第107話
「ハーッ!!」
「おりゃー!!」
綾愛と田名崎の2人は、お互い距離を詰めての接近戦へと持ち込んだ。
速度の優位を生かして、先に綾愛が攻撃を仕掛ける。
色々な角度から迫る綾愛の攻撃を、田名崎は木刀を使って防御した。
「ハッ!!」
「シッ!!」
「っ!?」
終わることが無いように攻め続ける綾愛。
しかし、攻撃を続ければ体力が削れる。
体力消費により僅かに鈍った綾愛の一撃に対し、これまで防御に徹していた田名崎は受け流しと共に反撃に出る。
綾愛の打ち下ろしを流して一歩前に出ると、そのまま綾愛の胴を狙う。
その攻撃を受けまいと、綾愛は一歩後退して回避する。
「セイッ!!」
「くっ!!」
綾愛が後退したことにより、攻守が後退する。
これまで防御に徹していた田名崎が攻撃側へ転じ、綾愛へと攻めかかった。
こちらも絶え間なく攻撃を繰り出すが、先程までの綾魔の攻撃よりも手数は少ない。
しかし、その一撃一撃の威力は上。
木刀で受け止める綾愛は、その威力に顔を顰めた。
「互角か?」
「いや、僅かに先輩の方が上か……」
客席で試合を眺める了は、2人の攻め合いを見ての感想を呟く。
どちらも自信がある接近戦で勝負を決めるつもりなのだろうが、了の言うように互角に見える。
しかし、隣に座る伸は、その感想を否定した。
両者の攻防を見る限り互角のように見えるが、伸からするとそうではない。
綾愛の攻撃はたしかに速いが、もしも田名崎が被弾しても、一撃で戦闘不能になるかは難しい。
逆に田名崎の攻撃には、一発一発しっかりと力がこもっている。
一発当たれば、綾愛の敗北は確定だろう。
「だとしても、すげえな……」
「あぁ……」
了の言葉は、綾愛に対する賛辞だ。
1年と3年では実力差があるのは当然だ、
しかし、綾愛は田名崎相手に五分に近い戦いを繰り広げている。
同じ学園で同じ学年の選手でありながら、自分とは1段も2段も上の実力を有しているということになる。
校内戦の決勝で惜しくも負けたと思っていたが、負けたのは当然だったのかもしれないと了は思い始めていた。
「男女の差かな……」
伸が田名崎有利といっているのは、この点に尽きる。
この高校生の年代だと、1学年の差は実力差に直結している。
それなのに1年の綾愛が3年の田名崎と良い勝負できているのは、柊家の幼少期からの英才教育と綾愛自身の努力によるものだろう。
それでも差が出るのは、男女の筋肉量によるものだ。
同じ量の魔力で身体強化していても、男女ではそもそも強化する元に差がある。
女性で接近戦が得意な者は、綾愛のように速度重視の戦闘方法になりやすい。
一撃で倒すよりも、傷をつけて弱らせてから仕留めるというのが無難だからだ。
逆に田名崎は、常日頃鍛えている筋肉を利用しての重い一撃狙いといったところだろうか。
「ハッ!!」
「ッ!!」
伸と了が話してる最中も、綾愛と田名崎の戦いは続いている。
自然の流れで攻守を何度か交代するが、いまだにお互い相手に一撃を入れることができないでいた。
今も綾愛の速い連撃が襲い掛かるが、田名崎はそれを防御し、その中の1つを利用して反撃へと転ずる。
「ハッ!!」
「くっ!!」
田名崎の攻撃を防いでからのカウンターを、綾愛は木刀で受け止める。
ただ、その表情は明らかに試合開始の時よりも険しくなっている。
「差が出てきたな……」
「あぁ……」
両者の差が、段々と戦いの優劣をあらわし始めていた。
そのことに気付いた伸の呟きに、了も頷きを返す。
「恐らく、防御の度に受けていた衝撃の蓄積が、柊の手に表面化してきたのかもな……」
「なるほど……」
舞台のほぼ中央で攻防を繰り広げていた両者だったが、綾愛の方がやや後退し始めている。
田名崎の攻撃を受け止めるよりも回避する方へ移行している所を見て、伸は綾愛の状況を分析した。
「フンッ!!」
「くっ!!」
伸の分析は正解だ。
田名崎の攻撃を木刀で受け取めるたびに受けていた衝撃により、綾愛の両腕には鈍い感覚が積み重なっていた。
そして、その感覚のせいで攻撃の手数も出せなくなった。
これまでのように攻撃を受け止めていては、手が思うように動かなくなり、攻撃をする事すら不可能になりかねない。
そのため、攻撃を回避するようにシフトしたのだが、田名崎は回避する自分を追いかけて更に攻撃を放ってくる。
このままではまずいと判断した綾愛は、一旦バックステップをして田名崎から距離を取ることにした。
「シッ!!」
「っ!! ハッ!!」
距離を取った綾愛を、田名崎は追いかける。
