044_アルゴン迷宮探索(二)
門を潜ると視界が一瞬で変わり、無骨な岩肌の洞窟になる。
洞窟なのに、なぜか光があってあるていどの視界が確保されている。
「不思議なものだ」
前世でも迷宮はあったので、何度か探索したことはあるが、それでも不思議な現象に変わりはないので素直な感想を述べると、皆も頷く。
岩肌を触ってみるが、普通の岩にしか思えない。
「事前に定めた通り、サキノとソドムをA班、ボドムとウーバーをB班、アーサーとミリアムをC班と呼称する」
盾を持ったタンクと、攻撃主体のアタッカーを組ませている。
「リースは先行し索敵を」
「はっ!」
革鎧を着たリースは、背中に短弓を背負っている。ヘッドギアはつけてないので、茶色の髪を短く切りそろえた女性従士長の顔がしっかり見える。
アーデン騎士団の中では、最も斥候の能力が高い一人だとサキノが褒めていた。
「B班は後方を警戒」
「「はっ!」」
アーデン騎士団でも帝国騎士団でも、基本はフルプレートアーマーだ。だが、先ほどのリースのような斥候職だと、革鎧で兜も被らない。役目によって装備は違うということだ。
フルプレートアーマーの兜にはフェイスガードがあって、戦闘時以外は上げているのが普通なので顔は見える。
「アザルとロザリーは余のところに」
「「はい」」
「ポーターの二人は余の後方に」
「「はい」」
「A班とC班は余の前に」
「「「「はっ!」」」」
陣形を整えてダンジョンの奥へ進んでいく。
二ミニッドほど歩くと広い空間に出る。ところどころに人やモンスターが隠れられるほどの大きさの岩がある。
その岩の一つの手前側に、先行していたリースの姿があった。
「二体のモンスターがいるようです」
リースがハンドサインを出し、サキノがそれを読み取る。
「二体ともソゴードのようです」
ソゴードはこのアルゴン迷宮の入り口に近い場所で多くいるモンスターだ。
黒と赤の斑模様が特徴の、体長が4メルほどのトカゲ型のモンスターになる。
特に毒を持っているとか、遠距離攻撃があるわけではないので、噛みつく攻撃と尻尾で薙ぎ払われることを注意すればいい。
岩陰からソゴードを確認すると、さすがに前団長の報告書にあった通りの姿だった。これで姿が違っていたら、あの団長を死刑にしていたところだ。
「A班は左、C班は右。かかれ」
俺の命令で二班がそれぞれのソゴードに躍りかかる。
まずは様子見だ。このソゴードに苦戦するなら、魔法を含めた戦い方を考えようと思う。
サキノとソドムのA班は、サキノが駆け抜け様にソゴードの首を切り落として終わってしまった。うん、弱い。
アーサーとミリアムのC班はやや時間をとったが、それでも危なげなくソゴードを倒した。
この差はサキノが強すぎるだけで、アーサーとミリアムが弱いわけではない。
俺が見たところ、アーサーとミリアムは一対一でもソゴードに勝てるだけの実力はある。今回はお互いの間合いを確認するための時間があったのだろう。
「この先は道が分かれております」
戦いの余韻に浸ることなく、リースが周辺を確認して帰ってきて跪き報告した。
「満遍なく探索するつもりだ。まずは左からいくぞ」
「承知しました」
まだ迷宮に入ったばかりだ。左にいっていき止まりなら引き返して右へいけばいい。
本来であれば、入り口付近の地図ができていてもおかしくない。
更迭されたネルジン・アストロが騎士団長になって以降、発見された迷宮は三カ所ある。そのうち、最初に発見された迷宮に関しては、あるていど地図が作成されたが、二カ所目から地図の作成がなされていない。
二カ所目の迷宮は内部の形状が目まぐるしく変わるため、地図を作成してもすぐに使い物にならなかったという事情があるので仕方がないが、三カ所目であるアルゴン迷宮はそのようなことはない。であるのに、地図が作成されていないのは、団長として部下を指導しなかったアストロの怠慢だ。
アストロの怠慢を言うなら、副団長や騎士長たちの怠慢もあるだろうが、全員を更迭しては騎士団が機能不全に陥るので、皇帝はそこら辺を考慮してアストロ一人を更迭したのだろう。
