第15話 ~怪獣ってなんなのさ~
『だからオレのこの命で、出来る限りのことをやらせてくれ!』
快晴が叫んだ。
ただし、映像のなかの快晴だ。
遙か高みにあるカメラを見据えたその眼は、強い意志と覚悟に満ちている。
「カッコいいですねー」
惚れ惚れした様子の美麻だが、どこまで本気なのか。
とうの本人としては、恥ずかしすぎて今にも逃げ出したい。
勢いとはいえ、よくもまぁ、あんな歯の浮いた台詞が次々に吐けたものだ。
しかも映像とひと口に言っても、プロジェクターからスクリーンに映し出された大画面。ぜんぜんひと口に収まらない。
それで自分の顔と声が延々と流れるのだ。よほどのナルシストでなければ耐えられない。
場所は相変わらず美麻の研究室。プロジェクター類は、ボタンひとつで天井から出てきた。
いま快晴が見させられている自分の姿は、バックアップ用にコピーしたアーバロンの記憶情報の一部だという。
『そうだ! あっちの方向に、更地になる予定の広い土地がある!』
そう、記憶情報なのだが、なぜか自分の映っている場面だけが絶え間なく再生されるようになっている。
「あの……この映像、編集されてますよね?」
「ああ、アーバロンがやった」
「え、ロボットが自分で?」
出来てしまっていいのか、とまず心配してしまう。兵器がデータを改変していることになるのでは?
「定期的なバックアップの提出や、オリジナルデータの保存義務など、ルールはいくつかあるが、自身の保持しているデータは自由に操作していいことにしている」
「好きに……って、ロボットが自分のデータをどうこうできるんですか?」
「人間の記憶と同じですよ」
これには、技術主任が答えた。
「たとえば、お仕事の成果を、記録という形にして提出したとしても、記憶は消えません。さらに、その記憶のなかから大事なものを選んでつなぎ合わせ、経験として活かすというの、人間なら無意識にやってるでしょ?」
たしかにそういうものかもしれない、と快晴は納得する。
が、ロボットのAIにそれが出来てしまうのは驚きだ。
「だから、手つかずの記録である
「そもそも、なんでそんな機能を……?」
「本来は──」
今度は参謀が応えた。
「怪獣の多様性に適応させるための試みの一部でした。例えば過去に戦った二体の怪獣が、AとBという異なる性質を持っていたとして、それらとの交戦記録をアーバロン自身に比較検証させることで、次に戦う怪獣がまったく新しいCという性質を持っていても、過去の経験を活かして初戦で柔軟に対応できるように、という」
「あの、さらっと言いましたけど、それって凄いことなのでは?」
「ええ、凄いですね。私は門外漢なので、理屈でしかわかってませんが」
相変わらず笑顔で答える参謀だが、本当はぜんぶ理解してて言ってるのではないかと、逆に疑いたくなる。
「しかし、よもやこのような使い方をされるとは……いや、まったくの予想外」
困ったように言うわりに、どこか嬉しそうだ。
「このような……? この映像のことですか?」
「そう」
森技術主任が応えた。
「しかもこの映像、ここ一ヶ月半だけで約四,二〇〇回再生されてるんですよ」
「よ……!?」
驚くあまり、快晴は声が出ない。
「ざっくり計算するとですね……平均して一日に九三回の小数点斬り捨て。映像が五分ですから……日に八時間弱は、快晴さん、あなたのことを考えてるっていうことです」
「どういうことですか!?」
「どういうことも、いま美麻が言ったとおりだろうが!」
「そうなる理由が分からないんですよ!」
「つまり、ひとえに、恋ですなぁ」
「ひとえに、って……うそだぁ……!」
顔を覆ってうなだれた。
悲しいやら気恥ずかしいやら嬉しいやら、いやそれ以前の問題で、もう頭の中がごちゃごちゃだった。
彼女は欲しかったし、誰か自分のことを好きになってくれる人が現れないかなんて、都合のいい願望も人並みにあった。
だが、まさかその相手がロボット──それも全長五〇メートルのスーパーロボットだなんて……
「そもそも……」
飛鳥が言った。