迫り来る田名崎に対し、綾愛は左手から手のひら大の火球を放って迎撃を図った。
「セイッ!!」
「なっ!?」
自分へと飛んできた火球を、田名崎は気合いの声と共に斬り裂く。
魔術を斬るには、木刀に纏う魔力を本当の刀のように研ぎ澄ませなければならない。
プロの魔闘師なら使える人間は多いが、高校生でできるようになるのは結構な技術が必要だ。
その高等な技術を目の前で見せられ、綾愛は驚きの声を上げた。
「先輩はあれが得意なんだよ」
「へぇ~すごいな」
部活の先輩である田名崎の技術の高さに、観客も目を見張っている。
それが誇らしいのか、了は嬉しそうに伸へと話す。
あれだけで、田名崎が決勝に進めるだけの実力者だというのが分かる。
『綾愛ではきついか……』
接近戦で勝敗を決めるのは難しい。
ならば、距離を取っての魔術攻撃で活路を見い出そうと考えたのだろうが、その魔術が何の意味も成さないのでは八方塞がりだ。
このまま逃げながら魔力切れまで魔術を撃ち続けるか、それとも田名崎に捕まるかという道しかなくなってしまった。
この状況に、伸は綾愛の敗北する姿が見え隠れしていた。
「すうぅ~……」
「…………?」
逃げつつ魔術で檄檄する綾愛。
飛んでくる魔術を斬り裂きながら接近する田名崎。
この構図が少しの間続いたところで、綾愛はこれまで以上に距離を取り、木刀を構えて深く息を吐いた。
何か仕掛けるつもり満々の様子に、田名崎は警戒しつつも接近を続けた。
「……もしかして!?」
「あぁ、お前の技だな……」
綾愛の様子を見て、了はいち早く何をする気なのか気付く。
その思い付きが正しいと言うかのように、伸は呟いた。
「ハッ!!」
「っっっ!!」
気合いの声と共に綾愛が動く。
元々移動速度の速い綾愛だが、それとは比にならないほどの速度で田名崎へと接近する。
それを見た田名崎は、追いかけるのではなく、その場に足を止めて迎撃を選択した。
綾愛がやっているのは、了が使っている瞬間的に爆発的な速度を生み出す技術だ。
この技術を綾愛も使いこなしたいと、伸は指導を求められていた。
『ここで出すかよ!?』
練習してはいたが、試合で使えるレベルかと言うと微妙な所だった。
この技術は速度を上げるために大量の魔力を消費するため、失敗すれば即負けの諸刃の剣だ。
それを決勝のこの場で使うなんて、肝が据わっていると伸は息を漏らした。
「ハーーーッ!!」
「フンッ!!」
綾愛が後輩と同じ技術を使ってきたことに驚くし、それをここで使ってくることにも驚いた。
しかし、田名崎は了がこの技術を使っている試合を見ていた。
そのため、どう対応すればいいのかも分かっている。
その性質上、一撃を防げば勝利は確定だ。
そのことが分かっている田名崎は、冷静に綾愛の攻撃に注視した。
「ハーッ!!」
「シッ!!」
高速の接近と共に、綾愛の木刀が田名崎へと迫る。
その攻撃を受け止めるために、田名崎は防御する両手に力を込めた。
“ガンッ!!”
両者が衝突し、衝撃音と共に綾愛の木刀が飛んで行った。
これにより、勝者が決定した。
「勝者!!
「「「「「ワーーー!!」」」」」
審判が勝者の名前を叫ぶ。
それを受け、観客は大歓声を上げた。
「ハァ~……やられたよ」
「ハァ、ハァ、ありがとうございました」
一杯食わされた田名崎は、ため息を吐きつつ綾愛に手を差し出し握手を求める。
魔力をほとんど使いきった綾愛は、息を切らしつつそれに応じた。
「木刀を囮にするなんてな……」
「柊の作戦勝ちだな」
他の観客同様、拍手をしながら伸と了は言葉を交わす。
綾愛が勝利した理由。
それは、綾愛と田名崎が交錯した時、唯一の武器である木刀を弾いたことで田名崎は勝利を確信したが、それは時期尚早だった。
綾愛の狙いは、田名崎が勝利を確信して僅かに警戒が弛んだ一瞬だった。
木刀が弾かれてもそのまま高速移動を続け、背後をとった綾愛は左手を田名崎の頭部に左手を向けたことで勝負ありとなったのだ。
綾愛は、力の入らない手による木刀攻撃ではなく、背後を取っての魔法攻撃での勝利を狙ったのだ。
そのために、木刀の攻撃は囮。
それにまんまと引っかかり、田名崎の負けとなった。
いくら魔術を斬るのが得意でも、至近距離の状態から放たれれば斬る間もない。
この状態では審判に負けととられるのも仕方がないだろう。
これにより、波乱含みの大会は、綾愛の優勝で幕を閉じたのだった。
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