第9話 ~違うそこじゃないの~
「こ、こんどは一体、何なんだ!?」
掻きむしらんばかりに頭を抱えて司令が叫ぶ。
GFから送られてくる中継映像には、アーバロンの脚部に登る青年の姿が鮮明に映し出されていた。
「ふむ、あそこは動作異常をきたしている右脚の根元……」
「もしかして……アーバロンを修理するつもりなの!?」
形梨と美麻の声が同時に司令の耳に入ってくる。
「なんだと……ッ! ええい、このうえ要らぬクビを突っ込んで! あんのク……ッ、青二才がぁー!」
飛鳥のヒステリックな叫びが響き渡った。
司令デスクの縁にかかった手に力がこもる。卓袱台だったらひっくり返されているところだが、あいにく、これは床と一体型である。
「京香さん、今、クソガキって言いかけました?」
「言うな! ちゃんと軌道修正しただろ!」
「青二才って……言い換えただけで意味変わらない思いますけど……」
とはいえ、司令の怒りは美麻も分からないではない。
世界最先端技術の粋を集めて造られたロボット。それがアーバロンである。それら“最先端”のなかには、その言葉自体を足下に敷くほどの超技術すら含まれている。
そんなロボットが動作不良を起こしたというのも頭の痛い話だが、民間人が直そうとしているとなれば「しゃしゃり出るな」と思うのも無理からぬことだ。
「とはいえ……」
美麻の心を読んだかのように、形梨参謀が言った。
「ここは彼に賭けてみるのもありかと」
「正気か! 全世界レベルの機密を民間人に委ねろと!?」
「他に取れる手立てもありません。それに、怪獣が現れた以上、今日を限りに我々やアーバロンの存在も機密ではいられますまい」
「まさに、致し方なし……か」
「おっと、これは早くも私の存在意義が揺らぎ始めましたな」
「GF隊各機、アーバロンの反対側に半扇型陣形で展開。怪獣の気をアーバロンから
すぐさま戦闘機部隊の管制官に司令の指示が飛ぶ。
「やや密集隊形になりますが、よろしいですか?」
「かまわん。尻尾の射程と、火線上にアーバロンを入れぬよう注意しろ」
「了解!」
「GF部隊、エネルギー低下!」
別のオペレーターの声が被さる
「戦闘可能時間、残り五分!」
「ちッ……! メテオエンジンを小型化しすぎた
「運動性と量産性が救いですな。この際、多少の無理は承知で、火力を集中させるほかないかと」
「同感だ。GF隊、怪獣の頭部に攻撃を集中」
「的が小さいため、市街への流弾のおそれが──」
「高角度から撃て! 被害も最小限で済む!」
なんのかんのと文句は言いながら、この事態を予想していたかのような手際のよさだった。
「修理部隊は、いかがいたしますか?」
「当然、出撃体勢は取らせる。技術主任、出てこい!」
「ええー!?」
再び、インカムから美麻の悲鳴が聞こえた。
(す、すげぇ……なんて技術だ……!)
一瞬、自分がなんのためにそこに来たのかを忘れて、快晴はロボットの完成度に胸を高鳴らせた。
本当に、一部の隙もないのだ。
とくに複雑な機構を要するはずの股関節でさえ、装甲が地続きのようになっていて、一粒の砂が入り込む余地すらない。
これであの大立ち回りを演じていたのだとすれば、装甲がゴムか人間の皮膚のように伸縮するとしか思えない。
だが、これでは逆に、どうしようもないではないか。
手に持った工具箱がひどく軽く感じられる。
格好付けて馳せ参じながら、所詮このざまか。
自分の無力さに呑まれそうになる。
ゴゥン──ロボットの声(快晴はもう、それを“声”と認識していた)が聞こえた。
振り向いた快晴の足下に、鋼鉄の掌が差し出された。
乗れ──そう言っているようだった。
降りて、逃げろ、と。
「待ってくれ! なにか手があるはず……なにか……!」
往生際悪く叫ぶ快晴だが、“ある手”といえば、目の前の巨大な手くらいだ。
ロボットはなにも応えない。
ただ黙って手を差し伸べたまま、快晴を見ていた。
これで分かっただろう──ロボがそう言っているように、快晴には感じられた。
最初から、素人がどうこうできる世界ではなかったのだ。
思えば、一度は止めようとした自分をロボが受け入れてくれたのも、こうして現実を見せ、諦めをつけさせるためだったのだ。
(やっぱり……駄目なんだ。オレなんかじゃ……!)
その足取りは、重くも軽くもない。
なにも感じない──無だ。それが快晴の感じる、己の存在価値だった。
だが、ロボは青年を地面に下ろさなかった。
「な────ッ!?」
「これは……」
「ええ……?」
京香は眼を皿のように見開き、形梨も言葉を継げない。美麻ですら、予想外の事態に白衣からジャンプスーツへと着替えていた手を止めた。
快晴を乗せた手は、ロボットの肩に掲げられていた。
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