第8話

 チカの病気が発覚したのは、あれは、いつの頃だっただろうか。


 あまり覚えていない。でも、会社の健康診断でわかったのだから、春だったのだろう。

 

 健康診断を実施した病院から連絡があり、翌日には入院となった。入院する日の朝、準備するチカの代わりに、早朝私が病院まで紹介状を取りに行った。

 


 私が事態を飲み込む前に、次々と物事が押し寄せてきた。

 

 チカは自分の病気のことを聞いたその日のうちに、職場へ休職する旨を伝え、職場に置いてあった自分の荷物を引き取り、入院に必要なものを買いそろえ、実家へと連絡した。

 私が聞いたのは仕事を定時であがり、家に帰り着いた後だった。大方の準備は終えられていた。チカは私にすまなさそうに、翌日の朝、紹介状を病院まで取りに行ってくれるように頼んだ。

 

 私が病院まで行っている間に、チカは家にある自分の荷物さえも片付けていた。

まるで死にに行くみたいだ。そう感じたが、冗談でも口にできなかった。

 

 お義父さんもすぐにこちらへきた。仕事もあるため、とりあえず一週間の滞在予定だった。私たちの家へ泊まるように強くすすめたのだが、すぐに病院へと行ける駅前のホテルのほうが良いと断られた。

 確かに、家からでは通うには少し不便であった。直線的には近いのだが、交通機関を使うと遠回りになってしまう。私も同じホテルをとろうとして、チカにとめられた。

 治療は長く続くのだから、毎日お見舞いにこなくても大丈夫だと。それよりも私のほうが倒れてしまわないように、チカは気遣ってくれた。

 

 そうは言われたが、私は毎日仕事終わりにチカの病室へ寄り、洗濯物を受け取り、新しいものを届け、必要なものはすぐに買いに行き、そして、なにもなくても、ただ話すために通った。

 

 お義父さんは予定通り一週間で一度実家へ戻っていった。

 私の両親もお見舞いに来てくれた。母は私のために、保存のきく料理を冷蔵庫いっぱいに作って帰って行った。

 

 点滴治療の一周めが終わり、一時帰宅の日のことだ。

 私は何日も前から部屋を掃除して、チカが快適に過ごせるように準備していた。仕事も有給をとり、土日を合わせて一週間ほど休むつもりだった。

 病院までチカを迎えに行き、タクシーで自宅まで戻った。タクシーを降り、チカを支えエレベータで三階へ。玄関前、鍵を開けるため、チカからほんの一瞬手を放した瞬間に、チカが倒れた。

 

 自宅へ入る間もなく病院へと運ばれ、そして生きて戻ることはなかった。

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