第73話

「……マズイな。これ以上進むと官林地区になっちまう」


 柊家の仕事の手伝いとして魔物の退治をしていた伸と綾愛たち。

 やたらと魔物に遭遇すると思っていたら、大鬼の魔物であるオーガの発見された。

 放って置いたら町や村に被害が及ぶため、伸は綾魔たちと離れてオーガの討伐に向かうことにした。

 そのオーガがどこを目指しているのか分からないが西へ移動していて、もうすぐ伸たちのいる八郷地区から官林地の管轄になる州境に迫っていた。


「州境を越える前に仕留めないと……」


 魔術師たちは、それぞれ地区ごとに縄張り意識がある。

 無断で州境を越えて魔物を倒そうものなら、地区同士で小さな諍いになる。

 しかも、相手は首都のある官林地区だ。

 鷹藤家も関わってくることになりかねないため、伸は州境を越える前に仕留めようと、オーガへ向かう速度を上げた。


「っ!? この魔力は……」


 オーガまでもう少しということころで、伸はある魔力を探知する。

 そのため、オーガの前へ出るのをやめて、身を隠すように樹の上へと跳び乗った。


「やっぱり鷹藤家の文康だ。奴が何で……」


 樹の上に乗ったのは、身を隠すのと同時に見下ろすためだ。

 その状態から探知した魔力の方角を見下ろすと、そこには大和皇国では有名な鷹藤家の文康が、数人の大人と共にオーガへ向かって来ていた。

 官林地区の魔術師たちも山の魔物討伐をおこなっていたのだろうが、どうして自分と同じ学園1年生の文康がいるのだろうか。


「いや、柊たちと同じか?」


 頭に浮かんだ疑問に対し、伸はすぐに答えが浮かんだ。

 鷹藤家の天才といわれている文康のことだから、官林地区の学園の1年代表に選ばれたはずだ。

 綾愛たち同様に実力向上を目指し、プロとの魔物討伐に出ていたのかもしれない。

 そう考えると、文康がいることの理由は納得できた。


「……それにしても、あいつら州境越えてきていることに気付いてんのか?」


 文康たちがいたことは納得できたが、彼らはどう考えてもオーガへ向けて近付いてきている。

 それ自体は別に悪くないのだが、文康たちは何の躊躇もなく州境を越えて八郷地区へと入ってきた。

 魔物が出たのだから縄張り争いをしている場合ではないが、オーガは危険といっても頭が悪いため、数で囲めば倒せる魔物だ。

 わざわざ縄張り荒らしをしなくても、自分たちの地区に来てから倒せばいいだけの話だ。

 縄張りに関して1番うるさい鷹藤家の人間である文康が、何の躊躇もなく越えてきているけど、八郷地区の魔闘組合、もしくは柊家に連絡が行っているのだろうか。

 もしも連絡もしていないでオーガを倒しでもしたら、鷹藤家の縄張り荒らしが国中に広まることになるのだが、それは大丈夫なのだろうか。


「まぁ、奴らにやらせてから文句つけてやればいいか」


 もしかしたら、文康たちは誰もいないことをいいことに、オーガを倒した後に官林地区へ引きずっていけばバレないと思っているのかもしれない。

 念のため、州境を越えてくるところから動画で記録を開始している伸は、このまま樹の上から彼らの成り行きを見ることにした。






◆◆◆◆◆


 時間をさかのぼること数十分前。

 伸たち柊家の者たちが自分たちの地区の魔物討伐をおこなっていたように、官林地区では鷹藤家の者たちが同様のことをおこなっていた。

 そのなかには、官林地区の国立魔術学園に通う文康の姿もあった。


「それにしても、対抗戦の選手に決まるとは、さすが若ですな」


「そうだよな。学生にしたらそれだけで名誉なことだもんな」


 父に頼み魔物討伐に参加することになった文康は、3人を連れて行動していた。

 魔物の数も粗方倒し終えたからか、余裕ができた護衛の魔術師たちのうち2人が文康のことを話し始めた。

 話の内容はもうすぐ開催される対抗戦のことだ。


