第9話:久々に山を駆け巡ると野生に戻るのか?
夜更け前の山道を、私は一人で自転車を漕いでいる。風が気持ちいい。
我が家から1時間半程で、山の梺に到着。ここから道なりに行けば目的の村『落馬村』へたどり着くのだろうけど、ここから更に1時間以上はかかりそうだ。
車で2時間を、自転車で2時間半程度で到着予定。強化した私を嘗めるなよっ! ってことだ。
私は木の下に隠す様にして、自転車を置くとロックをかける。
こんな場所を通る人、あんまりいないから盗まれたりしないだろうけど念のため。
私はスマホで地図を確認すると、目的地の場所をまっすぐ見つめる。
「さてと、行きますか」
舗装された道路をはずれ、道のない森を私は走り移動を始める。目的地まで一直線に向かう。当たり前だがこれが一番早い。
「あ~、なんか良いなー、この感じっ♪」
アスファルトのない土の感触に心踊らせながら、木々の間を駆け抜ける。
体内に流れる血を意識し、神経を研ぎ澄ませ更に加速する。もちろん周りに敵や人がいないかを、探りつつ進んでいく。
あの日お店のおじさんから話を聞いた後、ネットを中心に私が調べられる範囲で調べた。
噂程度に過ぎないが、落馬村の猟師だけでなく、村の人数人が行方不明になっているとか。
まあ、他は家畜が解体されてるとか、ウイルスの実験に失敗してゾンビになったとか。
あっ! なんか異世界転移したとかもあったな……あ、でもそれはあるかもしれない! 転生者の私が言うのだから、信憑性は高いと思うけど。
結局、何が起きて、人がいなくなっているかは分からない。ただ私の勘が何かあると告げ、それに従ってここに来たわけだ。
何だかんだで、私はこの状況を楽しんでいるのかも知れない。戦いに身を置くのが性に合ってるのだろうか……
「ふふふっ」
なんか、中二病っぽいぞ私! でもよくよく考えればあっちの世界の冒険者や勇者も皆、中二病だよね。
必殺技名叫んだりぃ
「俺が来たからには大丈夫だ!」
とか、
「俺を怒らせた罪は重い!」
とかー、
「あれを使うか……そろそろ本気を出させてもらうぜ!」
ほかにー、
「ギア一段上げていくか。ふん、後悔するなよ」
なーんて、みんな普通に使ってたなぁ。
そうそう、5星勇者のあの人なんてぇ、
「私に会って、生きて帰れると思うな!」
とか言っちゃってさぁー、息巻いて喧嘩売ってきたのに私に負けてるし。
「ぶふっ」
思い出し笑いをしてしまう。
おっといけない、真面目に探さないと。
事前に大体の地形は調べている、それによれば、村までのルートで大きな谷や川はない。ひたすら木が覆い繁っているだけのはずだ。
おっと!?
私は急ブレーキをかけ止まると、近くにあった木の上に駆け上がって葉の影から下の様子を窺う。
程無くして2人の男が歩いて、こっちに向かってくる。手に猟銃を持っているし猟師のようだ。
耳に集中し、聞き耳を立てる。
「三島、こっちであってるよな?」
「ああ、斉藤さんは、ここいらに罠を仕掛けるから、来るならここなはずだ」
2人の男がごそごそと茂みに入り、何やら探している。
「おい、あったぞ……罠に獲物がかかったまま死んでる」
「死んで大分たってるな。中で暴れて、そのまま死んだ感じだ」
「じゃあ、斉藤さんはここには来ていない? いや、でもここ以外どこに行くんだよ」
檻型の罠らしきもの中を、2人が覗いている。どうやら仲間を探しているようだ。話聞きたいけど、どうしよう。
突然木から飛び降りて「ちょっと訪ねたいんだが?」とか言ったらおかしいかな? こっちの世界だと、やっぱおかしいかぁ……
「おい、あれ!」
1人の男が何かに気付いたらしく、走り出しすぐに屈むと、なにか拾い上げる。
「おい、靴だ。斉藤さんのか?」
「いや、それは分からんが」
2人の男が靴を中心に、見合ったときだった。木々を縫うように伸びてくる数本の紐? 触手か?
その触手が男たちに絡み付くと、ゴムが縮む様に元来た方へ戻っていく。一瞬の出来事だった。
私は木の枝から枝へ跳び移りながら男の人たちの後を追う。
あー、完全に油断してた。なんだかんだいって、全てが鈍ってる。
こんなことになるなんて思ってなかったし、私が悪いわけでもないんだけども、目の前で被害者が出ると、15年間何もしてこなかったことを、後悔してしまう。
移動しながら感覚を研ぎ澄ます。
鳥の囀ずり、風が流れる音、葉っぱが擦れる音に合わせて揺らめく光。欲しい音を絞る……小動物が動く音、息遣い、虫の関節が軋む音…………っ!?
私は木から飛び降り、鞭のようにしなり襲ってくる先程の触手を避ける。木々の間を器用に避けながら的確に攻撃をしてくる。
触手が当たった木の皮が弾け、下地が剥き出しになり、地面を叩けば落ち葉が舞い上がり土煙が上がる。
今のところ4本か……威力はそこまでないから、攻撃っていうより捕獲する為の器官ってとこかな。まあ当たれば痛いだろうし、よく見るとガサガサの皮膚に固そうな毛がツンツン生えてて気持ち悪い。
私は、服の中に隠していた果物ナイフを取り出す。本当はもっと武器になりそうなもの、せめて木刀ぐらいは持ってきたかったが、持ち運びが出来ないし包丁1つでも補導されかねない。
正直果物ナイフでもダメなんだけどね。服のどこに隠してるかは秘密である。
そして筆を取り出す。これはあのときのショッピングモールで手にした筆である。盗んだ? いえいえ、返す場所も、お金を払う相手もいないんです。それに筆は私の血を吸って紅く染まったし、もう私の物ってことで……
別に筆を使わなくても書けるけど、何となく血のノリが良いので今回も使用します。
私は果物ナイフで左の腕を切る。垂れる血を掬い宙に円を描くと漢字を描く。
『切』
その円を突き破る様にして、1本の触手が通過する。それに合わせ円に触れると、円の外から中心に向かって、鋭い風が吹き中心でぶつかる。
鋭い風に切断された触手の一部が、宙を舞い血を撒きながらドサッと地面に落ち、ビチビチと跳ねる。
おお! 上手くいった。今回空中に書いて、空気動かして風を起こし切ったわけだけど、前世なら風にどうして欲しいかを書く必要があった。
でも今は意識するだけでいける。漢字、自体が意味を持ってるから操りやすい。
漢字スゲー!!
切断されたことに怒ったのか、3本の触手が一斉に攻撃してくる。
『渦』を左右に描く。
左右に渦巻く風の盾を生み出し、2本の触手を弾くと残り1本の攻撃を避け、地面を叩くそいつを踏みつける。そのまま地面に丸を描き文字を刻む。
『糸』
土が小さく縒れる様に細く渦巻く。それを踏んでいる触手に結びつける。左手で糸を持ち円を描くと宙に『刃』を描きそれを蹴る。
円から飛び出した風の刃は、最初に弾いた触手の一本を切断すると、切られた触手はのたうちまわり糸を結んだ触手と一緒に逃げていく。
「さてさて、本体へ案内してもらいましょうかねっ」
私は土の糸を手繰りながら触手を追いかける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます