第286話 回転刃はお嬢様によく似合う

 ウンディーネ、水の精霊をイメージして作られた曲は優雅な調べを奏でる。

 プールの底に残った僅かな水の膜の上に穏やかな波紋を刻みながら、ステップを踏み進むエーヴァは華麗に舞う。


 逃げるにも戦うにも手足が必要だと、四本の脚を生やし四足歩行となるクイーンの体をミローディアの刃先が斬り裂く。


 戦闘用に向いていないクイーンとて対策を講じてないわけではない。体を硬質化し敵の一撃を弾こうとしたのにも関わらず、薄っぺらい紙のごとく斬られてしまう。


 先ほどよりも鋭くそして速い斬撃がさらに増していっていることに気づいたとき、クイーンの頭が真っ二つに割られる。

 首をだらりともたげ、自分の滴るうすい緑の血を見たとき怒りと悲しみが同時に襲い掛かる。


 ばっくり割れた頭をくっつける? そんな疑問などなく割れた先から歯を生やし大きな口を形成する。目の前でチョロチョロ動く獲物を喰らう大きな口。


「日本で言う御家芸ってヤツはもう飽きましたの」


 冷たく言い放たれた言葉とともに、大きく縦に広げた口が真横に切られる。四分割された口をそのまま利用して花弁のように開き獲物へと向かう。

 ひと飲みにしてやろうとこれでもかと広げた口へ突き立てられるハルバードの痛みにクイーンは思わずのけ反ってしまう。


「あなたの存在は大事ですけど、あなたとのやり取りは大切ではありませんの。この意味分かるかしら?」


 エーヴァが左腕に装備している小さな盾を取り外すと指で挟みスナップを利かせ回転させながら投げる。

 回転する盾は空中で開き桜の花を咲かすとハルバートの先端と重なる。カラカラと回転する桜の花が咲くハルバードの柄にナイフの刃を這わせ甲高い音を奏でる。

 エーヴァの魔力を流した音は桜の花に回転の力を与える。


 甲高い音は心地よさすら感じさせ桜の花を回転ノコギリへと変化させる。口に突き刺さったハルバードが回転ノコギリに変化する。これを予想し理解できるものは人間でもいないであろう、ゆえにクイーンは回転する凶悪な刃に無残に切り裂かれてしまう。


 ──体が崩れる、そんなことは許さない!


 クイーンが崩れる体を肉の繊維を張り巡らせ縫い合わせ形を保とうとするが、それよりも速く回転するノコギリは繊維を切り体をバラバラにしていく。

 クイーンは目の前にいる怪物をにらむが、怪物は残酷に微笑む。


 何度目かの首が飛んだとき、クイーンは体を維持することが馬鹿らしくなる。戻したところで結果は切られるだけ。ならばいっそのことバラバラになったままでいいじゃないかと諦めの境地へとたどり着く。

 それほどまでに回転するノコギリは鋭く、それを振るう怪物は反撃の隙を与えない斬撃を華麗に舞わせる。


 崩れ出す体を冷静に見るクイーンの脚元が大きく揺れる。それが自分の落ちる首の視界がそうさせるのか、本当に地面が揺れているのか分からないし考えるのも面倒くさいクイーンが最後に怪物を見る。


 ニタァっと笑う怪物の笑顔にゾクッとしたものを感じたときには意識はこの世から消えてしまう。


 それはまっすぐ縦に走る斬撃。


 回転ノコギリの回転を緊急停止させ、その勢いを持って外れた桜の花が宙を舞うと同時にエーヴァが手に持つ武器は大鎌へと姿を変形させ元来のミローディアの形をとり未だ空中にあるクイーンの首ごと地面に向かって振り降ろされる。


 割れる地面と飛び出すピンク色の物体に向かって振るわれるミローディアは地下と地上の境目で激しくぶつかる。

 ピンクの物体から噴き出す薄くも赤い鮮血と、ミローディアの放つ音の衝撃波が周囲に広がる。


 一瞬だけ訪れた静寂のなか、空中で回転していた桜の花がくるくると舞い降りてくる。

 ミローディアの先端と桜の花が重なったとき、ミローディアは形を大鎌から変化させる。


 再び高速回転を始める回転ノコギリは地面を削りながら、ピンクの物体の一部を鮮やかに切り落としてしまう。


「毎度毎度、同族が弱った瞬間を狙って食いに来やがって。芸がなさすぎるんだよ」


 回転するノコギリを肩に抱えてエーヴァは地面から体を出して、恨めしそうに無いはず目でエーヴァをにらむ巨大ミミズ、ミミッシュを指差す。


 切り落とされた体をぐちゅぐちゅと再生したミミッシュが体を回転させると地中へ潜り込む。揺れる地面を蹴ってエーヴァが外灯の慣れ果ての鉄柱に駆けのぼると、周囲に向かって鉄板を投げる。


 ミローディアを体の前で構えつつ目を細め、静かに一点を見つめていたエーヴァの目に鋭い光が走り後ろを振り向くと同時に指を鳴らす。


 後方に刺さっていた鉄板が震え音の爆発を起こすと同時にミミッシュの体が飛び出し爆発の衝撃に体をくねらせる。


 一瞬で駆け寄ったエーヴァの放つ斬撃が走ると、ミミッシュの外皮が切れ鮮血が散る。


「浅い、硬質化ってよりはゴムの塊みたいな弾力のある硬さだな」


 手応えの薄さを感じながらも追撃を放つ度、飛び散る鮮血をものともせずミミッシュは回転して地中へと潜っていく。

 次の瞬間エーヴァの足元が大きく揺れミミッシュが飛び出しくる。


「いい判断だ、甘いがな」


 空中に飛び上がったエーヴァの周りには、ミミッシュが地面を破壊したときに舞い上がった鉄板が日の光に照らされキラキラ光っている。

 空中で逃げ場のないエーヴァを飲み込もうと大きく口を開くミミッシュの思惑は、エーヴァが空中を蹴り、音の波紋を作ったことで脆くも崩れ去る。

 エーヴァが音の波紋を足場にして空中で真横に飛んだことで、ミミッシュの口には数枚の鉄板のみが飛び込んで来る。


 パチンッ! エーヴァの指が鳴るとミミッシュの体内で爆発した鉄板の衝撃でミミッシュはしゃっくりをしたように体が大きく跳ねる。

 その隙にミローディアの斬撃が幾度も走りミミッシュの外皮を切り裂く。


 ミミッシュは体を回転させて急ぎ地中へ逃げていく。


「さてと、コイツを討伐するには粉々に砕くしかねえな。面倒なこった……お膳立てだけして任せるのもありか」


 ニンマリ笑うとエーヴァは地中からくるであろうミミッシュの攻撃を警戒し待つのである。

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