旦那様、愛人を作ってもいいですか?
ひろか
私のこんな一生。
「これは術師の血筋を残すための結婚だと、理解しているだろう」
んん?
「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと」
んんん?
「子供を何人か作れば周りも納得するだろう、その後で君も自由にすればいい」
んんー?
「しかし、私は外に子供を作る気はないから、君もそのつもりでいてくれ。面倒ごとを増やさないように」
「…………」
私、本日結婚いたしました。政略結婚ですけどね。
で、これ、旦那様から、初夜での言葉ですよ。新妻に向けての言葉がこれですよ?
ないわ。これはないわ。
私は祝福を持って生まれた、“神の愛し子”なんて呼ばれる前世の記憶持ちなのです。
ニホンという国で生きた記憶が断片的にある、アリシア・ニルセンじゃないわね、籍も入れたからアリシア・センベル、十八歳です。
高等部を卒業したて、肌が水を弾くピチピチの乙女です。中身は、美筋肉イケオジ観察が趣味だった四六歳の完熟女ですけどね?
そんな私が生まれたこの世界は、ニホンなんて存在しない異世界だったのです。
小さな頃からニホンで生きた記憶はポツポツ持っていたけれど、私が“神の愛し子”と呼ばれる転生者だと知ったのは小等部へ入る為の魔力測定でのこと。
魂の色が違うと。
この世界の神が作った魂ではないと。
これは魂の交換。神は定期的に自分の作った魂と、異界の神が作った魂を交換留学させているらしいのです。なんてこったいだよ。
ということで、ニホンの前世持ちはそれほど珍しくないようなのですが、この世界は魔法ありの幻想世界! なのに残念なことに、魔法なんて扱えないニホン産魂。しかしこの世界の神さまは大なり小なり、魔力を持っているのが当たり前のこの世界で、生活に不便ないようにと、山盛りの加護をつけてくれるのです。
しかも、産まれにくいと云われる、魔術を扱う者をポコポコ産むらしい。
と、いうことで、私、アリシアは代々優秀な術師を出している高位貴族と、政略結婚したのでした。はい、拍手ー。ぱちぱちー。
なのに、この言葉ですよ? 初夜でこの言葉ですよ? なくない?
いや、なんとなく知ってましたよ? この旦那さま、五つ上で、前世の記憶からも顔だけは観賞用になるイケメンですし、そりゃもう、よぉく、おモテになられてるって、知ってましたよ? 外に愛人がひー、ふー、みー、って、片手じゃ足りないほどいらっしゃるのも、知ってましたよ?
とか、いろいろ考えてたら初夜の行事終了です。
はぁ、と汗を拭う旦那さまの色気モレモレの表情は、前世ならヨダレもの。そんなことを考える余裕がある状態の私です。
「ふん、慣れていない女はめんどくさいな……」
ブチリと、自分の中で何かが切れる音を聞きました。
私の両親も政略結婚ですが、横から見ていて恥ずかしいほどのラブラブ夫婦。それに妹大スッキーな二人の兄。その中で末娘の私が溺愛されるのは当然の状態。その上、“神の愛し子”であれば溺愛も増し増し。過保護にそれはもう大切にされてきましたよ。そんな状況であっても与えられる愛情に、胡座をかいた我が儘娘に育たなかったのは、四六年ある前世の記憶があるからのこと。
今の年齢にプラス四六年ですよ。
「旦那様」
シーツを巻きつけて身体を起こした私の低い声に、旦那さまは眉を寄せています。
「旦那様は、私が前世の記憶を持っていることを、ご存知ですよね?」
「……“神の愛し子”であるからこその政略結婚だろ。それが、どうした」
旦那様はまだ分かっていない。
「私にはニホンで生きた四六年の記憶があります」
「それは以前聞いた……」
「コチラでは初めてでも、アチラでは、私も男性との経験があるということです。複数」
「…………え?」
旦那様はタブーを侵しました。
閨で他の女と比べるなんて。
「ガッカリしましたわ」
大げさに溜め息をついてやります。
「何を、だ……」
揺れる瞳から旦那様の動揺が見えます。
「旦那様には少なくない数の愛人がいらっしゃるので、私、期待、していたんですのよ?」
きたい? と開いたクチから音が出ない旦那様です。表情から私が何を期待していたのか、正しく理解されたようです。
「ガッカリしましたわ」
繰り返し、旦那様から、旦那様の息子様の位置に目を移し、ゆっくり逸らした私。旦那様が息を飲んだ様子が伺えました。
ねぇ、比べられるのはどんな気分ですか?
