第267話
「ったく! 道康ごときがやってくれたな……」
背中ら腹を貫かれ、大量の出血をした文康。
火の魔術で傷口を無理やり焼き塞いだが、出血が戻るわけでもないため顔色は悪いままだ。
隣の会場で戦う魔人の中には、回復魔術を使える者も存在している。
そいつらが殺される前に回復してもらうためにも、この戦いを早々に終わらせたい。
そう考えた文康は、まずは動けなくなっている弟の道康から仕留めようと近づいて行った。
『ハ、ハハッ! そう言えば、ガキの頃からそうやって俺を下に見ていやがったよな……』
小さい頃から、道康にとって兄は壁となっていた。
何度挑戦しても、兄に勝てたことなど一度もなかった。
そして、負けた自分を見て、兄は見下していた。
殺気を錯綜ともせず迫りくる兄を、横になったまま動けないでいる道康は昔のことを思い出していた。
『たしかに、あんたは天才だよ。鷹藤家の中でも上位に来るほどな。でも、人としての中身が最低だったようだな』
昔から兄は天才として持て囃されてきた。
それを証明するように実力をつけていき、高校生になった時は同年代に並ぶものはいないのではないかと言われていた。
弟として側にいたからこそ、その才能は羨ましかったが、その才能によって天狗になってしまった。
そのせいで色々とやらかし、とうとう犯罪者にまで落ちていった。
自分も鷹藤家の名前で多少の悪さをしてきたが、人の道すら外れて魔人になるなんて、いくら何でも馬鹿としか言いようがない。
兄には勝てないと思ってきたが、中身では負けていなかったことが、道康には嬉しくて仕方なかった。
「……この野郎! ぐっ!」
拳一発で無様に動けなくなっている道康だが、その目はどこか自分を蔑んでいるように見える。
そう見えた文康は怒りが沸き上がり、すぐにでも仕留めてやろうと考えた。
しかし、急激な動きをするとまだ腹の痛みがきついため、早歩きに変えるくらいしかできなかった。
「……殺してやるっ!!」
道康の自分を蔑む目をやめさせてやる。
そんな思いで、間合いまであと少しと近づいたところで文康は刀を振り上げる。
“スッ!!”
「っっっ!?」
道康を仕留めようとしていた文康の視界に、突如何かが入った。
危険を感じ取った文康は、その場から左後退することで右側から迫るものを回避する。
飛んできていたのは魔力球だ。
もしも躱していなかったら、右腕が折られていたかもしれない。
「ジジイ……!」
魔力球が飛んできた先を見ると、そこにいたのは祖父の康義だった。
道康を救うために、ボロボロの体を押しての攻撃を放ったようだ。
“フッ!!”
「……親父っ!?」
康義の攻撃に反応できたことで、怪我を負うことなく済んだ。
そのことに安堵した文康だったが、すぐにあることを思い出す。
祖父の側にいるべき人間がいない。
その姿を探そうと思った瞬間、背後に何かを感じる。
それを確認するために振り向こうとした文康だったが、その視界には自身に迫る刀が目に入った。
“ズバッ!!”
「ぐあーーーっ!!」
魔人となって反射神経が上がっていようとも、体の痛みで動きが鈍っている。
そのため、文康は祖父の側にいるはずの父による死角からの攻撃を躱すことができなかった。
胴を斬り裂くような一撃。
何とか体を捻った文康だったが、康則の攻撃によって左腕が斬り飛ばされた。
「て、てめえ!! こんなことして、それでも父親か!?」
大量の血を撒き散らし、たたらを踏んで後退する文康。
その痛みから、康則に向かって叫び声を上げる。
「祖父と弟を殺そうとしていたくせに何を言っている!」
魔人となった以上、魔闘師にとって敵でしかない。
魔闘師の名門の鷹藤家の人間が、元は自分の子や孫であるからという理由で見逃すわけには立場的にできない。
「たしかに、たとえどんな問題児だろうと、お前は俺の息子だ!」
「だったら……」
「しかし、それも人間だったらの話だ! 魔人になったお前は……、いや、心まで魔人と化したお前はもう息子ではない!!」
康則自身、言っている言葉は最低だと分かっている。
魔人と化した文康を見た時、父の康義とは違い、すぐに殺すという判断はできなかった。
しかし、文康にとって祖父である康義と、弟である道康を殺そうとしているのを見て、その考えは消え失せてしまった。
もう、文康の心までもが、もう魔人と化してしまっているだと理解したからだ。
このまま放置しておけば、文康は自分たち以外の多くの人間に危害を及ぼす可能性がある。
そうさせてはならないと決意した康則は、文康に向かって斬りかかって行った。
「……くそっ!!」
自分に向かって斬りかかってくる父。
その目には涙が浮かんでいる。
いい年をして何を泣いているんだと言いたいところだが、心がモヤモヤとして口に出すことができない。
文康自身気付いていないが、そうなるのはまだ人間だった時の心が残っているからかもしれない。
そんなことに気付くこともなく、文康は迫りくる康則を迎撃するために、残った右手だけで刀を構えた。
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