いまだかつてここまで振り回されたことがあったろうか
「先輩、一体どこ向かってるんですか?」
成り行き上一緒に歩くことになった蒲郡が、不思議そうな顔をして尋ねてくる。
「……カッパビル」
「は?」
うわ、なんか今、素で「こいつ何言ってんだろ」みたいな表情浮かべてるんだけどこの子。超怖い。
「
「ああ、何だ、Kビルのことですか。というか先輩、Kビルのことカッパビルって言ってる人他にいないですよ」
「正式名称が
そうなのだ。
なぜその名前がついているのか、というと、別に神宮市に河童の伝説があるからというわけではなく、ただ……ただなんでだ? なぜ神宮のKではなく、ギリシャ文字なんだ? 分からん。
……。
俺が由来の謎にぶち当たったところで、蒲郡がまた尋ねてきた。
「Kビルで何するんですか?」
「図書館で勉強」
「えー、先輩真面目ですか?」
「ほっとけ」
その後駅ビルまで歩いていったのだが、帰るはずだった蒲郡が俺と一緒にビル内の図書館へとついてきた。
「……帰るんじゃなかったの?」
「気が変わったんです。私も勉強していくことにしました。駄目ですか?」
「別にいいけど」
「先輩何時までやる予定ですか?」
「九時とかな」
「……ご飯どうするんです? お腹減りません?」
「腹減ったほうが頭は冴えるんだぜ」
「……まあ、どうでもいいですけど」
それからエスカレーターを上がっていき、図書館に入って自習室の机についた。
勉強用具を取り出し、まず宿題に取り掛かる。
*
二時間ほど経過したときのこと。
不意に、勉強していた俺の肩を叩く者があった。見ると、すぐそばに蒲郡が立っていた。
メモ用紙をこちらに渡してくる。
『夜ご飯、下で食べましょう』
メモにはそう書かれてある。
タイミングよく、俺の腹が鳴った。それを聞いた蒲郡はにんまりした。
……たまには外食をするのもいいか。
俺は母親に外で食べる旨を伝え、財布を持って蒲郡と一緒に図書館の外に出ていった。
「ほんとに勉強してるんですね。先輩の冗談かと思いました」
「勉強する、がジョークになる時代は滅びたんだ」
「行きたい大学でもあるんですか?」
「……一応な」
「へぇ、どこですか?」
「いやだ。教えない」
「けち」
エスカレーターで降りながらそんなやり取りをした。
そして適当に、ビルの中に入っているレストランに入って夕食をとったのだが、俺は蒲郡がほとんど初対面の人間に対して、ここまで馴れ馴れしくする理由がよくわからなかったので、尋ねてみた。
「……蒲郡さ、誰に対してもこんなんなのか?」
飲み物を飲んでいた蒲郡は、こちらに視線を向けてから、口の中のものを飲み下して
「なんの話ですか?」
と聞いてくる。
「誰に対しても距離が近いというか、俺なんか今日初めて会ったのに、妙に絡んでくるというか」
「あ~。……でも先輩は初対面って感じしないですね。なんでだろ? 放送聞いてるからかな? あと先輩、妹さんいますよね? 穂波ちゃん」
「ああ」
「ほなみちゃんと話してて、それで親近感が湧いたのかもです」
「ほーん」
「……でも」蒲郡は、一旦言葉を切り前屈みになって俺の方に顔を近づけてきた。そしてぽしょぽしょと「こんなことするの先輩だけですよ?」
「ああそうなの。まあ、とりあえず落ち着け」
俺は宥めるように、腰を下ろすよう指示を出す。
「もう! 落ち着いてますよ!」
蒲郡は抗議したが、俺は構わなかった。
「なんか先輩って変です」
口を尖らせてて彼女は言う。
「そりゃ随分なご評価で」
「だからかな、ちょっと気になります」
「そうですか」
俺が動じずそっけない反応なのが不満なのか、蒲郡はまたふくれっ面をした。
*
それからまた図書館で勉強して、閉館時間になったから、蒲郡を駅の改札まで見送り、俺も帰路についた。
それで家についてからのこと。
風呂上がりに何気なくスマホを見てみれば、ちょうど蒲郡からの着信があった。
『あ、もしもし。私です。今いいですか?』
「構わんが」
『あの今度の土曜日なんですけど、先輩暇ですか? 暇ですよね。だからちょっと遊びましょうよ。場所は名駅の金時計集合で朝の十時に。よろしくです! おやすみなさい』
「あ、おい」
俺がなにか答える前に、蒲郡は電話を切った。
今度の土曜って明日じゃねえかよ。
俺は色々文句があったので、メールを打って送ってみたのだが、反応はない。もう寝たのだろうか?
