第44話 罠でした!

「ヨシュア様、お下がりください!」


 危険を感じ取ったのだろう、イリアはとりあえず刀で黒い靄を斬った。


 しかし、刀は靄をすり抜けるだけだ。


 イリアは刀を構え直し、呟く。


「……斬れない?」

「この靄は……闇の魔法」


 何度か戦場で見た事のある靄だ。


 魔王軍の上流階級である魔族は、高位魔法を使う者が多い。

 

 確か、これは闇属性の魔法の……不死者を召喚する魔法だ。


 何かしらの罠が設置されていて、侵入者に対し魔法が発動するようになっていたのだろう。


「イリア、気をつけろ。敵が現れるはずだ」


 ダンジョンでは、こういうトラップがあるのは普通だったと聞く。


 確か、モンスタールームとかいうやつだ。

 突如魔物や不死者が現れ、包囲されてしまう部屋。


 靄がすっと消えると、俺たちの周囲に白骨……スケルトンが現れる。

 全部で二十体はいるか。皆、剣や槍で武装している。


「囲まれたか……」

「大丈夫です、私にお任せを!」


 イリアはすぐに刀を振り、スケルトンを攻撃し始めた。


 同時にアイアンゴーレムも、鉄の腕で敵を薙ぎ払っていく。


 俺も鉄のウォーハンマーを作り、戦闘に加わり……たかったが、イリアがすぐに切り払ってくれた。


 全てのスケルトンを倒すのに、二分も掛からなかったと思う。


 俺の出番はなかった。

 やったことといえば、せいぜいイリアが傷を負わぬようマジックシールドを展開してあげたぐらいか。


 倒されたスケルトンは透明となって消えていった。

 召喚された不死者は、持っていた武具を含め、倒されると消えてしまうのだ。


 イリアは刀を鞘に納めると、俺に顔を向けた。


「ヨシュア様、お怪我は!?」

「い、いや、全部イリアとアイアンゴーレムがやってくれたでしょ……うん?」


 イリアは突如、俺に抱き着いてきた。


「ど、どうした、イリア? どこか調子でも?」


 俺が言うと、イリアは首を横に振る。


「ご、ごめんなさい……私、こういうの苦手で。骨が動き出すなんて! ……というか、なんで骨が勝手に動くんですか!」


 イリアは涙目で声を震わせた。


 ま、まあ確かにスケルトンは不気味で怖いが……

 俺だって夜いきなりこいつと会ったら、間違いなく腰を抜かす。


 でも、その割にはイリア、いつもと変わらず毅然と戦っていたような……

 戦闘中は無我夢中なのだろうか。

 本当に、普段と差が激しいな。


「ともかく、無事でよかったよ。もしこの周囲で同じような場所があったら、皆には絶対に足を踏み入れないよう伝えてくれ」

「分かりました! 子供たちにも、よーく聞かせておきます。皆、怖がって絶対にいかないように」


 何も聞かさなくても、イリアが怖い顔をすれば、皆従うと思うけどな……今までの戦いぶりを見れば。


「……あまり怖がらせてもどうかと思うが、そうだな。口を酸っぱくして伝えた方がいい」


 こうして俺たちは、ダンジョンを後にすることにした。

 もちろん、スクロールは回収して。


 しかし、随分と単調なダンジョンだったな。


 ダンジョンはもっと複雑と聞いていた。

 迷路のように道が入り組んでおり、罠が張り巡らされ、多くの冒険者が犠牲になったらしい。


 もしかすると、ここは一部に過ぎないのかもしれない。


 だとすれば、ゴーレムにはもっと気をつけさせたほうが良さそうだ。

 

 ここの採石は中断し、石材はコビスの城を崩して得るとするか。

 あの城を放っておくと、奴隷狩りがまた使うかもしれないし、賊が住みつく可能性もある。早めに解体したほうがよいだろう。


 そんなことを考えながら、俺は外に出た。


 イリアがほっとしたような顔で言う。


「こ、怖かった……」

「大丈夫か? もし今度ダンジョン行く時は、外で待っていてくれていいからな」

「い、いえ! ヨシュア様と一緒ならどこでも行きます! そこがさっきのような場所でも、地獄のような場所でも!」

「あ、ああ。まあ、本当に無理はしないでいいからな」


 イリアは「大丈夫です」と首を横に振ると、俺の手にあるスクロールに目を留めた。


「そういえば、そちらは」

「そうだったな。早速開いてみよう」


 俺は早速スクロールを開いてみる。


 開くと、紙から光る文字が浮かび上がった。

 未知の文字だが、何が記されているかは頭に伝わってくる。


「これは、魔覚(サーチ)……おお。この魔法は」


 闇の高位魔法で、周囲の魔素の濃度を掴めるものだ。


 大気中には魔素が漂っており、魔法を使う者はそれを集め魔法を行使する。


 魔素が濃い者はそれだけ魔力を多く扱える。

 相手がどれぐらいの魔力を持つ魔法師なのか、これで判別がつくのだ。


 また、人間や魔物は通常時でもある程度の魔素を体に纏わせるので、単純に生き物を探知する魔法としても使えるだろう。

 壁越しでも向こうに人間がいるとか、森の中に何がいるか分かるのだ。


 もちろん感知できる範囲や正確さは、術者の魔力量で変わってくるが。


「隠れている敵や獲物が察知できるな」

「おお! とても便利な魔法なのですね」

「ああ。だがな……俺が使うのは少し勿体ない気もする」


 覚えたとして、俺の魔力量でどの程度感知できるのだろうか……


 この魔法については概要しか知らず、学んだわけでもないので、どれぐらいの範囲が見えるのが普通なのかは不明だ。


 スクロールは使い捨て。

 誰か一人が魔法を覚えると消えてしまう。


「他に魔法が得意なやつが見つかるまで取っておくか……」

「ですが、ヨシュア様。この村では今、純粋に魔法を使える者はヨシュア様以外におりません。ヨシュア様が使われるのがよろしいのでは?」

「……まあ、色々便利にはなると思うしな」


 魔力の多い者が分かるわけで、そういった者に俺が低位の魔法を学ばせたりもできるだろう。

 さすがに近づけば、俺でもはっきりと魔素が掴めるはずだ。


「分かった……俺が使ってみるよ」

「はい。どうか遠慮なさらず!」


 俺はイリアの声に頷くと、スクロールの使用を念じた。


 するとスクロールは、すっと消えていく。


 同時に、俺は魔素というものを感じ取れるようになった。

 目に見える範囲は、とりあえず見極められるようだ。


「普通の人間がどうなのかは分からないが……皆、はっきり分かるものだな」


 魔素が人の形となっているので、例えば天幕の中にいる者までその輪郭が掴める。


「いずれにせよ、これはなかなか便利そうだ」


 俺はこの魔法を活かして……という場面はすぐには訪れなかった。

 三日ほど、平和な日が続くのだった。

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