第95話
「「「ハッ!!」」」
武器を構え、魔族のカルミネと向かい合う柊家当主の俊夫、鷹藤家当主の康義、鷹藤家次期当主の康則。
先に動いたのは3人の方だった。
康義を先頭に走り、他の2人が付いて行く。
先程のやり取りで、この3人の連携ならカルミネに対抗できるという考えがあったからだろう。
「ハッ!」
「……?」
先頭を走る康義は、接近を続けながらカルミネに魔術を放つ。
手の平大の魔力球。
当たった所で、たいしてダメージを負うことはないだろう。
そのことを分かっていながら、何でそんな攻撃をしてくるのかとカルミネは不思議に思う。
「……!!」
「っ!?」
速度以外何の特徴もない小さな魔力球に、カルミネは何か細工でもされているのかと訝しむ。
しかし、特に何もない様子の魔力球を武器で弾こうと考えた所で、康義は魔力球を放った手の指を地面に向けて動かす。
その動きに反応するように、カルミネに迫っていた魔力球の軌道が変化し、カルミネの足下へと落下した。
「くっ!」
地面へと落下した魔力球は、土煙を巻き上げる。
それにより、カルミネの視界は奪われ、康義たちの姿を見失った。
「ムッ!?」
視界を奪われたカルミネは、周囲の気配に集中する。
すると、左から向かって来る気配を感じ、咄嗟に左手に持った短刀を動かす。
その反応は正しく、甲高い音が鳴る。
左から康則が無言で斬りかかって来ていたのだ。
「っ!!」
康則の攻撃を防いだのも束の間、今度は反対側から気配を感じ、カルミネは右手の短刀を動かす。
またも甲高い音が鳴る。
右から俊夫が斬りかかって来ていたのだ。
「折角の攻撃も失敗だったな……」
「「…………」」
視界を遮っての攻撃。
その狙いが無駄になった俊夫と康則に向かって、カルミネは笑みを浮かべて話しかける。
しかし、俊夫と康則は反応を示さず、攻撃を受け止められて鍔迫り合いの状態の刀を押し込むことに集中する。
「……もう1人はどこだ?」
視界を遮るように巻き上げられた土煙。
それも治まり、周囲を見渡せるようになったのだが、その土煙を作り出した張本人である康義がいなくなっている。
そのことに気付いたカルミネは、表情を僅かに強張らせる。
「チッ!!」
視界を遮り、左右からの攻撃。
本命は最後に襲ってくると思ったが、姿が見えない所から攻撃されては危険と判断したカルミネは、舌打をして体に纏う魔力を操作する。
「「っ!?」」
周囲の者を吹き飛ばすように、カルミネは体内の魔力を外へ放出する。
それを見た俊夫と康則は、吹き飛ばされる前に自分から後方へと跳び退くことにより、ダメージを受けないように対処した。
「もう1人は……」
鍔迫り合いの状態になってその場から動けなくなっていたカルミネは、2人が離れたことで動けるようになり康義の行方を捜す。
「っ!!」
首を振り周囲を見渡すと、康義は背後にいた。
そして、その姿を確認したカルミネは目を見開く。
「喰らえ!!」
少し離れた場所にいた康義は、一言呟くと共に強力な魔術をカルミネに向けて放出した。
龍を模したような強力な水の魔術がカルミネに迫る。
「くっ!!」
目隠しのような土煙。
視界を遮っての直接攻撃と思わせるために、俊夫と康則が襲い掛かる。
自分が2人の相手をしている時間を使って、康義はこの魔術を放つための時間を稼いでいたようだ。
迫り来る魔術の速度からいって、とても避けられるとは思えない。
そのため、カルミネは少しでもダメージを軽減するために、これまで以上に全身に纏う魔力の量を増やした。
「ぐうっ!!」
康義の放った水龍の魔術が直撃するが、カルミネは水龍に喰われるのを拒否するように顎を抑えて受け止める。
しかし、完全に抑え込むことはできず、カルミネはジリジリと後方へ後退させられていった。
「っ!? まさか……」
押されながらも懸命に耐えるカルミネだが、相手は康義だけでないことを思いだす。
そして、俊夫と康則のことを探すと、2人が魔力を練っている姿が目に映った。
その練った魔力で何をしてくるのかを悟り、カルミネは顔を青くした。
「「ハッ!!」」
「おのれっ!!」
カルミネが2人の狙いに気付いた時にには、俊夫と康則の魔術は完成していた。
俊夫と康則が同時に火球を放つ。
自分は康義が放った水龍の魔術に手一杯で、2人の魔術には完全に無防備な状態だ。
いくらなんでも、そんな状態でこれほどの魔術を食らえばただでは済まない。
放たれた魔術を見て、カルミネは焦りの色を見せた。
“ドーーーンッ!!”
