第123話

「おかしいな……」


 合宿の最終日。

 先頭を歩く、鷹藤家の文康が小さく呟く。

 その言葉の通り、戸惑っている様子だ。


「本当にこっちで合っているのかい?」


「えぇ、そのはずなんですけど……」


 この合宿で知り合った大藤地区の森川哲也が問いかけると、道案内役の文康は歯切れの悪い答えを返した。

 森川の側には、ずっと1頭の狼が付いてきている。

 どうやら、この狼が森川の従魔らしい。

 合宿最終日の今日は、数人で組み、半日魔物の討伐をおこなうという訓練になっている。

 場所は官林地区にある南の山。

 官林地区だということもあり、鷹藤家の文康と道康の兄弟が魔物が潜んでいそうな場所を案内するという話になったのだ。

 しかし、山に入ってから30分近く経っているが、全くといっていいほど魔物に遭遇しないのだから、森川でなくても問いかけたくなる。


「道を間違えたということはないのかい?」


「いいえ。ちゃんと地図通りに進んでいます」


 森川に続いて、頭に小さい角を生やしている雀の魔物を肩に乗せた青年が道康に問いかける。

 彼は塩見貴弘という名で、森川と同じ大学3年生だそうだ。

 塩見の問いに、今度は文康の弟の道康が地図を見せながら返答した。

 その地図には、鷹藤家がこの山を調べた時、頻繁に魔物が出現する場所が記されているらしく、数か所にマークが描かれている。

 そのマークの中の1つを目的地としているが、道康の言うように道を間違っているように思えない。


「どうしよう。別の場所にした方が良いのかしら?」


「他の場所は、数週間前に鷹藤家の者が駆除に向かったので、ここ以上に魔物が出る確率は低いかと思います」


「そう……」


 魔物なんて、いなければいないで別に構わない。

 しかし、合宿の一環としての魔物討伐なのだから、多少出てくれないと訓練にならない。

 魔物や魔人はいつどこに姿を現すか分からない。

 そのため、即席のメンバーでの連携訓練も課題として出されている。

 その課題をクリアできる程度の数は出て欲しいところだ。

 目的地の周辺に魔物がいないというのなら、他のマークの場所へ行けばいいのではないかと思って綾愛は提案したのだが、すぐに道康が否定してきた。

 何だか返答がやけに速かった気がするが、他の場所はここ以上に少ないとなると行く意味がないため、綾愛は提案を引っ込めた。


「皆さんはちょっと待っててください。道康!」


 どうしたものかと思っていると、文康は道康と共にみんなから少し離れた。

 2人でこれからの行き先でも相談するのだろうか。


「おい! ちゃんと仕込んだのか?」


「兄さんに言われた通りにしたよ!」


 他のメンバーから離れた文康は、他の者に聞かれないように小声で道康へ問いかける。

 小声でありながら、その口調は激しいものだ。

 それに対し、道康も強めに小声で返答する。

 そのやり取りを見る限り、2人共予想外の現状に慌てているようだ。





「俺とお前の案内で、明日はここに連れて行く。だからお前はここに大量の魔物が集まるように餌をバラ撒いとけ」


「えっ!? 何のために!?」


 昨夜、鷹藤家の邸内では、文康と道康の兄弟が翌日のことを話し合っていた。

 すると、兄の口から出た言葉に、道康が目を見開く。

 明日行く山は、鷹藤家の管理している山だ。

 調査員によって、強力な魔物が出るようなことはないと保証されている。

 それもあって、合宿の最終訓練の場所に選ばれた。

 合宿主催者である父から、自分たちが向かう山を教わった文康は、何かを思いついたようだ。


「それに、そんなことしてもしものことがあったらどうするんだよ!?」


 訓練の一環なのだから、魔物はある程度いた方が良いとは思う。

 しかし、集め過ぎればいくらたいしたことない魔物でも危険に晒されることになる。

 優秀な兄なら、そんなことは分かっているはずだ。

 その意図が分からず、道康は兄に向かって問いかけた。


「それが狙いだ」


「……えっ?」


 危険に晒されることが狙いと言われても意味が分からない。

 その返答に、道康は首を傾げるしかなかった。


「同行メンバーが危険に晒されたところを、俺とお前が活躍して魔物を倒すんだ」


「何でそんな事を……?」


 続けて発せられた兄の言葉に、道康はますます意味が分からなくなる。

 やることは分かったが、そうすることの意味を知りたい。


「……最近じゃ鷹藤家よりも柊家の方が人気が高くなっている」


「それは……、まぁそうだね……」


 たしかに兄の言う通りだ。

 去年は、魔人が2度も出現するという異常事態が起こった。

 年末に出現した時は祖父の康義が1体倒しているが、その2度とも魔人を倒した柊家の評価が上がるのは当然のことだ。

 そのため、道康は否定しようとした言葉を飲み込んで同意した。


「お前も我ら鷹藤家が、柊家ごときの下になるなんて我慢ならないだろ?」


「まぁ……」


 大和皇国において、鷹藤家は常にトップに君臨してきた。

 それが去年のことで揺らごうとしている。

 もしかしたら、自分が後を継ぐときは完全に柊家の下になっているかもしれない。

 鷹藤家を継ぐ立場の文康からすると、そのことがとても気に入らない。

 実力的に兄が家を継ぐことに不満はない。

 家を継げないからといって、鷹藤家が柊家より下になるのは納得できないため、道康は兄の問いに頷いた。


「もしも魔物の群れに苦しむ綾愛を救い出すことに成功すれば、柊家も鷹藤家からの婚姻を拒むことはできなくなる。鷹藤の人気も取り戻せるし、一石二鳥だと思わないか?」


「…………そうかもね」


 兄の提案を受け、道康は少し考え込んだ後、納得をした。

 去年がたまたまなだけで、魔人が毎年出現するなんてありえない。

 そのため、柊家の人気も一時的なものでしかないはずだ。

 だからそんな事をしなくても鷹藤が柊家の下になるようなことはないと道康は考えている。

 それならなぜ道康が賛成したのかというと、綾愛が手に入るという言葉に反応したからだ。


「分かった、明日の朝一で準備しておくよ」


 最初、道康は鷹藤家のために打算で綾愛を手に入れようと思っていたのだが、それが自分でも気付かないうちに気になる存在へと変わっていた。

 新田という聞いたこともない名前の先輩と決闘をして、油断から負けてしまうという失態を犯してしまった。

 決闘前に交わした約束を破る訳にはいかないため、綾愛のことは諦めなくてはならなくなってしまったが、もしかしたら手に入るかもしれない。

 そう考えたら、兄の提案に乗るという選択しか思い浮かばなかった。






「餌が無くなっているのに、どうして魔物がいないんだ?」


 鷹藤家のためという名目のもと、文康と道康は自分たちのために計画を実行した。

 道康は予定通り目的地に魔物の餌を巻いておいたというのに、その計画が全く想定外の結果になっている。


「このまま目的地に行ってたいした魔物がいないようなら、諦めるしかないか……」


「……そうだね」


 折角チャンスと思って計画を実行したというのにこの結果では、興が冷めてしまった。

 何も起きないのならもう仕方がないと諦め、2人はこのまま目的地へ進むことに決めた。


“ガサガサッ!!”


「んっ?」「何だ?」


 待たせていたメンバーと共に先へ向かおうとした時、2人の側の草が揺れた。


「おぉ! 来た来た……」


「「っっっ!!」」


 背の高い草をかき分け、何者かが姿を現す。

 その者の姿を見て、文康と道康は驚愕の表情へと変わったのだった。


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