだり、嬉しそうに頷く。

 こんなにうれしい勝利は初めてかもしれない。

 ……俺は、自分の居場所を守れたんだ。


「……帰ろう、村に」


 俺が言うと、皆おおと声を上げてくれた。

 俺たちはこうして凱旋するのだった。

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