第97話

「この餓鬼ぃーーっ!!」


「ハッ!!」


「っ!!」


 左腕の肘から先を斬り飛ばされた魔族のティベリオは、犬歯を剥き出しにして吠える。

 そして、すぐさま自分へと襲い掛かろうしているため、伸は煙幕の魔術を発動してティベリオの目をくらます。

 その間に、柊家当主の俊夫を連れて、競技場の建物の陰に身を隠した。


「来てくれたのか?」


「ホテルでテレビを見てたらとんでもないことになっているのを確認したので」


「助かった。君とならあの魔族と戦える」


 伸と共に建物の陰に隠れた俊夫は、ティベリオが自分たちの姿を見失っているのを見て小声で話しかける。

 名門柊家の当主でありながら恥ずかしいことだが、魔族が現れてから俊夫の頭の中では伸の姿が思い浮かんでいた。

 伸が事件を察知して駆けつけてくれたことで一息吐け、対策を立てられるため、俊夫は若干表情を和らげた。


「あの……、申し訳ないんすけど……」


「どうした?」


 自分1人ではどうにもならない所だったが、伸の登場でティベリオとの戦闘に期待が持てるようになった。

 一旦身を隠したのも、そのための対策を話し合うためだと思っていた俊夫に対し、伸は申し訳なさそうな表情をしている。

 その表情の意味が分からず、俊夫はその理由を尋ねた。


「他の組合員に見られることになるんで、戦うのはちょっと……」


「なっ!! 何を言っている!? 魔族、しかも名前持ちなんてすぐに倒さないと、どれだけの人間に被害が及ぶか分からないんだぞ!?」


 伸のまさかの発言に俊夫は驚き、胸ぐらを掴みかけた。

 魔族は発見次第仕留めないと、どれだけの人間に被害を及ぼすか分からない。

 しかも、伸にはそれができるだけの実力を有している。

 高校生の伸に任せるなんて大人としてどうかとも思うが、俊夫としては彼に頼らざるを得ない。

 鷹藤家との関係を知っているため、伸が実力を隠しておきたいということは分からなくもない。

 もうすぐ到着するであろう魔闘組合員は、恐らくほとんどが鷹藤家の関係者だろう。

 その者たち見られて実力がバレたくないのだろうが、今はそんなことを言っている状況ではないため、俊夫は小声でありつつも強い口調で伸へ話しかけた。

 

「ちょっと、落ち着いて下さい」


 話はまだ途中。

 そのため、伸は俊夫に冷静になるように求めた。


「あの魔族を倒すのは賛成です。しかしそれは柊さんにしてもらおうかと……」


「……何を言っているんだ? 言っては何だが、私ではあの魔族に勝つことはできない」


 伸の説明に対し、俊夫は首を傾げる。

 魔族を倒すと言ってくれたのは安心したが、その後に続く言葉が理解できない。

 自分で言うのも口惜しい気持ちで一杯だが、自分はあのティベリオ相手に戦って勝てる自信がない。

 それなのに、どうやって倒せと言うのだろうか。


「えぇ、ですので、自分に柊さんを操作させてもらって良いですか?」


「……操作? たしか夏休みの時聞いたような……」


 伸の説明に、俊夫はまたも首を傾げるしかない。

 しかし、俊夫には心当たりがあった。

 夏休みの時、伸が友人の金井了と言う少年の体を操作して魔物を倒したということを、娘の綾愛から聞いていた。


「はい。柊さんの体を俺の魔力で操って、あの魔族を倒そうと思います」


 もしかして、あの時と同様のことを自分にするつもりなのかと俊夫が思っていると、伸は正解と言わんばかりに頷いた。


「……そんなことができるのか? と言うより、それで魔族に勝てるのか?」



 他人を操作して戦うなんてできるのだろうかと疑問に思うが、伸は一度結果を出している。

 そのため、その疑問は返答を聞かなくても分かるが、今回は前回とは相手が違う。

 知能の低い魔物と、人間並みに知能の発達した魔族では難易度が違う。


「従魔を使って訓練したので可能ですし、勝てると思います」


 俊夫の問いに対し、伸は自信ありげに返答する。

 可能か可能でないかを問われれば、操作するのは可能だ。

 むしろ、夏休みの時よりも上手くなっているという自信がある。

 と言うのも、夏休み中に従魔にしたピグミーモンキーのミモを使って、密かに練習をしていたからだ。

 この操作魔術は、人間よりもミモのような小さい上に微量の魔力しかない相手の方が操作が細かい制御をしなければならないため難易度が高い。

 そのミモを自由に動かせるようになっているのだから、俊夫を操作するくらい問題ない。

 操作した俊夫がティベリオに勝てるかと聞かれると、勝負に絶対はないため絶対とは言えないが、恐らくは勝てると伸は思っている。


「……分かった。君の考えに乗ろう」


「ありがとうございます」


 そんな事をしなくても、実力がバレても良いから伸に戦ってほしいという思いがあるのと同時に、操作されてとは言っても自分が魔族を倒せば、また柊家の株が上がるという打算も頭をよぎる。

 どちらにしても、ティベリオを倒すことは伸に任せるしかない。

 話を聞いた俊夫は少し思案した後、自信ありげな伸に任せることにした。


「もしもの時には、実力がバレても君に対応してもらうぞ?」


「当然です」


 もしも操作した自分がティベリオにやられた場合、実力を隠したいなんて言っている場合ではない。

 この場で確実に倒すためにも、俊夫は伸に確認を取る。

 元々そのつもりでいたため、伸もその問いにすぐ返答した。


「それで? 私はどうすればいい?」


「力を抜いて、身を任せてもらえれば大丈夫です」


「そうか」


 当然操作されるなんて経験がないため、基本的にどうすればいいのか分からない。

 どうすれば良いのか俊夫が問いかけると、伸は力を抜くように指示をする。


「では、行きます」


「あぁ……」


 肩の力を抜いて自然体になった俊夫に、伸は自分の魔力を流し込み始めた。


「ハッ!! それで隠れたつもりか!?」


 伸と俊夫が密かに打ち合わせをしている間、ティベリオは斬り飛ばされた腕を拾い、持っているだけの回復薬を使ってくっ付ける。

 なんとか回復することに成功したティベリオは、怪我を負わせた伸たちのことを探す。

 視界には見当たらないが、そんな事ティベリオには関係ない。


「ブチ殺してやるっ!!」


 獣人特有の鼻を使い、すぐに2人の居場所を突き止める。

 地を蹴り、すぐさま伸たちのもとへと迫った。


「グッ!!」


 迫ったティベリオが武器となる爪で襲い掛かってきたところを、俊夫が動く。

 カウンターでティベリオの腹に蹴りを叩きこんだのだ。


「テメェ!! 雑魚が邪魔すんじゃねえ!!」


「生憎、さっきまでの俺だと思うなよ」


 あくまでも自分の標的は腕を斬り飛ばした餓鬼だ。

 雑魚でしかない俊夫の邪魔に怒るティベリオ。

 そんなティベリオに、俊夫は強気の言葉を返したのだった。


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