「アーバロンにそのような“感情”が芽生えるということ自体が、我々にとっては予想外だったのだ」
「一体、何者なんですかアーバロンって……!?」
思わず快晴は語気を荒らげていた。
そしてアーバロンへの疑念は、より根本的な謎へと快晴の意識をいざなう。
「いえ、それより……なんで、怪獣なんて……」
そもそも架空の存在だったはずの巨大な生物たち。それが今になって現実のものになったのはなぜか。記者会見では“出現が想定されていた”とだけ語られ、それ以上の言及はなかった。
「残念だが、それらを今のきみに教えるわけにはいかない」
冷然とした態度で司令官は答えた。
「……機密、ですか」
「そうだ。先に言ったとおり、アーバロンに生じた恋の病という問題を解決するために、我々はきみの力を欲している」
「快晴さんも見たと思いますが、彼女は戦闘中にもかかわらずあなたを探したり、あなたに逢える可能性に賭けて、あえて敵の攻撃を受けさえしているんです。出撃がないときだって、戦術シミュレーションや機能テストの必要があるのに、それも気がそぞろで……このままでは、いずれたいへんなことになってしまいます」
たいへん、とはまた大雑把な言い方だが、快晴には技術主任の言わんとするところが分かる。
シミュレーションにテスト。アーバロンにとっては毎日が修練の連続なのだろう。それが平和を守るために造られたものの宿命というわけだ。
トレーニングを
そしてアーバロンの敗北は守るべき人々の、地球の存亡に関わる。
だが、ひとつ気にかかることがある。
「アーバロンから、俺の記憶は消せないんですか?」
“記憶”と言っても、しょせんはコンピューター。問題を起こすデータを消去すれば、判断力も正常に戻るのはでないのか。
「それは……出来ません……とだけ、言っておきます」
美麻が答えた。
言い放った、というよりは、絞り出すように。
その重々しげな表情の向こうに、どんな事情があるのだろう。
「その……“感情”を取り除くことも、ですか?」
「……はい」
回答まで少し間が空いたのが気になる。が、訊いても機密事項と言われそうなので、追求はしなかった。
「そう…………」
快晴は考えた。
どうすればいいか、どちらの道を行く方が最善なのか。
判らない。この人達やロボットと一緒に怪獣と闘うべきか、もとの平凡な生活に戻るべきか。
冒険か停滞か、重責か平穏か。
こんなに悩んだのは、両親が死んだとき以来だ。あのときも、ずいぶん悩んだ末に大学を辞めた。仕方なかったのだ。
だが、意地でも大学に残っていたら、とも、思わなくはない。
あのときの判断に後悔がないとは、言い切れないのだ。
「断ったら、俺は消されますか?」
問うてみたが、決断材料を増やそうとしたわけではなかった。
「いいえ。我々はマフィアではありませんよ。もちろんメン・イン・ブラックでもないので、記憶を消すことも出来ません」
参謀が答えた。
予想通りの解答だ。先の問いにしても、実際はただ決めあぐねて時間稼ぎをしただけにすぎない。
「ただ……きみは家に帰されたあとで、逮捕されます」
「は?」
「罪状は原動機付き自転車および自転車店の工具
「えええー!」
バレていなかったのでは、なかったのか。
「なんで? え?」
「あなたの様子を見るために、少々、警察の方に無理を言わせていただいてましてね」
止められていたのだ。
「だから、誠実かどうか怪しいと言ったのだ、私は。本当に誠実な人間だったら、とっくに出頭している」
司令から
「罪の意識と人情は別ものだと、私は思いますがねぇ。ま、そういうわけで貴志くん。我々の一員になっていただけるなら、それらの行為も『アーバロンを助けるためのやむを得ない判断だった』ということで処理出来ますが、いかがですかな?」
あいかわらずの笑顔で参謀は訊ねる。
この瞬間、快晴は決断し、そしてこの形梨という人の恐ろしさを垣間見た気がした。
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