第41話 横取りされました!?
うん? 急に空が暗くなった?
俺は麦を埋めるのを中断し、空を見上げた。
鬼人の一体が呟く。
「あれは……カラス?」
空には、真っ黒い鳥が飛んでいた。
だが、カラスにしては大きい。
翼を広げた姿は、鷲(わし)よりも大きい。
また、普通のカラスと比べ、やたらくちばしが尖っていた。まるで矢じりのように。
あれはただのカラスじゃない……アロークローという魔物だ。
こいつは人里に現れて田畑を荒らすだけでなく、人や動物を狩り、その肉を食す。
矢のようなくちばしを前に突進し、獲物を刺し殺すのだ。
「まずい……皆、俺の周りに固まれ!」
俺が叫ぶと、亜人たちは皆、俺の周囲に集まってくる。
イリアが俺の隣で刀を抜く。
「ヨシュア様。この鳥たちは?」
「やつらは、アロークローっていう魔物だ。群れになって、弱い者から狩ろうとする。だから、こうして皆で密集していれば襲ってこない」
俺の言う通り、アロークローは上空をぐるぐると回るだけだ。
だが、やがて諦めたのか、一体が畑に降りてくる。
どうやら、畑の麦を食べるつもりらしい。
「させるか。クラフト──スチールアロー!」
俺はすぐにその一体に手を向け、鉄の矢を放つ。
首に矢を受けたアロークローは、短い悲鳴を上げ、倒れた。
それを見た他のアロークローたちは興奮したのか、急にがあがあと鳴きはじめる。
どうも怒っているようだ。
これは奴らを引き付けるチャンスだな。
「イリア。俺は、南に走ってやつらの気を引く。その隙に、皆を北に逃がしてくれ」
「かしこまりました! 皆、ヨシュア様が南に走ったら、北に固まって移動を!」
イリアは刀を握り、そう答えた。
同時に俺は、南に向かって駆ける。
すると案の定、風を切る音が大量に近づいてきた。
こいつらは猪のように単純だ。
ただ、突撃してくるだけ。しかも、急には止まれない。
俺は岩壁を生産し、それを防ぐ……つもりだった。
「っはあ!!」
アロークローは、跳んだイリアによって叩き切られた。
彼女だけじゃない、メルクとエクレシアも彼らを攻撃していく。
「イリア……皆も」
「ヨシュアは下がっている。メルクたちに任せる」
メルクはそう言うと、アロークローを爪で切り裂いた。
エクレシアも手から鞭を出し、それでアロークローを叩き落とす。
やがて、村のほうから続々とメッテと亜人たちがやってきた。
「皆、やつらを撃ち落とせ!!」
メッテはそう命令すると、空に矢を放った。
他の、亜人たちもクロスボウや弓で射撃を始める。
それを受けたアロークローたちは、次々と落とされていった。
殆どの矢とボルトが当たっており、狙いを外す者のほうが少ないようだ。
やがて残りの数匹となると、アロークローは風のような速さで南に去っていった。
「皆、さすがだ」
岩壁で防ぎながら、一体ずつ倒していくつもりだったが、そんな必要はなかったようだ。
イリアは刀を納め、俺に答える。
「全てヨシュア様の作ってくださった物のおかげですよ!」
「いや、皆がちゃんと訓練してるからだよ……しかし、だいぶ皆も武器の扱いに慣れてきたな」
メッテと亜人たちはクロスボウや弓を掲げて、わあわあと声を上げている。
勝利を喜んでいるようだ。
メルクが呟いた。
「でもこの鳥、メルク見たことない」
「私たち鬼人も初めて目にしますね。最初は、鷲かと思いましたが」
「わらわたちの森でも見かけたことはないな。ただのカラスではないのか?」
イリアとエクレシアもそう答えた。
どうやらフェンデル州周辺では、アロークローが現れるのは珍しいらしい。
確かに、野生のアロークローは少ないと言われている。
だいたいは魔王軍に飼われた制空戦力であり、大陸全土を回って人里を襲撃するのが役目のようだ。
今回、畑にいる俺たちを見て、人間と勘違いしたのかもしれないな。
「畑をつくったから、これからも頻繁に目にすることになるかもしれない……いずれにせよ、この近くにも櫓や塔を建てておこう。警備も必要だな」
俺が言うと、イリアが頷く。
「はい! 見張りも交代で立たせます。しかし、この鳥どうしましょうか?」
「ああ。俺が回収するよ。アロークローの羽は矢羽根に最適だし、くちばしも矢じりとして使える。なにより、肉も美味い」
「なるほど! 食料にもなるわけですね」
「ああ。それじゃあ、皆は引き続き、麦を埋めてくれ。隅には、魔王カブを埋めるんだ。俺はあれを回収……うん?」
アロークローの死骸に目を向けると、何かがそれを掠め取っていった。
あまりの速さで何がそうしたのか分からなかったが、見上げるとそこには一体の翼を生やした者がいた。
一見、翼を生やした人間に見えた。
しかし、頭はカラスに似ており、足は鳥の鉤爪となっている。
くちばしには、俺たちが倒したアロークローの死骸が咥えられていた。
「あれは、亜人……?」
俺が呟くと、隣にメッテが走ってきて、弓を構える。
「貴様、天狗か!? 獲物を横取りしたな! 私が撃ち落してやる!」
「待て、メッテ! 一体ぐらい、許してやろう」
「……分かった。だが、これ以上取るというなら、容赦しない」
メッテはひとまず、矢を番えたまま弓を下げた。いつでも撃てるようにはしてあるようだ。
天狗……名前だけなら聞いたことがある。
鳥人に分類される亜人の一種だ。
普段は山の高い場所に住んでおり、滅多に地上に下りてこないというが……
ともかく、あの天狗を撃ち殺して、他の天狗と争いになるのは避けたい。
アロークロー一体で、そこまで争う必要はないはずだ。
俺は天狗に声をかける。
「腹が減っているのか!? それはお前にやる! だが、もしよかったら、互いについて話さないか!?」
しかし、天狗は何も答えず、やがて南東の方へ飛び去った。
メッテは悔しそうに言う。
「くそ! しかし、天狗が獲物を横取りするとはな」
「ええ。天狗はたまに姿を現すことがあっても、何かを取ったり、襲うことはないはず」
イリアも怪訝そうな面持ちで、去っていく天狗を見た。
天狗についてはあまり知らないが、ともかくこういうことをするような種族じゃないということか。
エクレシアは自信のなさそうに呟く。
「もしかして、彼らも奴隷狩りに……しかし、奴隷狩りはもう」
「ああ、コビスは倒したし、彼らの城に天狗はいなかった」
だとすると、他の奴隷狩りが南で活動しているのかもしれない。奴隷狩りはコビスたちだけじゃない。
「……ともかく、今後もより一層気をつけよう。早めに塔も作るよ」
俺はこの後、アロークローの死骸を回収し肉とそれ以外に解体すると、畑の近くに塔を築くのだった。
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