「バ~カ。若ならそんなの当たり前のことだっての」


「たしかに……」


「そりゃそうか」


 もう1人の魔術師が、ツッコミを入れるように2人の話に入ってくる。

 鷹藤家の者たちは、選考会に出る前から文康が対抗戦の選手に選ばれることを予想していた。

 当然のように選手に選ばれたため、驚くようなことではない。

 そのツッコミに対し、2人も納得したように頷いたのだった。


「まぁ、たしかに選ばれるのには苦労しなかったな」


 3人の会話によって、自分の実力が評価されていることが嬉しい文康は、まんざらでもなさそうに笑みを浮かべた。

 さっきのやり取りが3人のヨイショだと気付いていないようだ。


「若なら同年代に敵なんていないから、勝ち上がるには上級生を警戒しないとならないですね」


「そうだな。しかも、特に意識するべきなのは他校よりも同じ学園の先輩たちだな」


 気分が良くなっている文康に、もっと気分を上げてもらおうと、話を続ける。

 しかし、1人の呟きによって空気が一変した。


「そう言えば……柊家の娘が出るって話だったな」


「「っ!!」」


 その言葉を聞いた他の2人は、驚いた後に呟いた男のことを睨みつけた。

 最近の文康にとって、柊の名前は禁句になっている。

 そのことが分かっているはずなのに、どうしてその名を出すのだと2人は文句を言いたいところだった。


「柊家……」


「あっ!」


 柊の名前を出した魔術師は、他の2人に睨まれていることに気づかず、文康の呟きによって自分の失敗に気が付いた。

 思わず声を漏らしてしまったが、もう撤回できる状況ではなくなっていた。


「どこも柊、柊とうるさくて仕方がない! 奴らは魔族討伐の手柄を鷹藤家うちから掠め取っただけじゃないか!」


「そ、そうですね……」


 突如現れた魔族の討伐に向かった鷹藤家。

 しかし、その魔族はいつの間にやら八郷地区へと逃れ、柊家の人間たちによって退治された。

 それによって柊家の評価はうなぎ上り。

 半年近く経った今でも、そのことを言っている者もいるくらいだ。

 完全に骨折り損に終わった鷹藤家の人間からすると、面白く思えないのも仕方がない。

 討伐に参加した他の者たちも良く思っていないが、柊家には何の落ち度もないので文句を言えないと諦めている。

 そんな大人たちと違い、文康はそのことを我慢できないでいた。

 自分もその討伐に一応とはいえ加わっていたからかもしれない。


「「「「っ!!」」」」


 せっかくのヨイショが無駄になり、その場の空気は重くなってしまった。

 しかし、その嫌な時間もすぐに治まる。

 離れた所に大きな魔力を探知したからだ。

 驚いた4人は、慌てて探知した方角へと足を進めた。


「若っ! 止まってください!」


「何故だ!?」


 強い魔物の探知。

 あと少しで遭遇するというところで、文康は待ったをかけられる。


「危険ですので、若は一旦離れてください!」


「それに、この川から先は八郷地区です!」


「連絡無しにあちらで魔物を倒したら縄張り荒らしに思われます!」


 護衛の3人が順番に指示を出す。

 高校生である文康の機嫌を伺うような者たちだが、その指示は適切なものだった。


「そんなこと言ってる場合か! 縄張り何て知ったことか! それに、俺は自分の身は自分で守る!」


「あっ、若!」「お待ちください!」


 先程の柊家の話が、ここでも文康の判断を助長していた。

 柊家が先に魔族を鷹藤家から奪ったのだから、こっちが魔物を奪ったからといって文句を言われる筋合いがないと判断したのだ。

 そのため、文康は3人の停止を無視して、身体強化して川を飛び越えたのだった。

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