第94話:託されても届ける相手の顔は知らないのです

 古めかしいピックアップトラックに乗り運転するのは鞘野哲夫さやのてつお詩の祖父である。

 対宇宙人用……といっても攻撃出来るとかではなく古い車をレストアしたものでありシンプルに車を動かす機構しか載っていない、宇宙人の電子機器妨害の影響を受けないというものだ。


 詩とエーヴァの為に作った武器の試作品が完成したので見せようと思った矢先に少し離れたオフィス街の騒ぎを知り駆けつけたのだが他の車が電子機器不具合の影響でエンジンをかけれなかったり止まったりする中1台走る車に目をつけたウージャスに襲われ立ち往生していた。


 ウージャスの持つ鉄製の分厚く長い板。ただの板かとおもいきや先端を尖らせようとしたのか削ったような跡が車のライトに照らされ見える。


(先端を石か何かで研磨した、もしくは地面に擦って研ごうとした跡かのう。技術はないがより殺傷能力を高めようとする意思はあるということかのう。

 ただ1体しか持っていないということは生産性も低いということじゃな)


 哲夫は尚も冷静に分析する。見えるウージャスは3体。そのうち2体は普通のゴキブリを大きくしただけ。奥にいるヤツだけ体全身を光沢のある茶色の鎧を身に付けていて手には刃先がガタガタな鉄の剣を持っている。そして2本の手と足が人間の形状と近い形をしており、指にあたる部分に虫の足が3本生えて剣を握っている。


「うおっ!?」


 1体のウージャスがコンクリートの塊を投げ運転席側の窓ガラスが粉々に砕け散り破片が哲夫に当たる。

 破片が散るなかギアーをバックに入れると強引に発進するが1体が車の屋根に飛びしがみつき殴ってくる。へこむ天井に焦って操作を誤り後輪を縁石に上げてしまう。

 ボンネットに飛び乗ってきたウージャスが楽しむために敢えてやっているのだろうフロントガラスを叩きヒビをいれていく。

 ウージャスの前にあっさり粉々になるフロントガラス。ウージャスは怯える哲夫を見て口の鋭く発達した顎をガチガチと鳴らし笑っているようにも見える。


「こんなところで死ねんわい」


 哲夫が助手席にある長い鞄を2つ抱え外に出ようかと思ったときだった。

 車が前のめりになりそうな勢いでボンネットのウージャスが上から降ってきた思月によって頭を踏みつけられ顔面から車体にめり込ませる。くるっと頭を踏みつけたまま片足で回転し青白く光る拳を振り上げるとその体に拳を打ち込む。


兎的手トゥダシォゥ


 ウージャスの内側に青白い光が走ると体がビクッと動きぐったりする。その思月を襲おうと飛びかかるもう1体のウージャスの上に白雪が上から飛びかかると頭に手で着地し折れる首を支点にして投げる。

 首を折りながら背中から地面に叩きつけられるウージャスの腹に思月の踵が突き立てられると先程と同じく青白い光がウージャスの生命活動を止める。


「いくのですよ白雪!」

【おうですのよ!】


 2人が背を合わせ鎧姿のウージャスに向かって構える。小柄な女の子とウサギのぬいぐるみがウージャスを倒す様子を唖然として運転席で見ているだけの哲夫の前で思月が地面を蹴ると一瞬でウージャスの前に現れ腹部に蹴りが入り後ろへ後退させる。


「鎧も堅いですが、こいつ自身も強いということなのですね」


 後退したウージャスに再び間合いを詰めると拳による連撃を打ち込む。それに耐えるウージャスが手に持つ剣を振るうそれを避けながら的確に拳を打ち込んでいく思月。


【そんな剣捌きでスーは捉えられないよん】


 白雪が剣を持たないウージャスの左腕を握ると両足を胸の前に通し足先で右手の肩を挟む。そのままウージャスの胸を支点に左腕を持って体を反らす白雪。

 いわゆる腕挫十字固うでひしぎじゅうじがためである。この関節技に腕の危機を感じたのか暴れようとしたウージャスの右肩を思月が蹴ると体が左右に反れ白雪の関節技がより食い込んで腕から鈍い音が響き左腕の関節が本来曲がる方向と反対に折れる。


 白雪が手を技をといて離れバク転で下がっていくと思月がウージャスの右足の膝を後ろから蹴り無理矢理曲げ折れる膝の上を踏みつけ足首を折り膝を地面に叩きつけ砕く。

 もたげる頭を下から蹴り上げ上半身を無理矢理反らすと白雪が顔面に踵を落とし後頭部を地面に沈め直ぐに足を離すと同時に思月が青白く光る足を落とす。

 沈黙するウージャスの右手から剣が落ち力なく崩れ落ちる。


「この大きさならフルで魔力を解放しなくていいので助かるのです」


【だねだねぇ~なんかデカイのばかり相手してたから宇宙人のサイズあれが普通かと思ってたよねぇ~。白雪もエコモードでいけちゃう♪】


 流れるような攻撃で3体のウージャスを倒した思月たちを未だ唖然とした表情で見る哲夫に思月が声をかける。


「おじいさん大丈夫なのですか? 車が動くなら逃げた方が良いのです」


「お、あ、ああそうじゃ。お前さんは詩の仲間なのかの?」


「詩?」


 思月の声で我に返った哲夫が出した「詩」に反応する思月。その耳元で白雪がこそこそ話すと思月は何度か頷く。


「詩とは鞘野詩のことなのですか? あなたは誰なのです?」


「わしは鞘野哲夫、詩の祖父じゃ」


「祖父……スーは思月、この子は白雪。スーたちは鞘野詩を探しに日本まで来たのです。詩は今戦っているのですか?」


「おそらくじゃがな。そうじゃ思月さんやこれを詩とエーヴァちゃんに届けて貰えんかのう。わしの車じゃもう先には進めんのじゃ」


 哲夫が手に持っていた2つの長い鞄を受けとる思月。


「詩の名前は聞いたことがあるのですがエーヴァとは誰なのです?」


「銀髪の可愛いらしい女の子じゃ。見れば直ぐに分かるはずじゃ」


 その説明に首を傾げながらもエーヴァの方の鞄を白雪に渡す。


「まずはここから近い巧血の方へ向かうのです。おじいさんは病院にでも避難してほしいのです。どこも安全ではないから油断してはダメなのです」


 そう言い残すと思月と白雪は走り去っていく。残された哲夫は無事に詩たちに鞄を渡してくれと願いながら思う。


(ところでなんであのウサギは動いておるんじゃ? 人が中に入っているとかかの?)

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