第114話
「また、結構集まってんな……」
観覧席やギャラリー(回廊)には、多くの生徒が集まっている。
多いのは1、2年生。
3年生も、結構な人数が見に来ているようだ。
その様子を、伸は訓練場内への入り口から眺めつつ呟いた。
「さすが、鷹藤だ」
魔術師同士の戦闘はある意味娯楽のような物だと言っても、ここまでの人数が集まる理由は分かっている。
2年の中でも、器用貧乏の問題児として知られている自分が目当てであるわけがない。
集まっている連中の目的は、あの鷹藤家の道康の戦いぶりだ。
「いいの?」
「何がだ?」
訓練場に入ろうとする伸に、綾愛が話しかけてくる。
しかし、問いかけてきた質問の意味が分からず、伸は質問で返す形になった。
「実力を隠しておきたいんでしょ?」
教師陣ですらまだ気づいていないようだが、綾愛は伸が実力を隠しているのは知っている。
目立つのが嫌だからと伸は言うが、他にも何かあるのではないかと綾愛は考えている。
その理由は分からないが、綾愛としては伸が正当な評価を受けることを望んでいた。
今回の相手は鷹藤家の道康。
勝つとなるといつものように誤魔化せるか怪しいため、内心は逆だとしても心配しての質問だ。
「まぁ、まともに戦ったらバレるだろうけど、そうならないように戦えばいいだけだ」
はっきり言って、まともに戦うなら道康程度の相手は片手で充分だ。
しかし、そんな事をすれば実力がバレて色々と面倒なことになる。
祖父のこともあり、鷹藤家とはなるべくかかわりたくないため、伸は実力がバレるようなことはしないつもりだ。
「そんな方法あるの? まさか負ける気じゃないわよね?」
伸なら負けないと思って話を進めていたが、伸は勝っても負けてもそこまで問題がない気がする。
そのため、綾愛はもしかしたら負ける気ではないかと思い始めた。
そんなことになったら、綾愛は道康と交際しなければいけなくなる。
顔が良いと言っても、綾愛としては道康に全く興味がないため、伸に負けてもらっては困る。
「大丈夫。勝つに決まっているだろ。ちょっと卑怯な手の気もするけど……」
「正々堂々じゃないの?」
「正々堂々だよ。一応……」
「一応って……」
どうやってかは分からないが、とりあえず勝ってくれることは分かったが、綾愛としては伸の口ぶりが気になる。
まるでズルをする気のような口ぶりだ。
ズルをして勝ったとしても、道康は引くことはないだろう。
勝つならきちんと勝たなければならないというのに、綾愛は伸の曖昧な返答に不安が残った。
「まぁ、安心しろよ。俺が勝って守ってやるから」
「……うん」
負ければ鷹藤が柊を乗っ取る足掛かりになってしまう。
そうならないように、伸は鷹藤家から柊家を守るという意味で綾愛に話す。
しかし、綾愛はそういった風には受け取らず、顔を赤くして俯くしかなかった。
「全くお前は、去年と同じ時期に……」
「……すいません。先生」
綾愛との話を終え、伸は訓練場の中へと入る。
そこには、対戦相手の道康と、今年も伸たちの担任である三門が待ち受けていた。
どんな状況にも対応できるように、三門が審判役をおこなうことになったようだ。
去年も同じ時期に対戦騒ぎを起こした伸が、今年もとなり、三門は呆れたように愚痴る。
今年と違い、去年は巻き込まれただけなのだが、迷惑をかけていることには変わらないため、伸は申し訳なさそうに三門に謝った。
「2人共ルールは分かっているな?」
「うっス」「はい」
伸は当然として、鷹藤家の道康なら学園内ルールは分かっているはずだ。
三門が確認のために問いかけると、伸と道康は返事と共に頷いた。
「では開始線へ」
ルール確認が済んだら後は開始の合図をするのみ。
そのために、三門は2人に一定の距離を取らせた。
「始め!!」
距離を取った2人が武器を構えると、三門は開始の合図をする。
「ハッ!!」
「おわっと!」
開始早々動いたのは道康。
伸へ向けて、手の平大の火球を飛ばして来た。
魔術を放つまでの速度はかなりのもの。
それだけで、さすが鷹藤家といいたくなるほどだ。
しかし、そう来ることは誰でも予想できる。
伸は、ギリギリのところで、飛んできた火球を躱した。
「まだまだ!」
「っとっとっと……」
躱されても慌てることなく、道康は火球を連射してきた。
その連射力もすごい。
まるで石塚レベル。
去年のではなく、今現在のだ。
間を空けないように飛んでくる火球を躱す伸は、どんどん後退を余儀なくされた。
「ハハッ! 逃げるのは上手いっすね? でも、そんなんじゃ俺には勝てないっすよ」
伸の動きが逃げ惑っているように見えた道康は、笑みを浮かべる。
そして、逃げ惑う伸をバカにするように話しかけた。
「……いや、終わりだ」
「それまで! 勝者新田!」
「……えっ? 何でっ?」
伸の返答は、自分の問いかけに対して強がりを言っているのだと思った。
しかし、伸の言葉のすぐ後、審判の三門が試合を止めた。
勝ち目のない伸を見かねて止めたのかとも思ったが、勝ったのは伸の方だと言っている。
そう判断した意味が理解できず、道康は呆けるしかなかった。
「そいつだ」
「キッ!」
「ピ、ピグミーモンキー?」
負けた理由が分かっていない道康に、三門が理由を指差す。
指差した先は、道康の肩。
その肩には、いつの間にか小さい猿が存在していた。
その猿は、愛玩魔物として知られているピグミーモンキーだった。
そして、そのピグミーモンキーは、手に爪楊枝を持っていた。
「従魔の使用は、ルール上認められているからな。その爪楊枝が毒を塗った針ならお前は刺されて死んでる。だから俺の勝利だ」
試合のルール上、武器は木製でなければならないというだけで、相手を死に至らしめるような攻撃以外は何でもありだ。
魔術師の中には従魔による戦闘を得意とする者がいるため、試合で従魔を使うのもありだ。
しかし、従魔を使用する場合、従魔次第では対戦相手の許可を必要とする。
だが、ピグミーモンキーのような弱い種類の従魔の場合、許可を必要としない。
伸はそれを利用し、勝利を収めたということだ。
「なっ!! 卑きょ……!!」
「何だ? 鷹藤家の人間は、負けたのにごねるのか?」
「~~~っ!!」
道康は正々堂々と、剣や魔術による勝負により綾愛を手に入れるつもりでいた。
しかし、まさかの弱小従魔を使ってのだまし討ちに、思わず卑怯と叫ぼうとした。
だが、その言葉を言い終わる前に、伸はしれっと問いかける。
自分は正々堂々、ルールを破ることなく勝利したのだ。
それに文句を言うなんて、とても名門家の人間がするようなことではない。
そう言われては、もう文句を言えるわけもなく、道康は顔を真っ赤にして歯ぎしりした。
「負けは負けだからな。約束は守れよ?」
従魔のミモ(ピグミーモンキー)を胸に抱いた伸は、これで話は終わりと言うように道康に背を向け、訓練場から出ていったのだった。
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