「……まじかよ。は? どうすんだよこれ」
どうすればいいかなんて、一人で考えて分かるはずもなかったから、誰かに相談したい気分だった。
しかし頼みの綱の穂波はもう寝てるようだし、一体誰に相談すれば……。
あいつらに聞くとか?
だがこれを橘に相談するのは躊躇われた。あいつに話したら絶対面倒なことになるって分かっているからだ。
ここは一つ安曇さんの助言でももらっておくかと、俺はスマホを手に取りラインを起動した。
打ち始めた文言を見て、なんだか堅苦しくてしっくり来ないと感じた俺は、女子高生とうまく連絡を取るなら、彼女らのやり方に従うのが吉と思い、顔文字を駆使して、ギャルっぽいメールを打つ。
「やぽぉ〜(≧▽≦)元気ぃ?! モトキだょ〜 ◝( ゜∀ ゜ )◟ 。なんかぁ、相談したいことがあるんだけど、いまだいじょぶぅ?!(ノ゜0゜)ノ~」
よし。送信。
送ってからすぐに既読の印がついた。
須臾にして電話がなった。
「あ、えっと、俺だけど」
『いや分かってるし。どうかしたの? なんかあった?』
なんか明らかに、心配そうな感じなんだけど。ギャルメール作戦超失敗なんだけど。ウケるwww
俺は咳払いして気を取り直して
「夜だけどいいか?」
『うん平気』
「なんか、蒲郡に今度の土曜会えないかって聞かれたんだけど」
『……へぇ。なんて答えたの?』
「返事する前にブッチされて、以後連絡がつかん。これ行かなかんかな?」
『……行ってあげたら? 何か、まるもんに相談があるのかもだし』
「……相談か」
『うん』
なるほど。確かに、それなら蒲郡が会って間もない俺と休日に会う理由にはなる。これでも俺たち放送部は一年に渡って様々な生徒達の相談に乗ってきた。その実績はこの高校に入学してまだ日が浅いとはいえ、執行部に所属する彼女なら周りの先輩などから聞く機会もあったろう。
「だったら、安曇も来てくれないか?」
正直言って女子高生の相談に俺一人で太刀打ちできるとは思えない。
『えー……。私は別にいいんだけど、茉織ちゃんが嫌がるんじゃないかなぁ。ほら、茉織ちゃんがまるもんのこと信頼して相談しようとしてるなら、そこで他の人に話してたらちょっと嫌じゃん、って思うよ。……女の子的には』
「うーん。なるほど」
『真摯に話聞いてあげれば大丈夫だよ!』
*
翌日。言われたとおり、十時に名古屋駅に俺は来ていた。今朝出るとき穂波には「また別な女の子とお出かけするんだ」と胡乱げな視線を向けられていた。やめろ、そういう誤解を生む言い方は。
俺が来てからすぐに蒲郡はやってきた。
「せんぱーい。お待たせしました!」
シンプルなワンピースだったが、それ故彼女の容姿が引き立ち華やかだった。
「……俺も今来たところだ」
「そうですか。良かったです」
「でどこ行くの?」
「……え、先輩がデートコース考えてくれんじゃないんですか?」
「デート?」
「そうです! 今日はデートですよ!」
蒲郡はそう言って、得意げに胸を張っていた。
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