第155話

「ハァッ!!」


「ぐっ!!」


 康義へ接近したナタニエルは、すぐさま刀で斬りかかる。

 強力な一撃を刀で受け止めた康義は、その威力に思わず声が漏らした。


「フンッ!!」


 一撃を止められたナタニエルは、刀から左手を離す。

 そして、そのまま康義を殴りつけるために振りかぶる。


「ハッ!!」


「っ!!」


 振りかぶった左腕が康義に振るわれる前に、俊夫がナタニエルに攻撃を仕掛けた。

 脇腹目掛けて放たれた俊夫の突きを、ナタニエルはバックステップをして回避した。


「……刀だけでなく、拳闘も混ぜるタイプか」


 大和皇国の魔闘師の多くは、刀を使用した戦闘を好む。

 その中には、刀の攻撃を主としつつ、殴る蹴るの攻撃を混ぜて戦うタイプの人間もいる。

 先程のやり取りから、ナタニエルもそのタイプらしい。

 

「あの力ならその選択も分からなくはない……」


 攻撃を受け止められたナタニエルが拳で攻撃をしようとするとなると、片手を刀から離さなければならない。

 それをするには、片手で持った刀で康義と拮抗した力がないとできないことだ。

 それをすぐさまおこなうだけの強力な力が、先程のナタニエルの攻撃にはあった。

 最初の攻撃を受け止めたことで、康義はナタニエルがその戦闘スタイルを選択した理由に納得した。


「力だけじゃないのが更に面倒ですね……」


「あぁ……」


 康義の反応と言葉から、ナタニエルが相当な力を有していることが分かる。

 それだけなら戦いようはある。

 しかし、先程康義に斬りかかった時の速度が問題だ。

 去年、俊夫が戦ったチーターの魔人であるティベリオ。

 彼に匹敵する程のとんでもない速度だった。

 その速度を相手にしないといけないことに、俊夫と康義は面倒そうに言葉を交わした。


『それにしても……』


 去年のティベリオとの戦いの時、伸に体を操作されたことで戦闘能力が向上した。

 しかし、速度・力が共に強力なナタニエルに、俊夫は一人で相手にするのは少々きついと思っていた。

 康義がいるのは心強いが、この速度の敵相手に初見対応できるか不安だった。

 だが、康義は初撃を防いだ。

 その不安も杞憂だったようだ。


『まだ俺が気にするような相手じゃなかったか……』


 大和皇国最強の男。

 老いたとはいえ、康義は長い間そう呼ばれていた。

 それだけの経験が康義の中には蓄積されている。

 そんな彼を、伸の操作によって実力が上がったことにより、いつの間にか抜いた気分になっていたようだ。

 彼の実力を抜いたと言い切るのはまだ先の話だと、俊夫は今になって気付いた。


「片方があいつの攻撃を防いだら、もう片方が攻撃するという方法で良いかね?」


「そうですね」


 ナタニエルを相手にするには、自分たちが連携して戦わなければ勝てない。

 そのため、康義からの提案を、俊夫は受け入れる。

 鷹藤家と柊家は隣接する地区を担当としている。

 隣だからと言って、連携の訓練をしたことはない。

 生半可な連携はするだけ無駄になる。

 それならば、康義の言うように簡単な決め事をして事に当たった方が上手くいくはず。


「話し合いはもういいか?」


「あぁ……」「…………」


 俊夫と康義が決め事をしているのを、ナタニエルは黙って見ていた。

 それが終わったのを見越したのか、2人に向かって話しかけてくる。

 その余裕の態度にいら立たしく思いつつ、俊夫は返事をする。

 康義はその態度に腹を立てる様子はなく、ただ黙って見ているだけだった。


「ハッ!!」


「シッ!!」「フッ!!」


 少しの間睨み合うと、戦いの再開とばかりに3人は同時に地面を蹴った。






◆◆◆◆◆


「……おいおい、マジかよ……」


 試合会場で大事件が起こっている一方、誘拐事件を解決した伸は、警察車両でホテルへと送ってもらう最中だった。

 試合が気になった伸はスマホで観戦していた。

 綾愛の大会連覇に喜んでいたが、まさかの魔人登場で思わず声を上げてしまった。

 自分がおかしな事件に巻き込まれている時に、まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったからだ。


「よりによってこんな時に……」


 こんなことならワザと誘拐されて、真犯人の特定なんかしない方が良かった。

 睡眠薬を嗅がされてすぐに目を覚ましたのだから、その時に犯人を捕縛してしまえばよかった。


「反省なんてしてる場合じゃないな……」


 スマホの映像を見る限り、現れた魔人は11体。

 特に最初に現れた魔人はかなり強力だ。

 当然観客は逃げ惑っている。

 俊夫たち名家の魔闘師たちが出て来て相手しているが、多くの魔人相手に、会場やその付近にいる魔闘師たちが、どれほどの時間相手できるか分からない。

 このまま、車でホテルに送ってもらっている場合ではない。


“ガチャ!!”


「ちょっ!! 新田君!?」


 ちょうど赤信号になった時、伸は車の扉を開けて外に出る。

 突然のことに、運転していた刑事は思わず声を上げた。


「すいません。流石に高みの見物しているわけにはいかなそうなんで……」


「えっ?」


 魔人の大量出現。

 今年世界中で魔物が大量出現し、多くの被害を出した。

 その時以上の人数の魔人が出現した。

 放置しておけば、この大和皇国もただでは済まない。

 俊夫や綾愛の柊家。

 康義・康則の鷹藤家。

 彼らを中心として立ち向かったとして、魔人全員を抑えきれるか分からない。

 少数なら、いつものように俊夫か綾愛を操作して戦うという手も取れるが、この数となるとその手も使えそうにない。

 いつものように実力を隠し、高見の見物をしている状況は取れないことを伸は悟った。

 そう腹を決めたら行動するのみ。

 運転していた刑事に謝罪の言葉をかけた伸は、身体強化してその場から立ち去った。


「あっ!! 新田君!!」


 伸のスマホと警察無線から、大会会場で大事件が起こっているのは分かっている。

 ホテルは会場から少し離れているので、このまま伸を送ってから会場に向かうつもりでいた。

 だが、その伸がいきなり会場方面に向かって行ってしまい、運転していた刑事は慌てて止めようとする。


「…………速っ!!」


 伸を追おうとした刑事だったが、すぐにそれを諦める。

 止めるべき伸が、たった数秒でもう豆粒のように小さくなっていたからだ。


「彼は一体……」


 あれだけの速度で動くなんて、プロの魔闘師でもそうそういない。

 そもそも、この誘拐事件もおかしかった。

 犯人が捕まった状態で通報があり、現場に駆けつけてみれば被害者が捕まえたという。

 魔術学園の生徒だと言うが、いくら魔術のエリートだからと言ってまだ卵。

 魔術を使える誘拐犯を、難なく捕まえられるなんてただ事ではない。

 そんな実力があるのに、全国大会の選手ではないという。

 この少年は何かあると思っていたが、その思いは正しかったかもしれない。


「……とりあえず、報告するか……」


 送り届けるべき被害者の少年がいなくなってしまった。

 そんなこと報告すれば、上から大目玉をくらうのは分かり切っている。

 しかし、隠しておけるわけもなく、無線を手にした彼は上司へと報告した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る