だが、俺のやり方を説明し、それを聞いた騎士たちの行動次第では大量罷免もあり得る。騎士としての矜持を持たない者は、騎士団に不要だ。
騎士たちと魔法士の戦闘を確認しながら地図を作っていく。
地図を作るのはアーデン騎士団従士のゲランドだ。彼は元々探索者をしていて、母の出身家であるウルティアム伯爵家に仕えた。その後、親王になる時に俺に仕えるようになった人物だ。剣の腕はそれなりだが、地図の作成技能を見込んで連れてきた。
地図作成というと地味な印象を持つかもしれないが、非常に重要なものだ。
地上の地図なら戦略物資に指定されており、一般人が手に入れることはできない。迷宮では騎士団や探索者の安全を確保するために重要なものだから、それをおざなりにしたアストロは、本当に更迭するだけでなく牢に放り込んでやりたいくらいだ。
▽▽▽
かなり進んで、時間で言うと
これまでに騎士団の小隊に何度か遭遇したが、疲弊していていた小隊が多かった。
そういった小隊には迷わず地上に帰って、休むように命じた。
「アーサー。各小隊が迷宮探索する時間はどのくらいなのだ?」
このエリアで休憩することにしたので、気になったことをアーサーに聞いた。
「はっ、……それが、決まっておりません」
「決まってないだと?」
「5年ほど前は最大で5日と決まっておりましたが、前団長がそれを撤廃されてできるだけ長く探索しろと命じまして」
アーサーが言いにくそうに話した。
「なるほど。アストロは部下の命は、いくらでも替えが利くとでも思っていたようだな」
俺がそう言うと、アーサーたち帝国騎士団の三人は、苦笑いで返事をした。
「なぜアストロのような者が団長になったのか、余には理解できぬ。それほど家柄が重要か?」
アーサーも伯爵家の出身だったはずだから、答えにくいか?
「恥ずかしながら騎士団には派閥がありまして、幹部の席は派閥の息がかかった方々によって占められております」
「アーサーもそうなのか?」
「某の出身家も騎士団の派閥を形成する家にございますので……」
「何も責めているわけではない」
その言葉を聞いたアーサーは、一瞬だけ安心したような表情をした。
派閥が悪いとは言わぬが、派閥の力によって無能が幹部になるのは看過できぬ。
今の騎士団幹部が騎士の矜持も持たぬクズであれば、容赦なく切り捨てるつもりだ。
休憩を終えて探索を再開することになった。
「このエリアはモンスターが出てこないな。もしかしたらセーフティエリアか?」
「このエリアの外側に現れたモンスターが、ここには入ってこようとはしませんでしたので、セーフティエリアの可能性はあります」
サキノが俺の疑問に回答をしてくれた。
セーフティエリアとは、モンスターが出現しない、もしくは侵入してこない場所のことを言う。なぜか知らないが、迷宮にはこういったセーフティエリアがいくつかあって、騎士や探索者が休憩する場所になっているのだ。
「ゲランド。この場所がセーフティエリアの可能性があると、記録しておいてくれ」
「承知しました」
赤毛を短く刈り揃えたゲランドが、それまで記録していた地図上に書き込みを行うのを待って、再び探索を開始した。
アーデン騎士団、団長アマニア・サキノ(男・剣・A班)
アーデン騎士団、騎士ソドム・カルミア(男・盾・短槍・A班)
アーデン騎士団、正騎士ボドム・フォッパー(男・盾・剣・B班)
アーデン騎士団、騎士ウーバー・バーダン(男・大斧・B班)
帝国騎士団、副団長(騎士長)アーサー・エルングルト(男・盾・剣・C班)
帝国騎士団、騎士ミリアム・ドースン(女・槍・C班)
魔法士アザル・フリック(男・杖)
魔法士ロザリー・エミッツァ(女・杖)
アーデン騎士団、従士長リース・ルーツ(女・斥候・弓)
アーデン騎士団、従士ゲランド・アムガ(男・ポーター・地図)
帝国騎士団、従士サージェ・ウイスコン(男・ポーター)
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