第144話
「うぅ……」
「あ~、よしよし……」
涙目で綾愛に抱きつく奈津希。
そんな奈津希の頭を、綾愛は優しく撫でる。
「仕方ないよ……」
ここまで勝ち進んでいた奈津希だったが、今日の試合で敗退した。
全国から集まったエリートたち相手にベスト16に入ったのだから充分と言って良い成績なのだが、彼女自身としては勝ち進んで綾愛と対戦することを望んでいた。
あと1勝すればその望みも叶ったのだが、その寸前で負けてしまったことが悔しいようだ。
「高橋先輩が相手だったんだから……」
「……うん。勝ち進んでいればこうなることは分かっていたんだけど……」
綾愛が言うように、奈津希が負けたのは八郷学園の3年で剣道部の高橋だ。
去年同様に出場した高橋は、八郷の3年生の中で1番の実力者として知られていて、勝ち進めば当たることは奈津希にも分かっていた。
しかし、いつも綾愛の訓練相手をしてることで、自分もかなりの実力を付けていると考えていた奈津希は、高橋相手でも勝機はあると思っていた。
「充分良い勝負したじゃない」
「うん……」
奈津希の自信は、あながち的外れではない。
綾愛が言うように、試合内容としては拮抗していたからだ。
距離を取っての魔術攻撃の威力と精度は、外から見ている限りでは互角に近かったと思える。
負けた原因は、近距離戦だ。
了と同様に、高橋が得意なのは接近戦。
遠距離戦から接近戦になり、奈津希は敗北してしまった。
試合を思いだしたのか、奈津希は表情を暗くして綾愛の胸に顔をうずめた。
「…………奈津希?」
「…………」
元気になるのならと好きにさせていたが、奈津希は胸に顔をうずめたままいつまでも動かない。
まさか寝ている訳でもないと思いつつ、綾愛は訝し気に奈津希へ話しかける。
しかし、何故か声をかけても奈津希は何の反応を示さない。
「……あんたそれほど落ち込んでいないでしょ?」
「バレた?」
反応しないので、綾愛は奈津希からそっと離れようとする。
しかし、奈津希が腕に力を入れているため、離れることができない。
その様子から、綾愛はわざと胸に顔をうずめて来ているのだと悟り問いかけると、思った通りの反応が返ってきた。
「もう! 離れなさい!」
「いやよ! 綾愛ちゃんの胸で慰めて~」
「いい加減にしなさい!」
「は~い……」
最初は本当に気落ちしていたのかもしれないが、途中から綾愛の胸に顔をうずめるために悲しんでいた振りをしていたようだ。
それが分かった今、慰める必要を感じなくなり、綾愛は奈津希を自分から離そうとする。
すると、奈津希は駄々をこねるように綾愛に抵抗してきた。
いい加減我慢できなくなった綾愛は、呆れるように少し怒る。
そこで限界だと悟ったのか、奈津希はようやく綾愛の胸から顔を離した。
「……私に勝った高橋先輩と、綾愛ちゃんが明日戦うんだね」
「えぇ」
ようやく綾愛から離れた奈津希は、近くの椅子に座る。
そして、浮かべていた笑みから少し真面目な表情へ変え、綾愛へと話しかける。
八郷学園としては同校生での対戦が今日と明日と続いてしまうことになるが、抽選による組み合わで分かっていたことだから仕方がない。
「勝ってね! ……って言っても、綾愛ちゃんなら大丈夫だと思うけど……」
「えぇ、頑張るわ!」
少しふざけたが、綾愛と戦いたかったのは本当のことだ。
なので、その手前で負けてしまったのは悔しい。
こうなったら自分の仇を討ってほしいと、奈津希は綾愛に応援の言葉をかける。
しかし、すぐに綾愛なら自分の応援なんて必要ないだろうと思い直した。
高橋が八郷学園の3年生の中で1番なら、綾愛は八郷学園全体の中で2番の実力者だからだ。
もちろん1番は伸だ。
その伸の魔力操作と指導によって、綾愛は去年からとんでもない勢いで成長している。
