第82話

「おっ! 柊だ……」


 初戦を勝利した了と共に、伸は控室へと戻る。

 勝利者は明日も試合があるため、ホテルへ戻って体の調子を整える必要がある。

 なので、荷物を取って帰ろうかと思ったのだが、モニターの1つを見て足が止まった。

 何故なら、控室に備えられている5つのモニターの1つに、伸たちの八郷学園代表として綾愛が映し出されたからだ。


「俺の試合より観客が入っているな……」


「そりゃそうだろ」


 伸と共に、了も綾愛の試合が始まることに気付いて足を止める。

 会場の観客席が映し出されたのを見て、了は笑みを浮かべながら呟く。

 それに対し、伸もしょうがないという意味で返答する。


「今注目の魔族退治の一族だからな……」


「そりゃそうか」


 八郷地区に突如現れたモグラの魔族を倒したことで、柊家は今世間の評価が上がっている状況だ。

 その当主の娘である綾愛は、1年生ながら上位へ食い込むのではないかと評価されている。

 それもあってか、観客は綾愛の実力を確認しようと集まっているのだろう。

 先程の了の試合でもかなり客席は埋まっていたが、綾愛の試合会場は立ち見客までいるほどになっている。

 伸に言われたことは了としても分かっていたので、自分の試合の時との観客差は仕方ないことだと諦めた。


「倒したのは父親で、柊自身は娘ってだけなんだがな」


 出現したモグラの魔族は兄弟で、危険な弟の方を倒したのは伸だった。

 しかし、柊家当主の俊夫も、兄の方の魔族を仕留める寸前まで追いつめていたので、ほとんど倒したと言ってもいい。

 なので、柊家のこの評価は間違っていないが、娘の綾愛にまで期待するのはどうかと思える。

 朝の了のことがあったからか、同じ学園の生徒の自分からすると余計なプレッシャーを与えないで欲しいと言いたくなる。

 同じ学園の生徒として、なんとなく仲間意識から心配してしまうが、表情を見る限り綾愛はそれほど緊張していないようだ。


「おっ! 始まった」


 綾愛の相手は、太多地区の2年生だ。

 了のように1回戦で1年生同士というのは確率的に低いため、上級生と対戦することになるのは仕方がない。

 相手が2年生なのはきついかもしれないが、綾愛の実力はかなりのものだ。

 この大会のために魔物との戦闘もして実力を上げているので、3年生相手でないだけまだましかもしれない。

 モニター越しに相手選手の様子を眺めると、身のこなしなどからといい勝負をするのではないかと思える。

 伸がそう考えていると審判の合図があり、試合が開始された。


「両方剣か……」


「そうだな」


 了が小さく呟き、伸が同意の返事をする。

 綾愛も相手選手も木刀を持っており、開始早々剣技による衝突がおこった。


「互角……かな?」


「あぁ……」


 綾愛の相手選手は中肉中背の短髪男子で、高2の平均身長といったところだろうか。

 男子と女子ということで相手選手の方がパワーはあるようだが、綾愛の方が速度の面において上のようだ。

 手数で攻める綾愛と、カウンターで1撃を狙う相手選手の攻防がおこなわれている。

 伸の呟きの通り、剣技においては大差ないように思えた。


「ムッ!? 相手が先に動いた!」


「柊家の人間が相手とは言え、1年に負けるわけにはいかないと焦ったのかもな」


「そうかもな」


 少しの間、綾愛と相手選手の打ち合いが繰り広げられる。

 伸が先程も呟いた通り互角だと判断したのだろう。

 相手選手の方が痺れを切らしたのか先に動いた。

 それに反応した了に、伸は自分の考えを述べる。

 高校生魔術師にとっての1年は、成長面において差が大きい。

 特に、魔物の相手をする経験が少ない1年よりも、2、3年の方が上になるのは仕方がない。

 綾愛や了の場合、柊家の力もあって1年でも魔物との戦闘経験がある。

 そんな事を知らない相手選手からすると、互角というだけでも焦ってしまったのかもしれない。


「水系統がとくいなのか……」


「……いや、たぶん少し強めに放って当たっても、大怪我になる確率が低いからだ」


 相手選手は、魔術を組み合わせながら綾愛へと攻撃し始める。

 使っている魔術は水系統。

 木刀を右手に持ち、左手で水球の魔術を連続して放つ。

 距離を取った綾愛は、右へ左へとステップするように回避する。

 了は相手選手が使っている魔術に反応した。

 性格によって得意不得意が出るが、どんな選手がどんな魔術を使ってくるかなんて分からない。

 こういった大舞台で使って来るくらいなのだから、もしかしたらあの選手は水系統の魔術が得意なのではないかと思ったのだろう。

 しかし、限はそう考えなかった。

 昔から魔力の細かいコントロールを鍛えまくった伸とは違い、多くの魔術師はコントロール能力が低い。

 訓練が地味なのが一番の原因かもしれない。

 プロでもそうなのだから、高校生だとより下手だ。

 当たれば大ダメージを与えてしまい、場合によっては失格になりかねない火などの魔術より、少しくらいコントロールミスしても大怪我にならないだろう水系統の魔術を使っているのだと判断した。


「あっ!?」


「甘いな……」


 飛んでくる水球を躱していた綾愛は、相手選手が魔術を放つタイミングを計っていた。

 魔力コントロールの練習不足だからだろう、連射と言っても次を放つまでに僅かに間が空く。

 そのタイミングを狙って、綾愛は攻撃を躱しながら距離を詰め始めた。

 魔術の攻撃が通用しないのなら、これ以上の魔術は魔力の無駄遣いになる。

 そう判断した相手選手は、魔術を放つのをやめてまたも剣術勝負へと持ち込もうとした。

 しかし、それは伸の言うように考えが甘い。


「逆に食らってやんの」


 距離を詰めようとした相手選手に対し、今度は綾愛がお返しとばかりに魔術を発動する。

 それも、相手と同じ水魔術による水球。

 距離を詰めたのが仇と成り、相手選手は至近距離から放たれた綾愛の魔術の直撃を食らう。

 そのまま吹き飛ばされた相手選手は、場外へと飛ばされて背中を打ち付けた。

 それを見た了が、笑みを浮かべながら呟く。

 綾愛の策にまんまとハマったように見えたからだ。 


「直撃の上にあれだけ背中を打ち付けたとなると、相手は立てないな」


「あぁ」


 水球をまともに食らった上に、強かに背中を打ち付けた。

 木を失っていないようだが、とても20秒以内に舞台上に上がることは難しいだろう。

 審判のカウントが続き、伸と了が思った通り相手選手が舞台に戻ることはできなかった。

 これによって綾愛の勝利が確定し、審判による勝ち名乗りを受けた。


「思ったより危なげなかったな……」


 もう少し苦戦すると思っていたが、相手選手の焦りが勝敗に影響した。

 それにより、たいした怪我や疲労をすることなく綾愛が勝ったため、伸は少し意外そうに呟いた。


「んじゃ、ホテルに帰るか?」


「あぁ」


 たまたまモニターが目に入り、思わず綾愛の試合を見ることになってしまった。

 明日こともあるし、伸は今度こそ了と共にホテルへと戻ることにしたのだった。


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