第3話 神官殺しと近衛師団長
(とにかく一刻も早く、聖女エミリアを殺す。)
そう心に決めたティナは、覚醒した当日、エミリアの殺害を決行することにした。
動きやすい服装に身を包み、フードつきのローブを着て顔と髪を隠す。ローブの中に、家にあった剣を隠し持った。
ティナには武術の心得はないが、それは向こうも同じで、虚をつけば殺すこと自体は簡単なはずだ。以前のループでも、エミリアを殺害したことがあった。
(まだこの時期ならば、エミリアは神の力に目覚めてもおらず、神殿で下働きをしているはず…)
神殿は、王都の郊外にある。午前中、ティナは神殿に参拝するといって、馬車で神殿まで乗り付けた。
神殿には一人で入りたい、と供の者を門外で待たせて、神殿に入ると見せかけ、裏手に回る。神殿の裏手には簡易的な薬草畑があり、下働きの下級神官がその世話をしている。
ティナが薬草畑を見渡すと、ちょうどエミリアが一人で作業をしているところだった。神殿の下級神官は、あまり数が多いわけではない。午前中は参拝者も多く、そちらに人手が割かれるので、もしエミリアが畑番だったら、一人でいるところを狙えるかもしれない…そんなティナの読みが当たった。
(いた。エミリア…ちょうど一人だ…。)
しかも、都合よく神殿からは木の陰に隠れて見えない。ここでエミリアを背後から襲い、返り血を浴びたローブと剣を捨てて馬車に戻る。剣には、持ち主を特定できる銘は入っていない。
そもそも、ここは令和の東京ではない。現行犯で見つかりさえしなければ…いや、仮に見つかったとしても…ティナには宰相の父、そして婚約者の王太子という絶大な後ろ楯がある。下級貴族の三女の下級神官を一人殺したところで、父や婚約者の権力でどうとでも揉み消すことができる。聖女として台頭する前のエミリアなど、本来ティナの敵ではないのだ。
ティナは、エミリアの背後2メートルまで近づき、剣を鞘から抜く。これから神の特別な力を授かり、王太子にまで見初められるなどとは知るよしもない彼女は、かがんで雑草をむしっていた。銀色の髪のあいだ、無防備な首筋が外気にさらされていた。ここを斬ってください、と言わんばかりに。
そして、エミリアは、ティナが背後に立っても、全く気がつかなかった。
(…
ティナは目をつぶり、渾身の力を込めて、剣を振り下ろした。
がきんっ
次の瞬間、ティナが感じたのは、剣がエミリアの肉と骨をえぐる感触…ではなかった。
なにか固い金属のようなものとぶつかり、剣が弾かれる。強い衝撃に手がしびれ、ティナはつい剣を取り落とした。
「きゃああああ!」
ようやく自分が襲われていることに気づいたのか、エミリアの悲鳴が聞こえた。
ティナはしびれる手首を押さえながら、二、三歩よろけながら下がった。見ると、赤い髪の男が、エミリアを背後に庇うようにして立ち、ティナに向かって剣を構えている。男は、大声で威嚇するように言った。
「神聖なる王都の神官殿と知っての狼藉か!何者だ!」
ティナは、答えることができなかった。喉がかすれて、言葉が出ない。それくらい、今、目の前で起きていることに驚愕していた。
今までも何回もエミリアを襲い、殺してきたが、こんな邪魔が入ることはなかった。だいたいいつだって、午前中に神殿裏手の薬草畑に赴けば、エミリアが一人で作業をしていて、殺そうと思って殺し損ねたことなどなかったのだ。
(なんで、今回に限って、邪魔が入るの!?シナリオが変わった?しかもこいつ…。)
「王都での不埒は、この俺が許さんぞ!近衛師団長エドガルドの名にかけて!」
ティナは、今までの101回のループで、この男を見たことがあった。
最後、ティナや父宰相を追い詰め、引き捕らえる近衛師団長エドガルド・ソレルだった。
(とにかく、失敗だわ…どうしてこいつがここにいるのか、わからないけど!)
国王直轄の精鋭兵集団である近衛師団の長をつとめるエドガルドは、王国でも一、二を争う剣の遣い手だ。彼と対峙するのは、無防備な女神官を背後から襲うのとは訳が違う。ティナは、剣術など知らないのだから。
ティナはすくむ足に鞭うって、逃げ出した。
「待て!逃がさんぞ!」
すぐに追い付かれ、斬りかかられる。肩から背中、腰にかけて、激痛が走り、もんどり打って倒れた。
倒れたティナに馬乗りになったエドガルドが、ローブを剥ぐ。この世界でも珍しい緑の髪が露わになった。
「お前…いや、貴女は…カリスト宰相の…!」
遠退く意識のなかで、エドガルドの困惑した声が響く。
「ヴァレンティナ様…なぜ!」
なぜ?そんなことは決まっている。
この茶番を終わらせて、元の世界に戻るためだ…。
しかしそんな言葉が声になることはなく、ティナはそのまま息絶えた。
覚醒から3時間たらず。102回目のループは、最短記録を塗り替えて終結した。
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