天才と言われる鷹藤家の文康以外で、綾愛の相手になれるような選手なんて、この大会には存在していないだろう。
「もういいか?」
「あぁ……、うん!」
「ごめん。存在を忘れてたよ」
「お前ひでえな……」
綾愛と奈津希が笑顔になり、空気が和んだところで伸が話しかける。
すると、2人は伸のことを思い出したかのような反応をした。
奈津希の場合、反応だけでなく実際に口に出してきた。
部屋の隅で大人しくしていた時から忘れられている気がしていたが、実際に言われると軽く傷つく。
伸は半眼で睨みながら、奈津希にツッコミを入れた。
「まあ、いいや。じゃあ、明日の作戦会議と行くか……」
「うん」
明日の綾愛の相手は、今日奈津希に勝った同じ学園の高橋。
それゆえに他の学園の生徒よりも戦い方が分かっているが、勝つためにはキチンと対策を練る必要がある。
そのために、綾愛をこの会議室に呼んだのだ。
奈津希も、負けてしまった以上綾愛の力になろうと、協力するつもりでこの場に参加している。
伸も綾愛の実力なら勝てると思っているが、勝負は何があるか分からないため、油断せず、キッチリ勝利するために、分析した高橋の戦い方を、映像を使って説明し始めた。
因みに試合に負けて治療を受けていた了だが、治療は無事済んだが、後遺症などがないかの確認をするため、病院で一泊するそうだ。
◆◆◆◆◆
「文康!! お前は一体何をしているんだ!?」
「…………」
場所は変わり、官林学園の選手が泊まるホテルの一室では、怒号が飛んでいた。
声を上げているのは鷹藤家の康則で、叱られている文康は無言で俯いていた。
「お前は1回戦からなんて戦い方をしているんだ!? 相手を痛めつけて楽しんでいるような戦い方をして!」
本当は初戦の日に注意をしに来たかったのだが、仕事の関係上そうすることができなかった。
こんなことなら、遅くなっても昨日のうちに来るべきだった。
そう思うほど、息子文康の戦い方が目に余る。
「今日の最後なんて、ほとんど動けない相手選手を殺す気でいただろ!?」
「…………」
父の指摘に文康は僅かに反応する。
しかし、それに反論するようなことはしない。
「明日以降に同じような戦い方をしたら、棄権させるからそのつもりでいろ!!」
反論すらしないその態度に、康則の怒りは更に沸き上がる。
思わず手が出てしまいそうだ。
親子と言えども、文康は明日も試合のある身。
そのため、康則は怒りをなんとか抑え、文康へ警告のようなことを告げて部屋から退室していった。
「……フンッ! 勝てばいいだろうが!」
父が退室して部屋に1人になった文康は、俯かせていた顔を上げて鼻を鳴らし、不満げに呟く。
さすがに父レベルの魔闘師には、殺す気でいたことがバレていたようだ。
しかし、勝利は勝利。
鷹藤家の名を再度上げることに繋がるのだから、文句を割れようと優勝すればいいだけの話だ。
「それに、どうせ棄権なんてできないだろ」
明日勝てばベスト4に入ることになる状況で、急に棄権なんて出来るわけがない。
そのことが分かっているため、文康は考えを改めるつもりはないようだ。
「……まあ、明日は大人しくするか……」
反省の色なく自分の部屋へ戻ろうとした文康だったが、ドアノブに手をかける寸前に試合後に受けた殺気のことを思い出す。
何者による殺気なのかは分からないが、もしかしたら父と同じく警告のつもりだったのではないだろうか。
そう考えると、明日もこれまでのように相手を痛めつけるのは危険かもしれない。
父の説教なんかよりも、あの殺気を放った相手の方が恐ろしい。
反省したわけではないが、文康は危険を回避するために明日は普通に戦うことにして、自分の部屋へと戻っていった。
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