第46話 温泉を見に行きました!

 採石場のダンジョンを攻略してから三日が経った。


 俺はとりあえず村の周囲を城壁で囲む傍ら、道具や武具を生産していった。


 すでに武器だけは、村人全員に槍やクロスボウなど何かしらが行き渡っている。


 鎧もドーマル式のラメラーアーマーを百領ほど用意できた。

 これを着た鬼人は、狩りや城壁の警備に当たってくれているようだ。


 だがそんな鬼人を見て、人狼やエントからも鎧を欲しいと言い出した。

 あのモープでさえも、「鎧が欲しいっす!」と騒いでいる。


 アーマーボアの鱗は限りがあるし、供給が安定しない。

 彼らには鉄のプレートメイルを作ってあげるとするか。


 まあ、こうした武具作成はもはや喫緊の課題ではない。


 この約一週間、村は平和そのものだった。

 奴隷狩りも消え、武器を得たことでアーマーボアやヘルアリゲーターもすでに敵ではなくなったからだ。


 だから、村の施設を考えていく余裕ができた──


 俺が今一番気になっているのは、目の前で水入りのバケツを忙しく運ぶ亜人たちだ。


 今までは俺の作った樽に河の水を貯めていたのだが、さすがに非効率だ。


 ばしゃんという音が、俺の耳に響く。 


「あっ!」

「おい、何こぼしてるんだ!」

「す、すまん……」


 手を滑らせたのか、鬼人の一人がバケツの水をぶちまけてしまったようだ。


「大変そうだな……やっぱり水を引かないとな」


 俺が呟くと、隣のイリアが不思議そうな顔をした。


「水を……引く?」

「ああ。簡単に言うと、村に河を作るんだ」

「か、河を……作られるのですか? ヨシュア様は、水を生み出すこともできるのですか……」


 イリアは驚愕するような顔をする。


「い、いや、語弊があったな。水魔法は使えるが、川を作るのは無理だ。簡単に言うと、河から村に向かって地面を掘って、そこに石材を敷いていく。村まで河を伸ばすんだよ」

「なるほど! でも、それはそれで大変そうですね」

「いや、実はそうでもないんだ。この前のイリアのおかげで、ゴーレムをたくさん作れたから石材はたくさんある」


 イリアのおかげで、この前十八個の人形石を得ることができた。


 一個はダンジョン攻略のためアイアンゴーレムにしたが、残りの十七個は普通のゴーレムにして、コビスの城から城壁の石材を運ばせている。元からいた二体のゴーレムも一緒だ。


