ウインターヴェイケイション
「ねえ、今日どこ行くの?」
「水族館だよ」
「キャッ! 私お魚だーい好き」
そんなまるでバカップルがしそうなバカみたいな会話を、聞きたくもないのに耳に入れていた。
別にバカップルが何を話そうが俺には関係ないが、電車の中では静かにしましょうと、ママに習わなかったのかなチミたち?
見渡せばあちらこちらでいちゃいちゃいちゃいちゃ。今日は嫌に発情した
……人は見たいものだけを見るという知見があるが、その論理でいくと俺がバカップルを見て微笑ましく思える素敵な人になるわけだが、そこまで人ができているわけではない、と俺自身がよく知っている。
ではどういうことだろう? 俺がそれに価値を見出しているとでも言うのだろうか?
……べ別に、羨ましくなんかないんだかんね!! 勘違いしないでよね!!
こほんこほん。いかんいかん。落ち着け俺。
苦しいときの神頼みとはよく言う。結局全て自分でやらないといけないのだが、ついつい天に祈ってしまうときがある。
多くの日本人は神の存在など信じていないのに、何かあれば「神様お願いします」と呟くのだ。
おそらく今日もそういう日なのだろう。
今日は十二月二十四日。イエス・キリストの爆誕を祝う日の前日である。教会的には日暮れを以て日付を変更するので、今晩はクリスマスの日の夜、すなわちクリスマスイヴとなる。
主の誕生を祝うため、みんなで教会に行こう。そういう日だ。
今晩は聖なる夜。セイナルヨル。……性なる夜?
あれ、今日ってなんの日だっけ?
クリスマスってなんだっけ?
……ああああああああああああああああああああああああ!!!!
よし。振り出しに戻ろう。
今日は十二月二十四日。よくわからんが、この国では異性と過ごすための日となっている。今日という日に学生の部活、サークルは忘年会を開くことで、絵踏み……じゃなかった、裏切り者の炙り出……じゃなかった、一致団結を図ることができる。
クリボッチ
みんなで集まりゃ
怖くない
ちな、その場にいないやつは、極刑な。
嘘嘘、冗談ですよ。本気だけど。でも俺には俺を裏切るような友達がそもそもいないから、オッケーです!!
クリスマスを理由にひと儲けしようという、企業の魂胆が見えないでもないが、まんざらでもないのが国民の総意らしい。お祭り大好きな日本国民の哀れな習性だろうか。
騒げるなら、異国の宗教だろうが、祭りだろうが、ゴシップだろうが、著名人の不祥事だろうが、乗れる波には乗って、盛大に盛り上がるのが我々日本国民という生き物なのだ。
別に誰が誰とひっつこうが、
ちなみに千年に一人の美少女は俺の嫁だから、手出した男はまじで許さないかんな。
違う、そういう話じゃなくて。
会ったことのない人間の、色恋沙汰でギャーギャー騒ぐくらいならまだ可愛げがあるが、クリスマス云々に関してはもっと根源的で、切実な望みもはらんでいる。
生命の本質として、別に否定すべきものではないが、イベントの力を借りて、雰囲気で押して、周りに流されてするというのも、どうかと思う。
端的に言うと、あなたたち交尾したいだけですね。
……そうか分かったぞ。
国は少子化問題を解決しようと躍起になっているが「お子さんやお孫さんにぜひ、子どもを最低三人くらい産むようにお願いしてもらいたい」などと公の場で言う前に、クリスマス的なイベントを増やせばいいのではないだろうか?
その日の晩は大規模な計画停電を行い、人々を手持ち無沙汰にすれば、他にすることもないので確実に行為に及ぶ人間が増える(雑)。
そうすれば自ずとセイヤが増えるので、少子化問題も解決される(適当)。
というわけで手始めに上皇陛下のお誕生日を祝日にしていただきたい。そして十二月二十三日から十月十日後に子供を生んだ夫婦には、お祝いを上げればいい。そうすれば出生数もV字回復するだろう。知らんけど。
……日本万歳!!
