八、知恵の実

真っ赤な林檎をたわわに実らす木の下で

少女が独り、

懸命に手を伸ばしている。


茶色い巻き毛が陽に透けて、

ふわふわ揺れるそばかすの頬。


小さな背丈を少しでも高くしようと

小さな両足で爪先立って、

小さな手の平を天に向けている。


「そんなにこの実が欲しいのかい」


親切な男がやって来て、

少女に一つ、赤い林檎をもいでやった。


途端に少女は泣きじゃくる。


真っ赤な色した風船が

青い空へと消えてった。





どうして林檎が丸いか知ってるかい?

それは知恵が詰まっているからだよ。


知恵というのは魂のことさ。

生きる知恵が本能で、暮らす知恵が理性なのさ。

人の魂はその半分ずつでできている。


だけどね、お前の知恵が林檎に詰まっているかは分からない。

かつてはそこにあったのだけどね。

アダムとイブの頃の話さ。


今ではいろんなものに知恵が詰まっている。

なぜって、人は何度も死んで、生まれているだろう?

そのたんびに知恵の入れ物が変わるのさ。


お前の知恵はどこにあるのだろうね?

まあるいものなら、なんにだって知恵は宿るんだ。

そう、例えば目玉とかね。

生きている人間の魂は、大抵そこに宿っているねえ。


ところでどうして風船が軽いか知っているかい?

そうさ、天へと昇る死者の魂が詰まっているのさ。

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