「よしっ!」
康義の魔術と俊夫と康則の魔術がぶつかり爆発を起こす。
大会用の舞台が吹き飛ぶほどの威力。
いくら魔族が強力な強さを持っていると言っても、これほどの威力の攻撃が直撃すれば生きているわけがない。
そう考えた康則は、思わず拳を握って小さくガッツポーズをとった。
「「………………」」
ガッツポーズをとった康則とは違い、俊夫と康義は無言で爆発によって巻き起こった土煙が治まるのを待った。
魔族が一筋縄では済まないと分かっているからだ。
さすがに直撃してダメージがないとは思わないが、死んでいない可能性もある。
生きているのならきちんと止めを刺さないとならないため、警戒心を解かないでいた。
「…………」
2人と康則の違いは、魔族と戦ったことのある経験から来るものだろう。
自分と違い警戒心を解かない2人を見た康則も、喜ぶのは速いと意識を改め、2人と同様に土煙が治まるのを待った。
「危ない危ない……」
「「「なっ!!」」」
結果は土煙が完全に治まる前に分かった。
カルミネの呟きが聞こえたからだ。
爆発を受けたと思われたはずのカルミネが、上空にいたことに俊夫たち3人は驚く。
カルミネがの背中にある翼を見る限り、飛空能力がある可能性は考えられた。
しかし、先程の攻撃に対処している様子から、とても上空へ回避できる隙など無かったはずだからだ。
「助かったぜ。
「「「っっっ!!」」」
攻撃を回避したカルミネは、安堵の笑みと共に地上へ降りる。
そして、ある方向に話しかける。
話しかけた方向に俊夫たち3人が目を向けると、そこには1人の人間が立っていた。
人間といっても、獣耳に尻尾、黄色に黒い斑点のような毛が生えている。
見た感じ、ファンタジーの物語に出てくるような獣人といった姿をしている。
その獣人に対し、カルミネが感謝の言葉をかけた所を見ると、先程の攻撃を避けられたのはこの獣人が何かをしたからのようだ。
「ったく。自分1人で大丈夫とか言っていなかったか?」
「1対1なら大丈夫だけど、3人同時はさすがにきついようだ」
「そりゃそうだろ」
俊夫たち3人のことなど気にせず、カルミネはティベリオと言った獣人と軽い口調で話し合う。
それに反し、俊夫たちは顔色が悪い。
「魔族が2体だと……」
「最悪だ……」
俊夫と康義が思わず呟く。
その言葉のように、この現れた獣人が魔族であるからだ。
1体でも危険な魔族が、2体も現れる。
これまで無かった事ではないが、頻発するようなことでもない。
柊家の人間と俊夫によって倒されたということになっているが、今年に入って2度目の出来事だ。
しかも、今回は名前持ちが2体。
ショックを受けるのも仕方がないことだろう。
「どうすれば……」
「2体相手でも、何とかするしかないだろう」
「そうですね……」
あまりのことに康則が慌てたような声を上げる。
それに対し、康義は厳しい表情をしながら答え、俊夫もそれに賛同した。
魔族2体相手なんて、いくらこの3人が揃っていってもきつすぎる。
それでも魔族を放置できないため、戦わずに逃げるという選択はできないのだ。
「さて、反撃と行きますか……」
「くっ!」
ティベリオとの会話を終えたカルミネは、笑みを浮かべて3人に武器を構える。
後から現れた獣人のティベリオも戦闘態勢に入った所を見ると、2体で自分たちと戦うということだろう。
勝てる見込みの低い戦いに挑まなければならない俊夫は、歯噛みしつつ2体の魔族に武器を構えたのだった。
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