第16話 初夏の裏庭
美以子の学校生活は、思っていたよりずっと賑やかなものになっていた。
毎朝、教室には井田や多西がやって来て、四人で他愛もない話をして笑い合う。
多西は意外と辛口で、特に教師評になると鋭く、真似までしてみせるものだから、いつもみんなが笑い転げた。
一方の井田は、背が高く顔立ちも整っていて一見クールに見えるが、どこか抜けた発言が多く、すぐ八千代や多西に突っ込まれては、拗ねたように口を尖らせていた。
美以子はというと、いつも静かに笑いながら話を聞いていることが多かった。
けれど、こと教師評に関しては、多西よりも辛辣な一言を放ち、三人を凍りつかせることもある。
昼休みになると、八千代と井田が一緒に食べるようになり、自然と美以子と多西も二人で昼食を取るようになった。
最初は少し気まずかったが、多西がそばにいることで、周囲の過剰な視線も和らいでいった。腫れ物のように扱われていた空気は、少しずつ溶けていくようだった。
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ある日、裏庭のベンチで二人並んで弁当を食べていた時、美以子がぽつりと呟いた。
「多西くんたちのおかげだよ」
季節は初夏。日差しが強くなってきていたが、木々の影が日傘になって、二人のまわりだけが少し涼しかった。
「役に立てたなら、嬉しい」
多西はじゃがまるを頬張りながら、照れたように笑った。
「ね、前に話したことなんだけどさ」
「うん」
「江の島、行こうって井田たちと話してたんだ。夏休み、もうすぐだろ? 思い出になる場所に行きたいねって。……吉池さんも、一緒に行こう。」
以前なら、きっと多西は彼女の反応をうかがいながら遠回しに誘っていた。
でも今は違う。彼は美以子を少しずつ理解し、ちゃんと信じてくれている。
どう?と問われたその瞬間、美以子の中で“迷い”と“願い”が交錯した。
行きたい気持ちは確かにあって、それがそっと手を伸ばしてくる。
「うん、行きたい。楽しみだよ。江の島、初めてなんだ」
美以子の言葉に、多西は心の中で小さくガッツポーズをした。
――やった。
彼の胸の奥には、文化祭の日の後悔がいまだ残っている。
美以子があの日、心ない言葉で深く傷ついたこと。
あのとき、自分がもっと早く前に出ていたら。
彼女の盾になれていたら。
そんな思いが、ずっと消えずにいた。
「俺に責任があるなんて、おこがましいけど」
心の中でそう呟きながら、多西は彼女を見つめた。
それでも――。
目の前にいる美以子は、誰かに傷つけられていい人じゃない。
真っ直ぐで、優しくて、そして少し不器用な人だ。
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多西はもともと、学校があまり好きではなかった。
家では、背負うことが多い。バイトもしなければならない。
学校は、ときどき邪魔にさえ思えてた。
だからこそ、裏庭で眠っていた美以子を見たとき、どこかで自分と重ねていた。
――君も、ここにいたくないの?
そんな言葉を飲み込んで、ただ声をかけた。
あの時、話しかけてよかった。彼女と話していると、少しだけ軽くなる。
今、美以子の笑顔を見ながら、多西は思う。
「学校に来たこと、悪くなかったな」
心の中でそう呟いた。
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