041_騎士団長

 


 俺の鎧ができ上がってきた。

 まだ八歳で成長期ということもあるので、体が大きくなってもあるていど長く使えるように設計されている鎧だ。


「ブルードラゴンの革鎧に、肩、胸、腕、脛にブラックドラゴンの鱗を使用して補強しております」


 いにしえのモンスターとして有名なドラゴンは、ヒエラルキー最上位に位置する捕食者である。そのドラゴンの革を惜しげもなく使い、さらにはドラゴンの中でも防御力が高いと言われているブラックドラゴンの鱗で補強された革鎧だ。

 深い海底を思い起こさせる濃い青の革鎧を、漆黒の鱗で補強してある。革鎧でこれ以上に防御力が高いものはないだろう。


「肩がやや動かしにくいが、あとは問題ない」


 職人が肩甲骨辺りを弄る。


「これでいかがでしょうか?」

「うむ、よくなった」


 皇族御用達の鎧職人は、数人いる。今回、俺が鎧の制作を依頼したのは、皇族御用達ではなく、探索者を相手に鎧を作っている職人だ。

 ダンジョン探索のエキスパートである探索者たちの声を直接聞くことができる職人に、俺の鎧を作ってもらった。

 だから、俺の鎧は煌びやかなものではなく、実用性を重視したものになっている。サキノやカルミナ子爵夫人などは、親王なのだから外聞というものがあると言うが、そんなものは俺の命よりも重要なものではないから無視した。


「無理を言って悪かった。そなたのおかげで、迷宮探索も捗るだろう」


 これだけの材料を仕入れるだけでも大変だったと思うが、短期間で俺の体に合う鎧を作るのだから、かなり無理をさせたと思う。


「ありがたきお言葉にございます。殿下の鎧を作らせていただいたことは、末代までの誉れにございます」

「そう言ってくれると、余も助かる。サキノ、約束の代金を」

「はい」


 サキノが革袋を職人に渡すと、職人は礼を言って下がっていった。

 職人が出ていくと、すぐにカルミナ子爵夫人が入ってきた。


「殿下。皇帝陛下がお呼びにございます」

「陛下が?」


 何かあったのだろうか?

 カルミナ子爵夫人とエッダに手伝ってもらい、ドラゴンの革鎧を脱ぎ礼服に着替える。

 金属鎧よりは脱着しやすいが、それでも時間がかかる。

 皇帝も用事があるのであれば、もっと早くに連絡を寄越せばいいものを。


 皇帝の執務室に入り、いつものように礼を尽くす。

 皇帝のそばには左丞相だけがいて、今日は右丞相はいないようだ。


「ゼノキア、よくきた」


 皇帝が目配せするとそろそろ七十歳になるはずの宦官長のキースが、布を被せたトレーを持ってきた。

 このくだりはよくある。婚約者が決まった時もこんな感じだった。

 さて、今回は何が出るのか?


「ゼノキアに帝国騎士団長を任せる」


 何? 俺が騎士団長だと……。

 前回、騎士団長を更迭するきっかけを報告したのは俺だ。その俺が騎士団長になったら、世間はどう思う? どう考えても、俺が騎士団長になりたいから、騎士団長を更迭させたと思われるだろう。

 ふふふ。俺が世間の噂を気にするとでも? 答えは、するわけない!


