第116話
「何!? 道康の奴が勝負を挑んで負けただと……」
「えぇ……」
鷹藤家の邸。
その一室の上座に座る鷹藤康則に対し、息子の文康が下座に座っている。
そして、文康は部下から届いた弟である道康の情報を父に報告していた。
「道康の奴何をやっているんだ! 娘を取り込めば柊のような田舎一族どうとでも出来るというのに……」
本来、実家から近い官林学園に通うべきはずの道康だったが、父の康則の命を受けて八郷学園に入学することになった。
その命とは、八郷学園に通う柊家の娘を篭絡することだ。
柊家の現当主には娘が1人いるだけだ。
その娘を手に入れれば、柊家を取り込むことなど鷹藤家には造作もないこと。
実力的には文康には及ばないが、道康も優秀な部類だ。
柊家の娘と決闘騒ぎを起こしても、状況次第で勝利できるはずだ。
「しかも、柊家の娘にではなく、新田とか言う相手にだそうです」
「何だと? 八郷学園にそんなのいたか?」
「いいえ。知りません」
八郷学園にも多少実力のある生徒は存在している、
年末の学園対抗戦に出場した選手なら、道康でも負けることもあるだろう。
しかし、新田なんて名前の選手は出場していなかった。
無名の相手に決闘を挑んでおいて負けるなんて、道康の考えが分からない。
「やはり、私が行った方が良かったでしょうか?」
康則から柊家の娘を篭絡するという話が出た時、文康は最初自分の方が適任だと思った。
綾愛とは年も同じだし、鷹藤家の時期当主である自分となら柊家のほうもすんなり納得するはずだからだ。
「完治したばかりのお前が何を言っている」
「……そうですね」
最初、康則の中にも文康を転校させてという考えはあった。
しかし、文康は年末の対抗戦で魔物化した対戦相手によって大怪我を負わされた。
体の方はすぐに治ったが、精神的に負ったダメージによって魔力操作に支障が出ていた。
精神科医の治療により、元に戻ったのは新学期が始まる直前だったため、弟の道康を送り込むことにしたのだ。
文康もそのことが分かっているため、言い返すことができなかった。
「康則!」
「ち、父上……」
康則と文康が話している部屋に、突然鷹藤家当主の康義が入ってきた。
父の突然の登場に、康則は慌て驚く。
というのも、綾愛の篭絡を計画したのは康則の独断による計画であり、義康には道康の八郷行きが決まってからの事後報告だった。
勝手なことをしておいて、失敗したなどとは言い難かった。
「聞いたぞ……」
「……申し訳ありません」
名門鷹藤家の当主となれば、八郷地区にも情報網は広げている。
なので、道康が勝負を挑んで負けたということも耳に入っていてもおかしくない。
隠しておきたいところだったが、それは無理なことだと悟り、康則は素直に頭を下げるしかなかった。
「もう柊の取り込みなんて気にするな。そんな事よりも、文康の指導に力を入れろ」
元々康義は柊の取り込みなんて考えていなかった。
それよりも他にやることがある。
それは文康の実力強化だ。
「し、しかし……、文康の才能ならこれまで通りで問題ないかと……」
文康の才能と実力は、同年代の中ではトップと言って良い。
年末の対抗戦も、魔族の乱入がなければ優勝することもできたはず。
そのため、康則はこのままの訓練で問題ないと考えていた。
「文康の実力では魔族に及ばない。それに、勝手に魔闘士のルールを破るような奴にこの家を継がせるのも考えものだ。成長次第では道康に譲ることだって考えている」
長男だから後を継がせるという訳ではない。
実力がある者が鷹藤家の当主につくのだ。
文康に才能と実力があるのは認めるが、魔族が作り出した魔物に負けた。
鷹藤家は魔族にも勝てるほど強くなくてはならない。
そう考えると、まだまだ文康は実力不足だ。
それに、魔闘師としてのルールを破った経験がある。
なんとか柊家との話し合いで大きな騒動にならなかったが、もしも同じようなことをすれば、鷹藤家の評判は急落する。
そうならないためにも、文康の心技体を鍛えるべきだ。
「そ、そんな……」
康義の言葉に、文康は目を見開く。
今まで自分より強い同年代の人間はいなかった。
それに、長男の自分が鷹藤家の当主になるのは当然だと思っていた。
それだけに、完全に寝耳に水だ。
「柊家の娘を篭絡するより、要は実力で上に立てば良いだけだ」
柊家のことを気にしているよりも、魔族を倒せるようになれば国民からの人気を得ることは容易い。
魔族や魔物を倒すことができる者が上に立つ。
結局の所、魔闘師は実力がものを言う世界だ。
「分かりました」
「精進します」
康義の言葉に、康則と文康は頷くことしかできなかった。
しかし、義康はまだ知らない。
その飛び抜けた実力が持ち主が、柊側についているということを……。
「ゲギャ!?」
自分の肩に、何かが乗ったことに気が付くゴブリン。
「キキッ!」
「ギッ!!」
肩に乗ったのは、伸の従魔のピモだ。
気が付いたゴブリンはピモを叩き落そうと反応するが、その時にはもうその姿はない。
「ゲ…ギャ……?」
周囲を見渡し、見つけたピモを殺そうと手に持つ木の棒を振り上げるが、その棒を振り下ろすことができなかった。
ゴブリンの視界は歪み、フラフラとした足取りをした後地面へと倒れた。
そのゴブリンの首筋には、小さい赤い点のようなものがついていた
「キキッ!」
「よ~しよし。よくやった」
「キキッ♪」
ゴブリンが死んだことを確認したピモは、元気に主人である伸のもとへと戻る。
戻ってきたピモを手に乗せると、伸は褒めながら人差し指で頭を撫でてあげる。
すると、ピモはとても嬉しそうに目を細めた。
鷹藤家が警戒すべき人伸は、現在魔物退治に来ていた。
「……すごいわね」
伸とピモのやり取りを見つつ、綾愛は小さく呟く。
いつものように柊家の仕事の手伝いに来た伸は、いつもとは違いピモを連れて来ていた。
伸の手によってただのピグミーモンキーではなくなりつつあるとは分っていたが、何で連れてきたのだろうか。
そう思っていたが、まさかゴブリンを瞬殺するなんて信じられない。
愛玩用に飼われる小猿のピグミーモンキーが、ゴブリンを倒すなんて聞いたことが無い。
むしろ、驚かない方が変だ。
「気配を消して敵に接近、後は隙をついての毒針攻撃。今のピモなら、ある程度の魔物なら倒せるんじゃないか?」
「見た目に反して怖いわね」
気付いた時には毒で殺されている。
相手にしたら、そんな恐ろしいことになりかねない。
見た目はかわいい子猿なのに、強さが全然かわいくない。
「俺の教育の賜物だな」
「……そうね」
弱くて有名なピグミーモンキーが格上のゴブリンを倒すような実力を得たのだから、たしかに伸によるものだろう。
そのため、綾愛は伸の呟きを否定することが出来なかった。
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