第6話
その日から、チカと付き合うことになった。
そのことに一番驚いているのは、もちろん私だった。あの日の私は、唐突にわかったチカへの思いを本人に伝えられれば良い、本人に知っていて欲しい、という程度の考えだったのだ。
高校生なのだから思いを伝えれば、付き合うか付き合わないか、という話なるのだということを失念していた。それに、チカがそういう一般の高校生らしい反応を見せたことにも、私は驚いた。
チカは異性に興味があまりないだろう、と想像していた。
放課後も休日もサッカーの練習に明け暮れていたし、学校の成績も優秀だった。つまり一日で自由に使える時間を、ほぼその二つに使っているのだと、私も、そしてクラスメイトの大半も思い込んでいた。
だから、交際するということは、少なくとも私のために、時間を割こうとチカは考えてくれたのだ。そう考えると、とても嬉しかった。
実際のところは、高校生時代のチカと私は、交際しているといえるようなイベントは、ほぼなかった。
どこかへ出かけることもなかったし、家が離れていたため、放課後一緒に帰るということもしなかった。そもそも、部活をしているチカと私は帰宅時間が異なっていた。
三年生になって志望校別にクラス分けがなされた。これでチカともクラスが離れてしまうだろうと思っていた。チカに私立大学のサッカー部から、特待生の誘いがきていることを知っていたからだ。校内でもその噂が密かに流れていた。
受験勉強よりサッカーを優先しても良くなるのだ。チカは当然その誘いに乗るだろうと考えられていた。
ところが、チカは私と同じく国立文系クラスに入った。
詳しいことは話さなかったが、悩んでいたように思う。
特待生として大学に入学すれば学費の心配は、おそらくなくるだろうが、大学卒業後の進路について不安がついてまわる。
チカはずっと先のことまで考えているようだった。私には見えていないものを見ているのだろう。私はただ勉強だけはしてきたが、それでも熱心にとはいえず、そして特別将来のことを考えていたわけではない。
学生の間は、ただ勉強だけきちんとしていれば、とりあえずは安心できる。そして就職したら、仕事だけはきちんとしていれば、とりあえずは安心できるだろうと、曖昧に想像していた。
十年後や二十年後の自分がどうなっているかなんて、子供の頃に書かされた将来の夢以上のことは浮かばなかった。
大学は別々へ進んだ。
チカが悩んだ末に、特待生の話を受けたことが、私は自分の合格よりも嬉しかった。
私は東京に引っ越して、伯母の家にお世話になった。一人暮らしの方が気を使わなくて良いのだが、できるだけお金を貯めたかった。チカに会いに行くために。
大学の四年間は月に一回、顔を合わせられれば良い方だった。
チカはサッカーの練習と勉強と、忙しそうだったが、それは高校時代と変わらないことだった。
私は寂しかっただろうか。周囲の恋人たちは毎日のように会い、頻繁に連絡を取り合っていた。
思い返して、その時代が辛かったとは思わない。当時は当時で楽しかったのだ。でも、たとえば、もう一度やり直せるとしたら、チカと一緒にいられる時間が長い方を選びたい。
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