「騎士団長を拝命したします」

「うむ。通常、騎士団の副団長は二名だが、三名を配置することにする」


 通常、団長の下に副団長が二名いて、その下に騎士長がいる。

 副団長は騎士長から選出されるので、団長のすぐ下が騎士長という考えが一般的だ。その副団長の定員を増やすと皇帝は言う。


「人事はそなたが好きなように行うがよい」

「ご配慮、感謝いたします」


 皇帝の直轄の騎士団の人事権は、本来皇帝にある。その人事権を完全に委譲された。

 まあ、皇帝の一言で団長から末端の騎士まで、好きなようにできるのだが。それはさておき、皇帝は本気で騎士団を改革するつもりのようだ。


「ゼノキアに、騎士団長の宝剣を授ける」

「はっ」


 帝城内で武器の携帯は、許されていない。だが、騎士団長はその限りではない。

 騎士団長は帝城内で武器を携帯できる、数少ない役職である。

 ちなみに、親王も武器の携帯が許されている。もっとも、俺は武器を携帯したことはない。親王の宝剣は大人用なので、子供の俺が剣を佩くと似合わないのだ。


「アルゴン迷宮探索の準備は進んでいるのか?」

「はい。予定通り明後日には、アルゴン迷宮探索を実施します」

「うむ。無事に帰ってくるのだぞ」

「ありがたきお言葉。感謝の言葉もありません」

「そうだ。そのアルゴン迷宮に、騎士団より三名ほど連れていくのだ」

「騎士団員に、ございますか……?」


 その意図はどこにある?


「ゼノキアの戦いぶりを、騎士団員に見せてやってくれ」


 ああ、なるほど。俺の力を見せつけろということか。

 だが、足手まといは要らないんだが……。


「承知いたしました。騎士団員より三名を選出し、同行させます」

「それでいい。要件は以上だ、下がってよい」

「はっ」


 辞令と宝剣、そして騎士団長のしるしである勲章を受け取り、執務室を後にする。

 これで親王の宝剣と騎士団長の宝剣を持つことになったが、共に携帯するには大きい。


 執務室の外で待っていたサキノと二人の騎士は、俺が宝剣を持って出てきたことに驚いたようだ。


「騎士団長になった」

「そ、それは……おめでとうございます」


 サキノは微妙な表情だ。この時期の任命だから、その表情も無理はない。


「「おめでとうございます」」


 二人の騎士は単純に喜んでくれている。たしかにめでたいのかもしれないが、明後日にはアルゴン迷宮に入るので、その後でもよかったと思う。

 それに騎士団員を三名も連れていかなければならない。そのことをサキノに話すと、すごく嫌そうな顔をした。足手まといはいらないと、顔に書いてある。その気持ち、俺もよく分かるぞ。


 屋敷に帰って、ソーサーなど主要な家臣を呼んだ。

 カルミナ子爵夫人、サキノ、ソーサー、ロイド魔法士、アザル魔法士、ケイリー魔法士、ロザリー魔法士、ホルン(元副看守長)、アビス少将(元准将)から祝辞をもらった。


「本来であれば、祝いのパーティーを開催するのだが、今は迷宮探索を控えている。それに、騎士団の副団長を決めねばならぬ」

「はて、副団長の椅子に空きはないと、記憶しておりますが?」


 ソーサーの疑問は、他の者たちの疑問でもあった。


「副団長の椅子が三つになった。陛下が配慮してくださったのだ」


 そこで俺はソーサーを見た。


「ソーサー。お前を騎士団の副団長に任命する」

「そ、某をですか?」


 ソーサーには唐突だったためか、バカ面を晒す。


「今の騎士団の体たらくは、お前も知っていよう」


 元騎士団員で正騎士(中隊長)だったソーサーだ。騎士団のことは気になるだろ?


「知っておりますが、某よりもサキノ殿のほうが適任では?」


 副団長は騎士長(大隊長)の中から選ばれるのが慣例で、サキノは元騎士長だったのだから、なんの問題もない。

 だが、この話はサキノと相談して決めたことで、そのサキノが副団長はソーサーがいいと推挙したのだ。

 ソーサーの能力は騎士長や副団長の職務を遂行する域に、十分に達しているだろう。


「いや、サキノにはこのままアーデン騎士団を任せる。ただし、ソーサーに任せていたアーデン軍をアーデン騎士団に併合することにした」


 アーデン家の実戦部隊の全てを、サキノに任せることになる。そして、皇帝を始めとした皇族を守る騎士団は、ソーサーに任せようと思った。もちろん、俺が騎士団長として手綱は握るが。


「分かっていると思うが、騎士たちの矢面に立つのはソーサーだ。それが嫌だと言うのであれば、辞退しても構わん」

「そのように言われては、お断りするわけにはいきません。このソーサー・ベルグ、副団長の大任をお受けいたします」


「うむ、それでいい」


 サキノにアルゴン迷宮探索の準備を任せ、俺とソーサーは騎士団の本部がある帝城内の一角に向かった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る