「それに、実はもうエクレシアに頼んで、エントたちに水道のため土を掘ってもらってるんだ。明日にはもう、石材を敷けるんじゃないかな」


 土を掘る作業は、エクレシアたちに任せることにした。畑づくりのとき見たように、彼らは根で土を動かすことができる。


 水路はこの村の北側、河の上流から引き、村の近くで二本に分岐させる。


 一つは上水道として、もう一つは下水道として南にある河の下流へ接続するつもりだ。


 獣や虫の侵入を防ぐため、両方とも水路の両側にアーチの柱をつくり、上部は石材で閉じようと思う。下水道は匂うだろうし。


 イリアは感心した様子で言う。


「そうだったのですね……ヨシュア様は本当に何でも早く済ませてしまいますね」

「戦闘は君ほどじゃないよ。それに水道を造るのは初めてじゃなかったからね」


 シュバルブルクをつくるときもそうだった。

 水路を掘ったのは俺じゃないが、水道の石材を作って敷いたのは俺だ。


「ヨシュア様に作れないものは何もなさそうです! ……そういえば、ヨシュア様。水を通せるなら、あるものもお願いしたいのですが」


 イリアが何か作ってと依頼してくるのは珍しい。

 今イリアが腰に提げている、鬼角の刀の時以来か。


「ああ、俺に作れるものなら、なんでも作るよ」

「ありがとうございます! 実はここより南、鉱山のほど近くに暖かいお湯が湧く泉があります」

「おお、温泉か!」


 俺は思わず声を上げてしまった。


 イリアも嬉しそうな顔で言う。


「ヨシュア様もご存知でしたか! 温泉、というのですね。アーマーボアが現れる前は、鬼人もよく入りに行っていたのです」

「そうだったか。俺も、何度か入ったことがあるよ」


 大陸の特に北のほうでは、温かいお湯が湧く川がいくらかあり、それを利用した浴場を温泉と呼んだ。

 賊討伐に従軍した際だったか、何度か俺も入った。


 体がすっきりするし、何より疲れが取れる。


 イリアは少し恥ずかしそうに続ける。


「その温泉がこの村にもあったりするといいな、と思いまして。体を綺麗にできますし……あ! でも、今は直接その泉に行けばいいわけで……わがままを言って申し訳ありません!」

「いや、俺も近くにあるといいと思うな」


 この村で身体を洗う手段は、河原で水浴びしかない。

 もちろん、バケツで水を汲んで、布を濡らし拭く手段もある。水道を引けば、それがもっと楽になるだろう。


 でも、やっぱり冷たい。


 温かいお湯なら、体も冷えない。


 ──この村にも温泉、公衆浴場を造ってみるかな。


「水道から水を引いて温める……のはちょっと効率が悪い。その泉からお湯を引いてくるのが良さそうだな。鉱山の近くだっけ?」

「はい! もしよろしければ、ご案内いたします!」

「そうか、じゃあ案内を頼むよ」


 俺はイリアと共に、馬で南に向かう。


 イリアの手には、麻の布などが握られていた。濡れたときのためだろうか。


 面白そうな匂いを嗅ぎつけたのか、途中、狼の姿のメルクが後ろから付いてきているのが分かった。

 また、メッテも武装したまま馬を走らせてくる。


 イリアは若干、不満そうにその二人に振り返った。


「二人とも……何の用ですか?」

「ヨシュアとイリアが楽しそうに話していたから。きっと面白い場所に行くと思った」


 メルクはそう答えたが、メッテは真面目な顔で言う。


「この前話していたダンジョンのような危険な場所に、二人で行かせるわけにはいきません」

「取ってつけたようなことを……どうせ、話を聞いていたのでしょう」

「べ、別に私は温泉に入ろうなんて!」


 どうやら、メッテは温泉に入りたかったようだ。ちゃんと、手には布が握られている。


 泉を視察するだけで、誰も入るなんて言ってないんだけどな……


 そんなこんなで、俺たちは鉱山の少し南西、湯気の立つ泉までやってくる。


「おお、ここか! 綺麗な場所だな……」


 泉は、北と西を高い山で囲まれていた。

 その山から滝が落ちて、この泉はできてるようだ。

 南には、海側に出るであろう河も見える。


「でも、だいぶ熱そうだな……遠くの方がぐつぐついってるが、どんな感じかな」


 俺は温度を確かめようと手を入れた。


「熱っ!?」


 しかしあまりに熱く、すぐに抜いた。とてもじゃないが、俺は入れそうもない。


「イリアたちはこれに入っていたの?」

「ええ! ヨシュア様も、試しに入られますか!? 私が背中をお流しします!」

「いや、姫。それは私の役目。私に任せてください!」


 メッテがそう言うので、イリアは「嫌です」と首を横に振る。


 いや、どう考えたって俺が入れる熱さじゃない……二人は入る気満々だったようだが。


 メルクも片手で泉に触れるが、すぐに引っ込めてしまった。人狼もこの熱さは無理のようだ。


 鬼人は大丈夫なのだろうが、他の亜人のためには少し冷ます必要がありそうだな。

 まあ、これだけ熱ければ、村まで流れる間にぬるくなることもなさそうだ。


 だがその時だった。


 俺は魔覚のおかげか、異様に濃い魔素が近づいてくるのに気が付く。空からだ。


 それにメルクも気が付き、空を見上げた。


「何か、落ちてくる……あの子は」


 空からは、翼を生やした人型の生き物が落下してくるのだった。

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