またゆっくりと目を向ければ、真っ青な顔をした旦那様です。
構わずトドメを刺します。
「自己満足の
旦那様の愛人は皆が何処かの婦人や未亡人。自分よりも経験の少ない年下の男性を愛人に持つ強かな
つまり皆がリードする側で奉仕されるのは旦那様。
複数の愛人を囲っているという話は聞いていましたが、この様子では閨での姿も想像できますわ。
「私、ガッカリしましたわ」
「旦那様の
現人生経験と合わせて六四年間。
対して旦那様は私の半分にも満たない、二三歳のお子様。顔は良いが前世の
何のしがらみもなく、お一人様を満喫していた前世の私には、美筋肉イケオジは画面越しの観賞用ではない。直接触れて、肌で熱を感じるお付き合いも少なくなかった。
「ねぇ、旦那様?」
過去と比べられることが、どれほど屈辱か、理解していただけまして?
そして――
「アリシア」
極甘な囁きは旦那様です。
「アリシア」
夜会に出ても腰を抱き、ひと時も離そうとしなくなりました。
なんでこうなった?
何が、どう、旦那様の中で解釈され、この行動に繋がらせたのかは分かりません。
初夜の言葉はどうした?
私が騎士の制服に身を包んだ美筋肉にうっとりと目を向けると、嫉妬も隠さず、「私だけを見ていればいい」と惚気に周囲からの生温い視線を集めています。
なぜに、受けるの愛しか知らなかった旦那様が、与える愛に目覚めたのか。
旦那様は愛人とは全て縁を切ったようです、閨では丁寧に優しく、しかし私の反応を探るような様子に、私の過去への拘りが見れます。
自分と、私の過去の男たちとを比べる旦那様。
私の中での一番でも目差しているのでしょうか?
それは無理ですわ、旦那様。
好みはやはり前世のまま、美筋肉!
微筋肉の
時が経てば、初夜の言葉通り、私が美筋肉の愛人を持つことを許してくださるでしょう。
そう信じてましたのに――
「おじーさま、おかえりなさーい」
「おじぃたまぁー、おかーりなさーい」
「ルディ、エイミ、ただいま」
私は旦那様との間に三男三女をもうけました。見事に皆、魔力量の多い子供たちですわ。
可愛い私たちの孫、五歳になったばかりのルディと三歳のエイミ、二人の頭を撫で、抱きしめ、そして、変わらない微笑みで私に振り返ります。
「アリシア、ただいま」
とろりと甘く囁いて跪き、そっと私の皺くちゃな手を握ります。
「おかえりなさい、旦那様」
――美筋肉の愛人を持たせてくれると思っていたのに。
「アリシアの好きなマドレーヌがあるよ」
「嬉しいわ、ありがとう、旦那様」
――時が経てばすぐに離れていくと思ってたのに。
「お茶の用意をさせたよ、行こう」
そう言い、私の車椅子を押してくれます。
――旦那様はただ人とは違う長寿な術師なのだから。
魔力を多く持つ術師は寿命もとても長く、二十代から三十代で身体の成長を止め、魔力の衰えとともにゆっくり歳をとっていくもの。
婚姻して六十年。私はすっかり皺くちゃなおばぁちゃんなのに、旦那様は三十代前半の、落ちつきの出たイケメン姿のまま。
まさか、変わらないでいてくれるなんて……。
「美筋肉イケオジの愛人が持てなかったわ」
「アリシア……、まだ諦めてなかったのかい?」
後ろで大きくため息が聞こえました。
「私はいつになったら君の一番になれるんだ……」
あらやだ、まだ、拘ってたの?
「ふふ、とっくに一番ですよ、前世の生を合わせても、アルセル様が一番ですわ」
あら? 車椅子が止まりましたけど?
「アルセル様?」
「…………」
あらやだ。
真っ赤になった旦那様が固まってますわ。
「ふふ……」
たった一人に想われた人生も、意外といいものですわね。
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