兎にも角にも、周りに合わさなければ気の済まない、この国民性は見直されるべきだな。今のままではいけないと思います。だからこそ、日本は今のままではいけないと思っている。
ほんとにヤバいですね。
閑話休題。
ごちゃごちゃと言っては見るものの、俺のような精神の熟達した人間にとっては、同調圧力など無力に等しいので、すこぶる平静な心持ちで今日を迎えることができたはずだ。だから俺としては家でのんびりしているので、一向に構わなかったのだ。
それなのに
「まるモン遅い!」
「人を待たせるなんて、あなたも偉くなったものね」
名駅前の映画館の入ったビルのエントランスで、女子二人になじられる事態になっていた。
数日前に安曇が「クリスマス会しよ!」という提案をしてくれたおかげで、受験を控えた妹を抱える身でありながら、こんな人混みに出てくることになった。
実際、それを言い訳にして断ろうとも思ったのだ。しかしまるで示し合わせたかのように、妹からメールが来ていて『クリスマス会の誘い断ったらお兄ちゃんのこと嫌いになるから』と。
妹に嫌われたら生きていける気がしなかったので、渋々彼女の提案を承諾した次第である。
「遅くないだろ。時間通りだ。お前らが早く来すぎなんだよ」
「何を言っているのかしら。男女が待ち合わせをするときは、女の子が『ごっめーん! 待ったぁ?』ってぶりっ子しながら言って、男が『今来たところだよ』って、本当は楽しみすぎてブヒブヒ言いながら、三十分前に来ていたのに、そういう、女の子に気後れさせさせないような気遣いをするというのが、お決まりでしょう」
「……ごめん。ツッコミどころありすぎて、ツッコむ気なくなったから何も言わねえ」
「でも美幸ちゃん、『花丸くん、どうしたのかしら。何かあったのかしら』ってずっとソワソワしてたんだよ」
……それはなんという。いや、ホント遅くてごめ──
「本当よ。拘置所に行って身元引受人にならないといけないのではないかと……。……心配、させないでよね」
そう言って、うるうるした瞳で見てくるけど、台詞の使いみちを間違えてるよ君。
「なんで俺が悪事を働いたことになるんだよ!?」
「ギャーギャー騒ぐのやめてもらえる?」
ぐぬぬ。
一息ついて、彼女らの服装をチラと見てみる。
橘はベージュのコートに、チェックのミニスカを履いて、その下に黒タイツを履いている。スタイルがいいから何でも似合うんだよなあ。
安曇は暗めの赤のコートに、裾の広がったパンツを履いている。確か穂波もこんなの持っていた。なんて名前だったか? ……えっと
「安曇が履いてるのって、ガウチョってやつか?」
と本人に尋ねた。
「え? そうだけど、なんで知ってんの? ……ちょっと引く」
と顔を引つらせている安曇の横で
「花丸くん、女装趣味があったの?」
ちょっと橘さん。なんでそんな気色悪いものを見るような目で見てくるかな?
なんか思いつめた顔で「……いえ。そういうのは個人の自由よね。LGBTの権利は守られるべきよね」とかなんとかブツブツ言ってるけど。
「……いや、別に女装趣味とかないから」
「ということは、女の子を誘い込んで、着せ替え人形にさせているとでも言うの!?」
「おい待て」
「ねえねえ、これ何色っていうかわかる?」
と安曇が腕を広げて尋ねてくる。コートの色について聞いているのだろう。暗赤色というか、赤褐色というか……。
「……静脈血の色?」
「なんでそうなるの!? 色の名前じゃないじゃん!!」
「じゃあなんていうんだ?」
「ボルドーだよボルドー」
「ボジョレーつったら、ワインが有名だよな。ワインレッドと何が違うんだ?」
「確かにワインの産地だけど、ボジョレーじゃなくてボルドー! 似てるけど違う色だし!!」
「ボンド? よくひっつきそうな名前だな」
「違う! ボンドじゃなくてボルドー!」
「あーはいはい。レンチで締めるやつな。知ってる知ってる」
「それはボルトでしょ!! そうじゃなくてボルドー!」
「ああ理解理解。ボルドー産のワインでガチョウを美味しく頂くってことだな。可愛い可愛い。可愛すぎてよだれ出てきそう」
注 ガチョウとガウチョは似て非なるものです。
「……まるモン、いじわるだよ。バーカバーカ」
そう言って、安曇は拗ねてしまった。
いけね。ちょっとやりすぎた。
「冗談だって、よく似合ってるよ」
そう言ったのに、キッと睨んでくる。
まずったなあと思っていたら
「ねえ花丸くん。私のコートもいじってよ」
と橘が袖を引っ張ってくる。
……。
「今更だけど、このくだり前にもやったよな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます