第288話 わなわなわな

 ミミッシュの肉の焼けた灰が舞うなかゆっくりと立ち上がる様は新たな生命体の誕生を彷彿とさせる。


 二本の足で大地に立ち、二本の手と頭を持つ人の形をとったミミッシュの核は、ピンク地に白のストライプの入った顔を詩に向ける。

 人の形こそ取ってはいるが、体はミミズそのもので特に皮膚はミミズそのもので上下に脈打つ様は不気味である。


 顔には目や鼻などはなく不気味さをさらに増長させる。


「気持ちわりいな。おい、生き物博士。あれはどう対処すればいい」


「ふむ~、新種だから分かりませんなぁ。とりあえず殴ればいいんじゃない?」


「ほう、的確な判断のできる生き物博士じゃねえか。その対処方は分かりやすくて好きだぜ」


 無駄話をする二人にミミッシュは右腕からニョロリと一本のひも状のミミズを垂らす。そしてそれを地面にパシパシと叩きつけ詩とエーヴァへ威嚇いかくの様を見せる。


 僅かに睨み合った後、先に動いたのはミミッシュの方。二足歩行となったミミッシュは人間と比べ物にならない筋肉量を保有し、体内の体液を圧縮する能力を遺憾いかんなく発揮する第一歩は人には決して真似のできない瞬発力を見せる。


 一瞬二人に詰め寄るかに見えたミミッシュだが突然地面にめり込む。正確には泥濘ぬかるみにはまって地面に埋まる。


 敵に向かっていたはずなのに、腰まで地面に浸かる状況が理解できないミミッシュが泥濘から抜けようと両手をついたとき、大鎌の刃が首に触れ頭が宙を舞う。


 ?が浮かぶ頭に宙を蹴って大きく跳躍したエーヴァがハルバード状になったミローディアをフルスイングしてかっ飛ばす。

 綺麗な放物線を描いた先にあるのはクイーンを倒す際にプールの水を吹き飛ばすために使った大きな盾、ズヴークシチート音の盾である。


 ゴーンと鈍い音を立て頭を打ち付けたミミッシュは、自分が出した音が自身を消滅させる音になるとは知る暇もなく、ハルバードの斧で頭を潰されズヴークシチートとの間に挟まれ粉砕されてしまう。


 頭が消えたミミッシュの体は未だ泥に埋まりもがいていた。


「ミミズの姿だったら泥に潜って逃げることもできただろうにさ。そうやって人型になんてなるから苦労するわけ」


 詩がミミッシュに話し掛けながら投げたワイヤーをミミッシュの体に絡めていく。蕾を閉じたままのワイヤーはミミッシュの体に絡みつつ表面に霜を纏い凍り付いていいく。


 パキパキと音を立て凍るワイヤーに危険を感じたミミッシュが激しくもがくが、それは自身の肉にワイヤー食い込ませる行為。

 体内へとめり込んでいくワイヤーにミミッシュは決断する。

 それは人形であることを捨てもう一度ミミズに戻ること。めり込んだワイヤーをあえて体内に食い込ませ体をひねって手足を引きちぎり、ミミズの形へと強引に戻ると勢いに任せて空中へ飛び上がる。そして回転する頭をぬかるんだ土の上に付けたときそれは起こる。


 先程まであった土がなくなり、ポッカリと空いた大きな穴がミミッシュを迎え入れる。

 勢いよく土を掘ろうとして勢いよく回転させた頭ごと空回りしながらペチャリと穴の底にミミッシュは落ちてしまう。


 上からパラパラとまかれる直尺には『棘』の漢字が描かれ壁や地面に突き刺さっていく。


 最後にカラカラと落ちてきた石ころをきっかけに、直尺の『棘』の漢字が一斉に光り土を鋭く尖らせると、土の中で咲く蕾の花はミミッシュの体を余すところなく突き刺していく。


 全身を貫かれながらもミミッシュは逃げ道を求め棘のない上へと向け体を裂くと体内から丸い種子を吐き出す。

 上空へ向け飛び出した種子はあっという間に穴から飛び出し更に上へと昇る途中で急激に失速する。


 種子型のミミッシュは自身に穴の上に張られた空気の糸が絡んでいるなどとは理解できていないが、体に何かが纏わりついているのだけは分かった。


 失速したミミッシュの目の前にロジンバッグが飛んでくる。そしてすぐにワイヤーの付いた蕾がロジンバッグを突き破り周囲に真っ黒な粉をまき散らすと、蕾は何重にも重なる鉄の花びらを開き一輪の花を咲かせると中央に描かれている『火』の漢字を光らせる。


 自分の周りに舞う黒い粉が赤くなった次の瞬間には強い光を放つ。ミミッシュは光に包まれながら思う。


 ──生き残るためには希少種と戦ったら駄目なんじゃ……もう関係ないけど。


 空中で派手に爆発する様子を地上から並んで見上げたまま詩とエーヴァが拳をぶつける。


「二人だけズルいのでーす!!」


 そう叫ぶ声が上空から地上へ向け落っこちてくる。


 バフっと柔らかい音を立て着陸したぬいぐるみまみれのスーが詩とエーヴァを見て、ふんと鼻息を吐くと拳をグッと二人に突き出しくる。


「スーも頑張ったのです! 手をがつーんとするのです! やりたいのです!」


 スーは拳を突き出し期待に満ちた目で見つめてくる。待ちきれない、そんな感情を全身に纏ってソワソワしている。


「なんか面倒くさいヤツになったな」


「そう? 素直で可愛いじゃん」


「エーヴァ嫌いなのです! うた好きなのです!」


「ったく、だからガキは嫌いだっての」


「とか言いながらなんであんたが先にやってんのよ。ツンデレか」


 文句を言いながらスーと拳をぶつけ合うエーヴァに文句を言いながら詩もスーと拳をぶつけ合う。


「いえーい! なのです」


 きゃっきゃっ言いながら飛び跳ね喜ぶスーを見て笑みをこぼした詩が後ろを振り返り、尻尾をちぎれんばかりに振るシュナイダーを見て仕方ないなと、呆れながら笑う。


 詩が手をそっと出してシュナイダーに微笑み掛ける。


「お手」


「あ、はい」


 傾きかけた日が戦いの終わりをそっと告げる、優しいオレンジの光に包まれ綺麗なお手がきまる。

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